"許して"なんて言えないけど
自分の部屋は落ち着く。
カーテンを閉めるとこの空間が特別になったような錯覚。
薄暗いというより、少しだけ光が脆くなっただけだが
心の中に潜るには丁度いい。
ベッドに腰かけて、座ったまま横に倒れる。
君もこの部屋に居たの?と呼びかけてから目を瞑った。
相変わらずの雪原だ。
僕が変わりつつあること、それを止められないことを大賢者は分かっていて
無駄な抵抗をやめることにしたらしい。
遠くに立っている、いつもは近づけなかった彼へ一歩足を進める。
深く積もった雪から右足を上げて、また雪に埋まる。
想えば彼のところには一瞬で行けるけれど今日は歩いていくことにした。
メガネに雪がついて腹が立つ。
この雪が冷たくなくて良かった。
本来なら靴下まで濡れて僕の指は真っ赤になるところだ。
こんなにズボンの裾を汚したらヨザックに何を言われるか分からない。
此処に来ると考えてはいけないような気がしていた大切な人を思い出して
思わず口の端を上げる。
雪に足をとられながら無様に寄って来た16歳の少年に
大賢者は何も言おうとはしない。
いや、言えないんだ。
勝手に僕に背負わせたのだから。
僕だけではなくて、たくさんの人に背負わせたのだから。
何を言っても、背負わせたことに変わりはないから。
ある人は、此処で君を罵ったろう。辛い、苦しい、気が狂いそうだと。
ある人は、此処で君に誓っただろう、命をかけて使命を全うすると。
その度に君は何も言い返さずに「裏切ってもいいよ」なんて
逃げ道だけを用意する。
僕はそんな言葉が貰いたいんじゃない。
「僕はこの世界が好きだよ。運命とは関係なく、好きなんだ。」
喉に痞えて言うことが出来ないんじゃないかと思った言葉は
以外にもあっさり、おはよう、と笑いかけるように出てきた。
「眞王と君に加担しても僕は不幸にはならない。」
強がりじゃないか、って顔をしたね。
僕が君の為に自分を犠牲にするようなお優しい人間に見えるのかい?
近所の奥さん方に評判なのは認めるけどね。
ヨザックにも屈託なくて可愛い笑顔がいいって言われるけどね。
でも渋谷にはたまに胡散臭いって言われるよ。
女の子には村田くんてテンション上がるとウザいって言われたし
点数が良すぎて逆に可愛くないって先生に言われたことあるし
僕も渋谷と同じで普通の男子高校生なんだ。
普通の男子高校生は、強くはないけど弱くもないんだ。
「恨んだことがないとは言わない。」
僕は僕の意志で、彼の腕を掴んだ。
掌から温もりが伝わる事はなかったが、人の腕だという感触はあった。
触れてみるとそれは当たり前だけどごく普通の腕で
この存在は人だと確かめさせてくれる。
「眞王は図々しいよね、普通、君みたく僕達に遠慮するっていうのにさ。堂々と出てきて好き勝手言って。ちょっとは責任感じてくれない?って素で思う。」
苦笑いというよりその暴挙を愛しいと思う笑み。
君がそんなんだったから眞王はわがままぷーなんだよ。
でもその顔は僕もした覚えがあるので目を細めた。
「君も何か言いたいときは、僕に会いに来なって。」
僕はそんなに出来た人間じゃないから今まで怖くて言えなかったんだ。
ずっと、君が1人で居るのを知っていたのに。
君を選んだら何かを捨てなきゃいけない気がしてた。
君を選んだ僕とも手を繋ぎ続けてくれる人を手に入れて
ようやく決心がついた。
“許して”なんてお互い言えないのは分かってるから言わずに前に進もう。
「ハッキリさせよう。僕は君のこと、嫌いじゃない。」
2007.12 thanks you web clap!
大賢者はどこかでずっと、申し訳なく思っていてもいいかなぁと。
あ、眞王も思ってると思いますけどね!!(笑)
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