おしまいにできない
君に伸ばしかけた手をヨザックと繋いだら君の手は取れない。
まるで三角関係のよう。
君と僕には恋愛感情なんて欠片も存在しないけれど
稀に互いを求めては夢で出会って、言葉を交わさずに終わってしまう。
するすると、古い本の文字で書かれた君をなぞったのは
そうすれば君に少し触れられる気がしたからだ。
記憶を再生して、僕と違う本の言葉をナレーションにする。
勘違いされがちだが、僕は日がな薄暗い書庫で本を読みふけったりはしない。
読んだとしても大賢者の魂が眞魔国になかった物を選んでしまって
この手の、眞王と大賢者について書かれた本はあまり手にしない。
大きな窓から差し込む光は柔らかく、僕の左肩ばかり温めていた。
僕がページをめくる音に絡んでいるのは渋谷がペンを走らせる音。
テスト範囲が分かってから眞魔国に来ると便利だ。
時間の誤差を使った試験勉強延長作戦を、以前は
フェアじゃないと嫌がった渋谷だが赤点続きの現状についに白旗をあげた。
やれば人並みに出来るのだから、僕の方はオススメの問題集を渡して
たまにされる質問に答える以外することはない。
気を遣ってか、ウェラー卿は書庫の前で控えていた。
静かだな。
だけど、この静けさは大賢者が居るあの雪原の切なさを有してはいない。
彼が僕に押し付けた命の輝きでもない。
一生懸命な渋谷と、ちょっとセンチメンタルな僕と、窓から入る穏やかな光。
ほら、特別な景色なんて要らないよ。
ここは全てがありのままでこんなにも温かい。
渋谷の少し右上がりの7を見つめていたら、視線に気付いた渋谷は
居心地悪そうな顔をした。
「俺なんか間違ってる?」
「いいや、合ってるよ。引っ掛からなくなったね。」
「…なぁ村田。」
僕の言葉のあとの一瞬の間が顔を上げさせた。
珍しく真剣な黒い瞳とぶつかって、相手の読み取れない感情に瞬きをする。
「眞王の最後が書かれてないのって、やっぱり最後にああする為だったのか?」
「…。」
僕が目の前で歴史書を読んでいるせいではなくて
前から引っかかっていたという顔。
渋谷は単純だから裏を探りたいんじゃなくて、単純に淋しいなとか
思っているんだろう。
そういう渋谷の心情を考えていたら、僕の遅れた言葉に
渋谷は慌てて手を前に突き出した。
「ご、ごめん!言いたくなかったらいいんだ!あーもう…俺、ヴォルフに言われてたのに…。」
「フォンビーレフェルト卿に?何を?」
「う、や、その…言いたくないこともあるだろうって…俺は無神経だからついお前に聞きがちなんだけど…。」
目元を染めて、居心地悪そうに身を縮こませた彼の言葉に驚く。
フォンビーレフェルト卿からそんな風に気を遣われているなんて思ってもみなかった。
左肩の温もりが、全身に広がっていくような感じ。
この温もりが君に伝わるといいのに。
「おしまいにできなかった、から。」
「したくないかな。僕は。」
「村田。」
「ごめん、僕の意見じゃないよね。」
「…俺には、村田は大賢者っつーよりやっぱりムラケンで、でも、大賢者はちゃんと、お前の中に生きてるんだと、思う。」
「………うん。」
手を伸ばしなよ。双黒の大賢者。
僕には手を繋いだ君ごと引っ張ってくれる人が居る。
僕の片方の手は、君の為にあるんだよ。
「ごめん。」
「何が?」
「なんか、ええと、とりあえず…。」
「生で?じゃあ僕もそれで。」
「居酒屋か。」
僕は微笑んで、大賢者を捕まえに行くことにした。
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