裏切ってもいいよ


視界一杯の景色はいつか見た夢。
降り注ぐ光、どこまでも青い空、光を弾いていた緑。
目の前が真っ白になったあと、大賢者はいつも1人で雪原に立っている。
降り続ける雪を見上げ、その肩に雪を積もらせて一体となる。
僕は、そこに手を伸ばしたいのだけれど
伸ばしたらどうなるかなんとなく分かっているので、踏み出さない。
後ろを振り返ってもずっとずっと淡いブルーの雪原と灰色の空に囲まれた景色。
不思議と寒さは感じなかった。
これは夢の中だから不思議ではないのかもしれないけれど
この雪はあまりにも穏やかで、あまりにも淋しい。

「…ねぇ…。」

聞きたい事は山ほどあるけれど、僕は君に限りなく近いから
胸がシクシクして言葉が続かない。
何人の大賢者が君に手を伸ばしたんだろう。
1人ぐらい、触れられた人が居たハズだ。
僕がこの雪原を快く思わなかったのが伝わったのか、僕と大賢者の足元から
一瞬で緑が広がって陽の光が降り注ぎ始めた。
高い空には鳥が飛びまわって、先程は感じなかった風が頬を撫で
僕の髪が小さく咲いた花と一緒に揺れる。

ザ ザ …

彼が一歩、二歩踏み出してこの場から去ろうとしていた。
この輝きに溢れた空間が僕の居るべき場所だなんて、勝手に決めるなよ。
ここは気持ちが良くて生きる力に満ちているけれど
僕が望んだのはそういうことじゃない。

「分かってるんだろ…?」

掴もうと思うだけで、次の瞬間に僕は大賢者の腕を掴むことが出来る。
この空間では自然なこと。想いは力。
どこにだっていける。なんにだってなれる。
僕はさっきまで居た雪原に空間を塗り直す。
困った顔をして少し微笑んだ君は唇の動きだけで伝えた。

裏切ってもいいよ

雪が地面に堕ちて溶け込んでいくように、それは静かだった。
その意味をゆっくり、ゆっくりと、積もっていく雪を見ながら溶かす。
僕は不安定で、だから誰かが欲しくて、でも君を独りにしたいわけじゃないんだ。

「来るよ。君まで。ちゃんと、伝えに来るよ。」

太陽のことも、君が望んだ未来も、全部。
僕は大賢者に手を伸ばせないけれど、伸ばしたいと思っていたいから。



2007.12 thanks you web clap!

大賢者は、厳しい人だけどなんつーか
強制する人ではないと思う。

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