誰にも言わないから
カツカツ。
猊下が机を爪で叩いている。左で頬杖ついて、次にその手は目と額を覆う。
苦渋の決断を迫られているのか、もう取り返しのつかない事柄の処理なのか。
どちらにせよ思考も羽根ペンの進みも悪い。
腰を上げて出口まで行き、振り返る。
渋い顔のままで俺を引き止めようとしない猊下を確認してそっと退室した。
一人にしてくれと言われたことはないが、空気は読める。
眞王廟ならお側を離れても特に問題ないのだが、血盟城だとあとで
王佐殿に煩く言われそうで面倒臭い。
グレタ嬢ちゃんが訪ねていらしたら今はお仕事中ですから、と
お部屋の前でお止めしなければ。
猊下は男前だから顔を見たらきっと嬢ちゃんを構って差し上げるに違いない。
悪いお仕事は長引かせない方がいいに決まっている。
小一時間したら白湯を持って来よう。
精神的なものからくる胃痛は白湯で痛みが和らぐと坊ちゃんが言っていた。
てれびのどらまの受け売りだそうだ。前半がサッパリだがとにかく胃に優しいんだろう。
ゴチッと部屋の中から鈍い音がした。
きっと机と額を仲良しにさせた音だ。
俺は猊下が独り言で自問自答をしながら答えを導き出したり
机にべたーっと張り付いて落ち込みながら考えたりすることを
おかしいだの緊張感がないだのと思ったことはない。
そうした方がいい案が出るならそうすればいい。
だが人とは見栄っ張りなもので、おかしなクセを他人に見られることが
とてつもなく恥ずかしいのだ。
そしてそれを改善する気はない。
こうした方が出来る事がある、と一人になれば開き直る。
鼻歌だって、夜道で誰も居ない方が気持ちよく歌えるってもんでしょう。
ここから命令を出すのは俺とそう変わらないお人だ。
俺より男前で懐が広くて優しくて融通が利く猊下だけれど
難しいものに直面すれば普通に悩んで立ち止まる。
男同士、その辺の意地とプライドは分かってるつもりです。
だから何も言わずに出て行ってあげます。
出て行くだけで、お部屋の前には居させて頂きますけどね。
誰にも言わないので安心して下さい。
そのあと俺に命令して下さい。
命の危険に晒されても構いません。
貴方がカッコ悪く唸った分だけ、民も兵も俺も
大切に思われているという解釈は、決して甘くはないと思う。
2007.11.30
私は、陛下の為なら迷わない猊下も大好きですが、
普通の感覚を持って迷う猊下もアリ派です。
あ、ヨザックを行かせるというよりそこに人を行かせるということにね!
私は「迷わない」より「迷っても決断出来る強さ」を尊重したい。
扉の前には衛兵が居るのでは?という素朴な疑問は個々の優しさで
打ち消す事が出来るはずです。さぁ!私の不甲斐なさを気付かなかったことになさい!!
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