そばにいて
小一時間経って、お部屋の中が静かになったので白湯を取りに向かった。
給湯室で胃を痛めていない猊下には無意味か?と今更考え紅茶の缶を手に迷う。
気分を変えてハーブティーにしようか。
しかし、キレイな顔した猊下は変に男らしいのでこういうものに
「うえー。僕そういう匂い苦手なんだよねー。」とか俺の乙女心を
ぶった切る一言を放ちかねない。
かと言って白湯を持って行ったら「なにこれ手抜き?」と言うに違いない。
なんてまあ、男らしいこと。
やっぱり普通の紅茶にしよう。
「…坊ちゃん。」
「…。」
「隠れてるのは分かってるんですよ。」
気付かない振りを続けようと思っていたのだが、女の園の給湯室に魔王が
身を隠しているというのは問題アリだろう。
坊ちゃんのこういう何も考えていない行動が
浮気だの尻軽だのというぷー閣下の罵りに繋がるのだ。
「隠れてるなら猊下のお部屋へどうですか?お茶を入れるとこですなんですよ。」
その方向を向かずにお誘いすると照れ笑いの陛下が物陰から現れた。
考えてる事しか顔に出ない可愛いお人。
「へへ、じゃあお言葉に甘えて。」
「猊下のお仕事もひと段落着きましたから。あ、陛下はお菓子食べます?」
「貰う。小腹空いてるし。」
「はぁい。」
ワゴンに適当な菓子を載せ、適当な紅茶の缶を載せる。
鼻歌交じりに歩き出したら陛下がぷっと吹き出した。
「なんですかぁ?」
「いや…村田っぽかったから。」
「猊下っぽい?あぁ、このお歌ですか?最近の猊下がよく歌ってるヤツですよ。」
ちょっと前までは「スミナレターワガヤ二ー」と歌ってらしたが
最近の猊下は「キスシテホシイーキスシテホシイー」なのだ。
その部分しか知らないようでいつもそこばかりを繰り返し歌っていらっしゃる。
どちらも歌詞が分からない為、聞こえたままに歌っているが
二曲目を歌うと猊下が口付けして下さるのだ。
俺の歌をそこまでお気に召す事は珍しい。
「いや、そうじゃなくて。数とか今適当に取ったろ。」
「足りませんかぁ?」
充分な数を取ったつもりだったのだが。
ワゴンを自分に引き寄せながらお伺いすると陛下は
ますます面白そうに笑う。
「それそれ!俺が適当だなって突っ込むと村田も足りない?って聞くんだよ!」
「はぁ…。」
「行動パターンとか言動が似てきてるぜお前達。」
これぐらいの適当さは許される範囲だからそうしただけで
猊下を意識したわけではない。
「さっきハーブティー迷ってたろ?」
「ました。でも猊下はうえーって言いそうなので。当たってますか?」
「お袋が出したのは頑張って飲んでたけどな。」
猊下と俺の行動が被っていて、それを見つけるのが面白いことは分かったが
妙にウキウキとはしゃいでご機嫌になった陛下に
そこまで面白いだろうかと首を傾げる。
「ちげーよ。面白いんじゃなくて嬉しいの!」
「猊下がお二人みたいでってこと?猊下だらけをお望みなの?やーだー確かに夢のようだけどグリ江はーグリ江だけの猊下がお一人居ればいいかなーって、てへー。」
「それも違う!なんかさ、ヨザックはやっぱりただの護衛じゃないんだなーって思うわけだ。」
そばにいるって感じだよ。
そばにいる。
陛下のお言葉はいつも暖かくて
猊下と俺の昨日とそう変わらない今日が
急に淹れ立ての紅茶みたいにキレイで温かいものになった気がした。
2007.11.30
二人が似てきてたら可愛いと思ったので。
それって一緒に居ないとそうならないじゃないですか。
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