ハナシタクナイ


「もうバカッ私の気持ち分かってるクセに!」

俺の我儘でご機嫌になった猊下は仕事が始まっても
謎の独り言を言って楽しそうにしている。
バカ、の具合が段々と違ってきているが猊下が楽しそうなら俺も楽しい。
「分からないわよっ!グリ江、言葉にして貰わないと分からない!」
遠くからそう返すと猊下は書類から目を上げた。
「何でそうなの?何で?いつも私にばっかり言葉にさせて!」
「グリ江がズルイって言いたいの?」
ぎゅっと、箒を握り締めて瞳を見つめ返す。
猊下のほっぺたが怒りのせいなのか、見詰め合っているせいなのか
ほんのりと色づいてくる。
何かを言いかけてやめる唇。
振り切るように、書類に目を戻してペンにインクを2度ほど付ける猊下を呼ぶ。
「…猊下、こっち向いてよ。」
「…。」
猊下が緊張しているのが伝わる。インクをつけたばかりなのに
二、三文字書いただけでまたインク壷に手が伸びていく。
箒を置いて、机に近付く。
書類に影が差しても、猊下は頑なに目を上げない。
「…猊下。」
そっと、髪に触れ耳にかけると肩が揺れて戸惑いを隠せない瞳が俺を捉える。
「ヨザ…。」
「猊下…。」

「なんで僕が女の子で台詞言ったのに、グリ江ちゃんで返しちゃったの?」

顔はお芝居を続けながら、猊下がついに突っ込んだ。
一瞬の間のあと、同時に噴き出して二人でひとしきり笑ったあと持ち場に戻る。
「なんで男同士で百合しなきゃなんないんだよー。」
「俺も言ったあとアチャーって後悔しました。」
「あーマジで渋谷とか居なくて良かった。即行で突っ込まれる。」
「素で間違えたあとは辛いっすよねー。」
「ナシナシ、今のナシ。」

その言葉をキカッケに、お互いに言葉を発せられなくなった。
次のお遊戯を仕掛けるのはどっちだ。
我慢している猊下がぶふっと噴き出しても、話してなんかやりません。
この空気をもうちょい満喫したいんす。
猊下と二人きりのハナシタクナイ時間がここにある。

2007.11.30

猊下もヨザもノリはいいと思う。
無条件で乗っかってくれるといい。

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