ほんと、バカなんだから
「猊下、俺を罵って下さい。」
「よっ!夜の帝王になり損ねた中途半端な二番手っ!」
祭りを囃し立てる軽さで猊下は俺を罵ってみせた。
そして自分の言った言葉に自分でハマってけたけたと笑い出す。
本気で言ってないからそんな風に笑うのだ。
俺はソファーの肘置きに顎と手を引っ掛け下から猊下を睨み上げた。
「もっとちゃんとして下さい。」
「そっちに目覚めたのかい?あっもしかして僕に女王様がお似合いだって気が付いた?いやー、僕もね、職権乱用してキミを扱き使いまくった挙句に絶対零度の笑顔で役立たずって微笑むシチュエーションは楽しんでみたいと思ってたんだよ。でもさー実際キミを目の前にするとどうしてもいい子いい子ってしたくなっちゃってねぇ。よーしよしよし、ゴメンねーヨザックー僕がもうちょっと大人になったら女王様ごっこしてあげるからねー。」
かいぐりかいぐり。猊下は俺の気持ちを“勝手に”察し
愛情一杯で頭を抱き締め、そのまま撫でまわして下さった。
いつもだったらその温もりで満足するのだが、今日の俺は違う。
その手を振り払い暖かい胸を押し返す。
「なんだよ、今すぐじゃないとダメって顔して。僕だってキミの性癖は尊重してあげたいさ。でも僕にはまだ女王様のスキルがないんだよ。中途半端にいたぶられてもキミは不完全燃焼で満足のいく興奮を得られないと思うよ?」
「ただ俺の至らない所を指摘して欲しいだけです。」
「言葉攻め専門?あー…至らない所ねぇ……案外難しいな…仕事はちゃんと出来るし、女装もわりとキレイだし…。」
顎に手を当てて真剣にお考えになる猊下の言葉を、俺は下から待ち続ける。
猊下の独り言のような台詞はどれも俺を罵るどころか褒めて下さっている。
心の違う部分で喜びは感じるが俺はそれよりも欲しいものがあった。
「あ、あったぞ。キミは食べ物と飲み物の組み合わせが最悪だ。揚げ物にあまったるいロイヤルミルクティーという組み合わせがホントに理解出来ない。見てるだけでこっちまでオエーってなるから直してくれる?」
「そういうのじゃありません。」
「えーっ僕一生懸命捻り出したのにー!なんだよ我儘だなぁ!罵り方の細かいジャンルなんてその手の人にしか分からないっつーの!」
俺がすぐにそうじゃないと却下すると猊下は肘置きを手でバシバシと叩いてお怒りになった。
もう知らん、とクッキーに手を伸ばして口一杯に含んでから噛み砕いている。
クッキーでふてぶてしく膨らんだ頬にご機嫌斜めと細められた漆黒の瞳。
その顔のままひたすらにクッキーを食べ続ける猊下は無言で
謝れよと俺を見下ろしている。
猊下がクッキーを食べる音だけがしばらく部屋の中に響く。
もう一度罵って下さいと頼んでも頑なに罵らない空気だ。
俺ががっくりと首を擡げて観念すると、猊下は紅茶に手を伸ばして口の中のクッキーを飲み込んだ。
話を聞こうということだ。
「猊下にバカって言われたかったんですよー…陛下みたいに。」
「渋谷と自分を比較したの?」
呆れすぎてそれ以上言葉もない、という冷たさが降り注ぐ。
ボリボリとクッキーを食べる音が再開して俺はそれが終わるのを待つ。
クッキーの粉が膝に落ちていくのを掃いたい気持ちも必死で耐える。
四つ重ねて一気に口に入れるのも俺への非難の表れだ。
猊下がそれを最後にクッキーに手を伸ばさなくなったので
俺はカップに紅茶を注ぎ足す。
注ぎ終わってすぐにカップが持ち上がり、クッキーが飲み込まれた。
一度ではすっきりしなかったようで二口使って口を開けた猊下は
はふっと可愛らしい溜息を吐いてから俺の見たかった困った笑顔を浮かべて
望みを叶えて下さった。
「ほんと、バカなんだから。」
2007.11.30
拍手に使う予定が通常アップです。その理由の片鱗が既に出ている…。
ここでは開けっぴろげMAX猊下と情けなさMAXのお庭番を目指しました。
この村田が一番うちの村田を表している気が…開けっぴろげで面白好き…。
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