スキでキライで


猊下は眞王を“彼”と呼ぶ。

「どうして猊下は眞王陛下を名前で呼ばないんですかぁ?」
「え?…さぁ、なんでだろう?」
行為のあと、気だるさに身を委ねていたヨザックは天井のシミを見つめながら
素朴な疑問を投げかけた。
こめかみを肩にすり寄せて甘えてくる村田の頭を撫ぜて髪に頬を寄せる。
生暖かい気分と問いかけ、沈黙は二人の間に脆く融けて苦痛を感じる事はない。
目を閉じ、意識をヨザックの掌に集中させるとそれは少し重さを増した。
「彼…眞王も僕のこと“俺の大賢者”とか言ってるせいかな。」
「“俺の”ってそりゃまた…。」
「なんかムカつくだろ。」
「プー閣下のお言葉みたいですねぇ。」
「僕のユーリって?」
村田は片肘を付くとヨザックの胸に上半身だけ乗り上げた。
露わになっている肩は服を着ているときよりも硬そうで、まだ未完成の身体とはいえ
女とは違うと認識させられる。
「フォンビーレフェルト卿は可愛いよ。なんだかんだで渋谷を一番に考えてる。」
「あの方は?」
「俺様一番、“俺の大賢者”が二番。」
「俺が習ったのと随分違いますね。」
「どうせ語り継ぐならカッコイイ方がいいと思わない?」
「それは眞王陛下の大賢者様がおっしゃったんですか?」
「僕の個人的な見解。…大賢者は…うん、狡猾なところもあるけど眞王の事はそのまま伝えたかったと思う。」
「へぇ。」
いつものように過去の記憶を覗き見て答える猊下も、いつかこういう風に
誰かにあのときアイツはこうだったと言われるようになるのだろうか。
僕の前の人はなどと、人には前も後ろも本来ないと言うのに。
なんとなく、相槌と一緒に微笑み返した。
哀れみからではない。村田の運命がどうであるかは村田にしか分からない。
村田と居るとたまに微笑みかけたくなるだけだ。
後頭部を撫でていた手を首筋まで滑り落として襟足に指を絡める。
くすぐったかったのか首を竦めた彼は至極嬉しそうな顔をした。
「珍しいよね。君が眞王のこと聞くなんて。」
「そうですかぁ?ふと湧いて出た疑問を口にしただけですけど。」
「気になる?特に意識してるわけじゃないんだけど。」
「別にぃ。」
「意地張っちゃって。あぁ、ヤキモチ妬かれるのっていい気分だなぁ。」
左胸にある音に耳を傾ける村田にヨザックは命を預けている。
お気に入りの時計は幸せな時間を刻むだけではないけれど
それでも共にありたいと、時を重ね合わせたいと村田は思った。
「猊下って、もしかして眞王陛下のことキライとかですか?」
「ほう、渋谷と同じこと聞いたね。流石は脳筋の同士。」
「坊ちゃんと同じ…。」
「何その微妙な反応。気持ちは分かるけど失礼だよ。」
「何の事ぉ?で、猊下は眞王がスキですか?キライですか?」

先ほどとは僅かにニュアンスの違う問い方に魔王に返した言葉を仕舞いこんで
新しい答えを紡ぎ出す。

そうだね、恨んでないと言ったら嘘になる。
でもヨザックに出会わせて貰ってしまったから全部が全部キライとも言えないな。

「うーん、スキでキライで…正直どうでもいい人かな!なんつーの?好きでも嫌いでもなく…普通?」

嘘か本当かは分からないがもっと言い方はなかったのだろうか。
ヨザックはこの国の志操の全てとも言える“彼”に対する暴言がツボにハマって
いつもの調子で笑い声をあげた。

2007.05 thanks you web clap!

「なんつの?ヨザックは何もなくてもスキで関わってるけど眞王はお仕事上の関係ー?」
「おま…ちょっと眞王が可哀相だろうよ…。」
クールな相方にどうしていいかわからない渋谷有利彼女なし婚約者あり。

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