ホントのウソ


お風呂上りの猊下は下半身にたまらない。
濡れた髪に桃色の頬、少し気を鎮めて下さったのか半径3m以内に入っても何も言われなかった。
肩にかけられたタオルを取り、漆黒の髪を包む。
されるがままになっていた猊下が額を俺の胸に当てた。
「猊下…?」
「…キミには愛想が尽きた、あの場面でムラタってなんだそれ。」
愛想を尽かせた人は俺に擦り寄ったりしないんですよ。
腰から抱き寄せて腕の中に大事な猊下を仕舞う。
意地を張って背中に回されない腕が可愛くなくて可愛い。
「すみません。猊下の名前を忘れるなんて俺はこの国イチの大馬鹿者です。」
「…。」
「ケン。」
囁くと貴方の肩が小さく揺れる。
宥めているのか煽っているのか自分でもどっちだかは分からないけれど
背中をゆっくり撫ぜてから肩を掴み、顎に指をかけ上向かせる。
眼鏡をかけていない猊下の顔はいつもよりあどけなくて
なんだか小さい子にワルイコトしてる気分にもなりますけど…それでも唇を寄せる。
その瞳に吸い込まれちまいたいとか、隊長ばりの痛い考えも
猊下の魅力の前では仕方のないことだと思います。
長い睫が伏せられたあとに自分も目を閉じたら、衝撃は次の瞬間やってきた。

ガッ。

「ふが!」
「…ふっキミは僕がしおらしくしていると油断するよね。」
鼻に猊下の頭突きがクリーンヒット。
血は出ていないようだが鼻を押さえて
ついさっきまでしおらしくしていた猊下に抗議の眼差しを送る。
黒いオーラを纏うまでもないのか、困った子供に溜息を吐くような顔をしている彼は
するりと俺の腕を抜けて濡れた髪を自分で何度か拭き
タオルをソファーの背もたれに投げた。
メイドが用意したポットからお茶を煎れる。
眼鏡をかければその様子は正に、何事もなかったってヤツだ。
「な、何すんですかー!」
「言ったろ?半径3m以内に入ってくるなって。」
「じゃあ最初に言って下さればいいでしょう!生殺しにしなくとも!」
「えー。だって普通に抵抗したってキミはかわしてしまうだろ?
油断するのは僕がしおらしくしているときぐらいじゃない。」
「まさか今までもしおらしい振りをしたことが!?」
「うん。そんなに演技派じゃないんだけど…恋は盲目?
好意を持たれている相手ほど騙すのは簡単なんだね。」
「酷ぉい!グリ江の純情を弄んでいたのねー!!」
「僕の恋心を傷付けたのはキミじゃないかヨルダン・ハシミテ。」
「傷付けたことは謝りますよ…ですがその意味不明の名前で呼ぶのはやめて下さい。」
「あー本当に哀しかったなー。恋人に名前を忘れられてたなんて。そうかいそうかい、地球に帰っている間、キミは僕の名前を呼ぶこともないんだね。あぁ哀しい。夜空を見上げてキミを想っていたのは僕だけで完璧な一方通行。でももうそれもお終い、通行しなければ一方的にはならないんだから。」
「猊下ぁ!そういうの卑怯ですよ!どこまでがホントの気持ちなんですか!」
「そんなん僕を見つめて察しなよ。察するのは得意だろ?
眞魔国一のお庭番のヨルダンくん。」
「グリ江の名前はヨザックなのー!!」
「僕の名前は?」
「ケンです!」
「問題、ユーリは7月という意味ですがケンとはどういう意味でしょう。」
「!ええと、お…。」
「ブー、ハズレ。おから始まる言葉は絶対に違います。
サヨナラだねヨルダン。今までありがとう。」

シッシッと手首から先だけで存在を否定される。
ホントとウソの見分けよりそこに愛があるのか知りたい。

2007.03 thanks you web clap!

健やかにっていうシンプルな願いを込めた村田のご両親はやっぱり
息子に愛情を一杯注いでますよねぇ。
お父さんの名前に健っていう字があればまた別ですけど(笑)

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