近くて遠い距離


俺がうっかり猊下のお名前をど忘れしたせいで彼はご機嫌を損ねてしまった。
坊ちゃんが俺の名前を叫ぶという珍しい現場に辿り着くと
愛しのケン(もう二度と忘れない)はなんと、地球へ帰ろうとしているではないか!!
3ヶ月この日を待っていたのにあんまりだと泣きついたが
恋人に名前を忘れられるなんてそれこそあんまりだと冷たく手を振り払われた。
ご尤もです。

コチラに来るといつも陛下は水浸しで寒いだ、早く風呂に入りたいだと言う。
それをのんびり口調で宥める筈の彼はキレイな顔を微動だにせず前を見据えていた。
俺の後ろではなく、隊長の馬の上で。
深く静かな怒りがひしひしと伝わって痛い。
あてつけとばかりに隊長の腰にぎゅっと抱きつくでもなく、
ただ一言も口にせず馬に乗っている猊下は半端なく怖い。

「怖ぇー…村田ってキレると黙るタイプなんだな。」
「あれってやっぱりかなりお怒りってことですよねぇ?」
「うーん…あれでもヨザックに関しては繊細だからなぁ。
相当ショックだったんじゃねーの?」
「ヤーン…坊ちゃんってば容赦ないデスネー…
俺そんなに猊下を傷付けちゃいましたかー…。」
「あ、あぁ、悪い!でもさーやっぱりヨザックが悪いだろ!」
「はぁーい…大好きな猊下のお名前はケンです、ムラタケンです。」

確認でお名前を口にしたら猊下の闇色の瞳がチラっと俺に向けられた。
ギクッなのかドキッなのか自分でも分からないが緊張に顔が強張る。
すぐに反らされてしまったが目が合っただけで猊下の傷口からドローッと
負の感情が流れているのが分かって罪悪感が津波のように押し寄せてきた。

「猊下ぁー…隊長にくっついてないで俺にくっついて下さいよぉー。」
「そろそろ許してやれってー何せこいつら百歳越えだぜー。
おじいちゃんに物忘れはつきものだろー。」
「…猊下、バカが許しを請うていますよ。」
「バカは甘やかすとつけあがるんだ。僕の存在の有り難味を二週間かけて叩き込む。」
「二週間!?ちょっと待って下さい!その間俺は猊下禁止ってことですか!?」
「半径3m以内に入ってくるなってことだよヨ…ヨー…えーとなんだったかな
ヨーデルさん?」
「ヨザックです!」
「そんな無理矢理間違えなくても…。」
「あれゴメンね、間違えちゃた、ヨーグルトさん。」
「アイツはそんなに身体にいいもんじゃありませんよ、ケン。」
「そうだったね、じゃあ…ヨルダン・ハシミテでどうかな、コンラートv」

コンラート、のあとにハートマークが見えた。
ヨルダン・ハシミテって何ですか。
半径3m、近くて遠い。
心の距離がどれぐらいなのか見えないので余計に怖い再会の日です。

2007.03 thanks you web clap!

「ヨルダン・ハシミテは西アジアにある国の名前だよ。覚えたかい?渋谷。」
「それ覚えてどうなんの?」

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