「手、貸して」


その大地は硬く、生き物に優しくはなかった。
小さな芋を得る為に、ヨザックは土を掘っていた。
鍬を使ったら折角育った芋を駄目にしてしまうかもしれない。
少々の傷、水で洗えばと思われるかもしれないが水自体が貴重なのだ。
硬い土の中に伸びる蔦を辿って、ヨザックは一心不乱に土を掘った。

お腹が空いた。

痩せた母親に分け与えて貰っても、育ち盛りのヨザックの腹は満たされない。
貰うにしてもそれはほんの一口分で、弱った母親からそれ以上取り上げるなんてヨザックには到底出来なかった。

お腹が空いた。
お腹が空いた。
お腹が空いた。

母親と同じく痩せた大地は生命を充分に育めない。
しかしどんなに望みが薄くても種を蒔かなければ望みすら抱けない。
土が爪に入り込んで来てもヨザックは土を掘り続けた。
食べなければ。食べなければ死んでしまう。
死が背後に迫ってくると、否が応でも自分の生まれを呪いたくなる。

魔族も人間も、どちらも嫌いだ。

どちらかの存在しか愛せない者達、二つの種族はヨザックの中では同じ括りにあった。
この身体に流れる血の、何が悪いと言うのだろう。

考えるな。

もっと深く。食べ物を手に入れなければ。
指の先がジン、痺れるような熱を持ち痛みを訴えてもヨザックは土を掘った。


お腹が空いた。

  父さんが憎い。

食べなければ。

  魔族が憎い。

死んでしまう。

  人間が憎い。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。



でも、死にたい。



「ヨザック!!」

耳元で声がして、強い力で手首を捕まれた。
顔を上げるとそこには怒った顔でコンラートが立っている。
彼も混血だが、父親と母親は健在で母親の方が魔族の王の為
酷く迫害される事はない。
ぼんやりと茶色の瞳を見て瞬きをするとコンラートは掴んでいたヨザックの手首を引いて立ち上がらせた。
「爪が剥がれかけてる。何度も呼んだのに。」
言われて手を見ると、血が滴り爪が半ばまで剥がれかけていた。
お怒りのコンラートとは対照的に、ヨザックはその状況を把握しても尚
ぼんやりとした口調で呟く。
「…あぁ…本当だ。」
「本当だって、お前…。痛いだろ。ほら、来い。手当てしてやるから。」
「いいよ。俺、自分でやるから。」
「煩い。ヨザックがやったらただ水で洗って終わる気がする。」
「それじゃ駄目なのか?」
「駄目に決まってるだろ!」
物凄い剣幕で怒鳴り返されて、ヨザックは少し驚いた。
それで充分ではないか。
自分の具合が悪かろうと怪我をしようと放って置かれた。
でもここまで生きてこれた。
だから大層な治療など必要ない。人は割と強いのだ。
何がいけないのか分からないという顔で呆然としている
ヨザックにコンラートは溜息を吐いて諦めた。
治療の術どころか治療の必要性を知らないのは彼のせいではない。
怒鳴ってゴメン、と一言謝りゆっくりと彼の手を引き座らせる。

「放っておいたら黴菌が入って酷い事になるぞ。」
「…そのうち治る。」
「でも遅いだろ?消毒して、薬を塗れば早く良くなるんだ。」
「別に早くなくても治ればいいんじゃねーの?」
「痛いのは短い方がいいだろ?」
「…。」

治療に使う用具を取りに向かうコンラートの言葉を
ヨザックはゆっくり自分の中で熔かした。
早く治ればいい。確かにそうだ。分かる。
だがヨザックは違和感を感じた。
戻って来たコンラートは彼の前に膝をついて手を差し出した。

「手、貸して。」

あぁ、そうか。
自分ではない誰かが、自分の心配をするのがおかしいんだ。
その感覚が、酷く哀しいことはヨザックにも分かった。
ぐ、と彼が唇を噛んだことをコンラートは見なかったことにした。



2008.06 thanks you web clap!

何かの最中にどこかへ飛んでしまうまだ拾われて間もないヨザ。
最初から心が強いやつなんてどこにもいない。

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