「無視すんなよ」


村田は、コンビニのクーラーボックスの前で悩んでいた。
「渋谷、ピノと爽どっちが食べたい?」
「なんだよその女子みたいな選択肢。」
「は?アイスに男女差ってあんの?」
「男は黙ってガリガリ君だ。」
「えー品川ってなんか苦手なんだよなー。嫌いじゃないんだけどさ。なんでか苦手で。」
「ガリガリ君は品川じゃねーよ。似てるっつわれれば頷くけどな。」
「ジャイアントコーン買おう。」
「おう、綾瀬はるかは可愛い。」
「だよね。」
ぐっと親指を突き出すと、村田も親指を突き出した。
もうエビアンを買っている俺の手元を見てからそそくさとレジに向かう。
レシートを無造作に小銭スペースに突っ込む俺とは違って
村田はスマートにレシートを所定の場所に捨てた。
性格の差って、色んな所で出るのな。
「俺それ食ってるヤツ久し振りに見た。」
「僕も久し振りに、ていうか初めてぐらいの勢いで食べた。」
「アイス食ってるイメージないもんな、村田って。」
「どういう意味だよ。渋谷なんてホームランバー食ってるイメージしかないぞ。」
「そんなに食ってねーよ。うちの冷蔵庫にあるのはオヤジのだしな。」
煽った飲み物は水なので、味はない。でも俺はそれで満足だ。
甘ったるいジュースやコーヒーを飲むと口の中がなんか、あー…ってなって
水で濯ぎたくなってくる。
無償にコーラが飲みたくなるときはあるけど、普段は水かお茶。
村田はたまに紅茶も買う。
「んまい。」
「良かったな。」
「これを食べてまったりな綾瀬はるかを思い出しながら食べるといい。」
「楽しみ方が変態臭いけど、男は黙って、頷く。」
「黙ってないじゃんか。」
「…一口くれ。」
「がーっつりこーん♪うーっとりこーん♪」
村田の歌うジャイアントコーンのCMソングで脳内に綾瀬はるか。
まったりとした彼女の微笑みと共にジャイアントコーンを齧ったら
思いの外多く口に入ってしまった。
「おい渋谷。今結構いったな?」
「悪い。もう村田の舐めてたとこがないぐらいいった。」
「その解説は要らないよ。僕の舐めてたとこ渋谷がわざと持ってったみたいで怖いだろ。」
「これ美味いな。」
「あー本当に上辺ががっつりなくなってる。」
雄々しく割られたバニラアイスの断面に村田が肩を竦める。
でも、それ以上俺は責められなかった。
物欲はあまりないようなのでアイスを多めに齧られたぐらいで親友は動じない。
コーンに到達してどう齧ろうか少し迷って、村田はコーンだけをちょっと引っぺがした。
「お前、早く食わないと溶けてくるぞ?」
「それもこのタイプのアイスの醍醐味じゃないか。」
「綾瀬はるかがやれば可愛いけど。」
「そのバージョンのCMがあったらいいのに。」
「ちょっと刺激が強いんじゃねーの?」
「妄想世代の僕らにはねー。」
言いながら、ぺろりとアイスが舌で救い上げられた。
言わんこっちゃない。がぶっと溶けてきてる辺りをいかないからだ。
「ちょ、待てよ、僕が悪かったって。」
「アイスに言ってんのか?」
「そう、アイスに。んがっ。ん、よし。」
「やっぱ普段食べないだろ。食い慣れてねーもん。」
「僕モナ王が好きなんだよ。食べやすいから。」
「さっき全く選択肢に入ってなかった気が。」
「なんとなく今日は違う感じの僕を渋谷にお楽しみ頂こうかと思って。」
「無駄なサービスだなーそれ。」
「いいじゃん。さっき僕の綾瀬はるか食べただろ。」
「綾瀬はるかは食ってねーよ。その前にお前のじゃねーよ。っておい、またきてる!」
「分かった、分かったからちょっと待てよはるか!」
「ついにはるか呼ばわりか!」

とろ…村田の指にバニラアイスが絡む。
指より先にアイスをどうにかするのが正解だが。



俺は、それから目を逸らして水に口をつけた。



「渋谷、そんな風に目を逸らされるとリアクションに困るんだけど。」
「じゃあ無視すんなよ。」
困る、と言葉では言っているがその響きには俺に対する嫌悪感はない。
俺はあからさまに大きく空を仰いで村田に聞こえるように「16歳、親友、男」と言う。
村田が「君の大賢者、エリート眼鏡」と勝手に引き継いだ。
漫画とかだとこういうとき見上げた空には飛行機雲だとか入道雲だとか
もっと凄いと虹なんてかかっちゃったりするんだろうけど
現実はそうロマンチックには進まない。
見上げた埼玉の空はただの空で、俺と村田のプロフィールの方が
よっぽど夢と浪漫に溢れていた。
その間で、俺に芽生え始めた物は残念ながらプロフィールみたいに
夢のような展開にはならないらしい。
「言っとくけど僕、まだ渋谷からは何も言われてないからな。」
「タイミングを覗ってんだよ。なんつーかその、俺自身持て余してるのもあっけど。」
「まぁ頑張ってくれ。僕は石橋は叩いて叩いて測量して叩く男だからさ。確信ないと動けないんだよね。」
「それ最終的にちゃんと渡るのか?」
「いやぁ、僕も恋愛の方はなんとも。齢16歳、親友の男に好意持たれる!無理無理。処理し切れない。」
「俺がまだなんも言ってねーのに言うなよ!処理し切れないとか言うなよ!」

「だって困るだろー実際。」

親友に告白されちゃいそうな村田と
親友に告白する前から振られてると思われる俺。

でも二人の間には何か奇妙な余裕があった。

コイツはどっかで絶対に、自分の。

そんな意識が今日も微妙な二人を仲良く並ばせている。

2008.06 thanks you web clap!

何があっても離れないからこそ微妙。

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