「嫌いじゃないならそばにいて」


人の声がする。

誰、と探るより早くコンラートは上半身を起こした。
暗闇の中でも迷うことなくテントの入り口を目指し外へ出る。
今日も星の天蓋は零れそうに煌いている。
いつもなら一度空を見上げるのだが、彼は声のする方へ急いだ。

「…ヨザック?」
そっとテントをめくると細い身体が隅の方で丸まっていた。
共に眠っていた人間が悪い夢でも見て昂ってしまった彼を宥めようとしていた。
細い腕で自分を庇ってヨザックは声も出さずに相手を威嚇している。
本当は怖いと思う所なのだろうが、コンラートはギラギラと輝く瞳が
零れそうな星と一緒だ、と心のどこかで思った。
膝をついて目線を合わせ覗き込むように近付く。
「来るな!」
ビクッと強張ったのは元からここに居た者で、コンラートではない。
「眠れないのか?」
怒鳴りつけられてもなお近付いてくるコンラートにヨザックは蒼穹の瞳を泳がせた。
逃げるのはプライドが許さない。しかし近付かれるのも嫌だ。
射殺すような瞳でヨザックはコンラートを睨み付けた。
頭に触れて来ようとする手を払い除ける。
「コンラート。」
周りの人間がやめておいた方がと声をかける。
魔族と人間との混血が多い集団の中でこんなことはザラだ。
入ったばかりの者は四六時中周りを警戒して夜に嫌な夢を見ては飛び起きる。
そう、コンラートもこういった事には慣れている。
放っておいていいと感じ取れば引く。
ただ彼は違う気がするから触るのだ。
振り払われていない方の手で間髪入れずにぽすっと頭を押さえると
ムッとしたのか今度は無駄の多い大きな動作で振り払われる。

ぽすっ。
またしても間髪入れずに頭に手が置かれて、ビックリして目を見開いた間に
それはぐりぐりと頭を撫で始める。

「…に、すんだよ。」
「一緒に寝るか?」
「ぁあ?」
「寒そうだ。」
「慣れてるし…寒くない…。」

「いつも寒いとこに居ただけで、慣れてはないよ。」

急に心を鷲掴みにされてヨザックの眉が下がる。
ぐっと引かれた手は温かい。
やれやれと肩を竦めたり驚いたりしている人の間を抜けて
星空の天蓋に包まれるとコンラートは上を見上げた。
「泣きたいときは星を見上げるといいって、母上が言っていたんだ。涙でキラキラして、哀しい中に少しだけいいことが起こるから。」
「…それがいいことなのか?」
ヨザックには星をキレイだと思うような心の余裕はなかった。
見上げた星空はただキラキラしているだけで、飢えからも寒さからも救ってくれなかった。
あの手の温もりはもうない。冷たい土の中に居る。
唇を噛み締め、ヨザックは耐えた。泣いても何にも起こらない。
身体の中の水が無駄に流れていくだけだ。
「水ならあるよ。お前一人じゃ飲みきれないぐらい。」
考えを見透かしたように手を握り返されても頭を振る。
違う。この温もりは大切な人のものではない。
消えそうな微笑みしか浮かべられなくても護ってくれた母のものではない。

ぽす ぽす 。

撫でるのではなくて、宥めるような慰めるような。
経験のない言葉では安っぽくなってしまう気遣いが掌に乗っている。
知ってしまったら辛くなるだけ。最初から一人ならそれ以上淋しくないのに。
それを分かっていたのに。

どうして人は、今だけでもいいと、温もりを欲しがってしまうのだろう。

「…………て。」
「ん?」
「俺のこと嫌いじゃないなら……にいて……。」
「うん。……ヨザック、上だよ。」
ボロボロと涙を零しながら声につられて顔を上げると
銀の光彩が涙でキラキラと光った。

2008.02 thanks you web clap!

旅の集団の中でお兄ちゃんポジションだったら可愛いよね。

→5へ