「風邪なら俺にうつせばいいじゃん」
扉を開けた瞬間こっちに倒れてくる黒い塊を俺はなんとか受け止めて踏ん張った。
肩に乗せられた額は一瞬で距離を取ったが熱だけは離れずに残る。
熱だ。コイツ絶対に風邪引いてる。
「ゴメン、ちょっとよろけた。」
「ちょっとって!お前熱あるだろ!」
「うん。だから寝てたんだけどね。」
言いながら額に手を当てずるずると壁に半身を預けてしゃがみ込んでしまう村田の背を
えづいてるわけじゃないのに慌てて摩る。
背中も熱い。汗はかいているから今正に身体は戦ってる状態だ。
「悪い。でも熱で寝てたの言ってくれりゃ帰ったのに。」
「いや、頼みたい事あって…冷蔵庫が空になっちゃったからなんかパシ…。」
「分かった。お前風邪でもガッツリ食うタイプ?」
「ガッツリー…まではいかなくとも、米が食べたい。」
ヨーグルトなんて女々しく言われたらもっと心配したかもしれないけど
米が食いたいと村田が言うので少し安心した。
立つときだけ手を貸して俺は入ったばかりの玄関から外へ飛び出す。
何と言うか、風邪を引いて苦しんでいるアミーゴに不謹慎だとは思うが
俺はいつも村田にやれ勉強や草野球のマネージャーやと甘えている。
村田が弱って俺に甘えるなんて滅多に起きない出来事だ。
今までも罪滅ぼしと言うわけではないが、ただのパシリでも張り切ってしまう。
コンビニでおかゆでも買おうかと思ったがそんな愛情の篭らないもの
頭痛薬のバファリンにすら勝てないと切り捨てた。
「おふくろー!」
「ママでしょゆーちゃん!なぁにただいまも言わないで!」
「村田が風邪引いて寝込んでんだ。でさーお粥作って欲しいんだけど…あと缶詰めとか。」
謝る前に早口で事情を説明するといつもは的外れな事ばかりするお袋が
無駄な動きゼロで全てを用意してくれた。
あれ?俺って何も出来てない?と気付いたが、気付かなかったことにする。
…コンビニで熱冷まシートだけ買って行こう。
寝ている所を再び起こしてドアを開けさせ電子レンジを失敬してお粥を温める。
お粥用の器がなかったので普通のどんぶりに盛ってしまった。
「何でコレ…。れんげじゃなくて銀のスプーンだし。」
「人ん家の棚って漁れないだろ。」
「弄っても誰も気付かないよ。」
湯気の立つ粥を口の中に招き入れると村田の顔が僅かに緩む。
いつ冷蔵庫が空になったのか気になるがあんまり突っ込むと
村田も俺も気まずくなると思ったので缶詰めを開けることに集中した。
「渋谷、ゴメンねー。」
「別に。それ作ったのお袋だし。」
「今度ちゃんとお礼しなきゃ。」
「いいって。もう健ちゃんは俺と双子とか意味分かんねーこと言ってっし。」
「どっちが兄?」
「突っ込むトコそこか?」
へら、と力なく笑う村田の手が止まっている。
米が食いたいとは言ったがそんなに量は食べられなかったのかもしれない。
多いなと思ったお粥はもしかしたら二回分だったのかも。
「それ無理して食うなよ?ラップして冷蔵庫入れときゃいいんだから。」
「あー…うん、ゴメン。夜にまた食べる。」
申し訳なさそうに苦笑した村田の膝からどんぶりを取り上げる。
放っておいたら村田はなんだかんだと口に運ぶに違いないからだ。
病人の癖に健康体の俺達に気ぃ遣うなっての。
「そうだこれ開けちまった。これも冷蔵庫入れとくな。」
「渋谷待った、一口だけ食べたい。」
立ち上がろうとした俺に村田が手を開いて突き出す。
「フォークない。」
「そのスプーンで食べるからいいよ。」
缶とスプーンを受け取って、村田が桃を小さく切る。
スプーンが唇に包まれて、出て来るのを何故かじっと見つめた。
「ゴメン。」
悪いことなんて何もない。
風邪なんて俺にうつせばいいじゃん。
村田のそういう、やっぱり甘えきってはくれないとこが
俺の中で燻ってる何かを熱くするのかもしれない。
2008.02 thanks you web clap!
友達でも恋でも好きな方に取っていただければと思います。
→4へ