「顔面蒼白だよ?」


「俺猊下が好きなんすよー。」
「マジでぇー?僕がお嫁さーん?それとも君がお嫁さーん?」

部屋の中で紅茶を入れながらぽーんと告白を投げてみたら
受け取られた言葉は猊下の手からすっぽ抜けてあらぬ方向へ飛んでいった。
何もない絨毯に目を落とし脳内で無情に転がった淡い恋心を合成する。
ベットでうつ伏せになって本を読む猊下を恋心が下から切なそうに見上げていた。
「猊下がお嫁さんです。」
「マジでぇー?グリ江ちゃんはどうすんのー?」
言葉の最初が先程と同じだ。ペラ…と捲られたページの音より虚しい。
俺は猊下に可愛いだのキレイだのと言ったことがないので
多少引っかかって下さるかと思ったが、自分がそういう扱いをされたことより
猊下にとっては俺の趣味と違うのでは、という点が引っかかってしまったらしい。
「グリ江、猊下の為なら女捨てる。」
「マジでかー。捨てない方がいいと思うよー。僕は可愛いグリ江ちゃんが好きだよー。」
納まりが悪かったらしく、猊下は圧し掛かっていた枕の位置を弄り始めた。
上手い場所が見つけられなかったのか、今度は仰向けで本を高く掲げる。
光は上から降り注ぐものなので、その読み方では確実に目が悪くなるだろう。
転がった恋心が猊下と同じように本を見上げるが小難しいその本を
出来の悪い俺発信の恋心では理解出来ずに俯いた。
「でー?急にどうしたのさー。夜の帝王の君がよもや僕に恋愛相談じゃあるまい。商品開発の相談ならまず分け前を聞かせなよー。」
ぱっと恋心が顔を上げて頬を染める。
間延びした声でも話を聞いて会話を成立させるつもりはあるらしい。
半生ぐらいの生返事を更に焼いて頂こうと言葉を紡ぐ。
「本当に猊下が好きなんすよー。もう夜も眠れないぐらい好きでー。」
「マジでぇー?ありがとー。でも寝ないとお肌に悪いんじゃなーい?」
違う。猊下は器用な人だった、と恋心が哀しみに融けていく。
言葉の意味を噛んで含まなくても無意識に対応出来るお人だった。
この策士に警戒されていないという事実は嬉しいが
猊下のぬるま湯領域に浸かってしまった俺はすっかり風邪を引いてしまったと言うのに
彼自身は全くもって俺を面白い常連のお客さんとしか思っていない。
「はい猊下、お茶。」
「あ、ありがと。」
お茶、の一言が好き、に勝って猊下は本に栞を挟んだ。
緩慢な動作でベットを降り、爪先を靴に突っ込んだだけでかかとは踏んだまま寄ってくる。
ズッと絨毯が擦られる音と一緒に融けていた恋心が引き摺られて無様に広がった。
「猊下ってどんな女性がお好みなんです?」
「それ眞二チに売る気だな?ダメダメ、僕は影がある少年を売りにするつもりなんだから。」
「違うわよーグリ江がー猊下のお好みの女性になれないかしらーって。」
「いいねー、仕事の効率上がること請け合い。じゃあ髪はポニ…ええと、馬の尻尾みたいに頭の後ろでくくってね。」
「こうかしら?ほら猊下、どう?グリ江のうなじ。」
明後日の方向に向かいながら、自分の情けなさを嘆く。
結局グリ江になって茶化してしまっては伝わるもんも伝わらない。
そしてそのうち狼少年のようにいくら叫び声をあげても反応してくれなくなるのだろう。
「うーん…グリ江ちゃんのうなじはちょっと…逞しすぎるなぁ。」
「じゃあ俺がお相手では如何ですか。」
ぱ、っと持ち上げていた髪を下ろして猊下の顔を覗き込む。
きょとんとした猊下が不思議そうに首を傾げた。
男の俺に迫られる理由が見つからないらしい。
それは「好き」が彼の中で有り得ないことを指している。
「傲慢だね君。いくらエロ可愛いからって男女共に百発百中で落とせると思うとは。」
「猊下は俺じゃダメってことで?」
「だってそれ僕がヤられる側ってことだろ?童貞なのに処女は喪失…いや、僕は高校卒業までに童貞を捨ててみせる。渋谷より先に。」
「じゃあ俺がキスの仕方から教えてあげますよ。」
くい、と顎を捉えて意識させようとしてみたが寸での所で猊下は手を叩いて何かに納得した。
「それいい。その台詞今度使ってみる。」
「…猊下。わざとですか。」
「うん。」
いくら鈍感な人でも今の交わし方は不自然だ。
思い切って突っ込んでみたら答えはあっさり帰ってきた。
きっと最初の方は本当に気付いていなかったのだろう。
いつ気付いたのかは分からないが、答えを出しかねていたようだ。
猊下が行儀悪く紅茶を口元でぶくぶくさせて眉間に皺を寄せた。
今まで考えもしなかったことを考えて下さるようだ。
彼が考える間ぶくぶく音が続き、止んだと思ったらこうだ。

「なんか気持ち的には顔面蒼白だよ?」

俺に迫られたって?
そして再び始まったぶくぶくという音と彼の心底理解出来ない顔に
俺の恋心は蒸発して天に召された。

2008.02 thanks you web clap!

不快、ではなくて。マジでどうしたらいいか分からない状態。
ぶくぶくしてるのは無意味な間繋ぎです。
とにかく困った、という一言の選択を誤った猊下でした。

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