tender smile − 優しい微笑み
ただ走り抜ければいい。
普段の僕なら絶対にやらない暴挙に兵士も巫女さんも虚を突かれたらしく
手を振り払いながらの全力疾走で僕は門を突破した。
見上げた空には大きな雲があって、なんだか嬉しかったのでスピードを上げる。
ぐ、と一瞬後ろの存在に引き止められて、それから続いて彼も加速した。
振り返ると追っ手が後ろに見える。
「あちゃーやっぱり僕が文化系のせいか。」
このままじゃ捕まるのがオチだな。
そう思いながらも諦め悪く走り続けようと前を向いたら保険にと引っ掴んできた
眞魔国イチのお庭番がただ引かれていただけの手に力を込めた。
一瞬で引かれていた立場から引く立場に成り代わって彼は僕の手を強く引く。
「う、わ。」
つんのめって転びそうになるのを必死に堪えて見上げるとヨザックもこっちを振り返っていた。
横暴に引っ張られて来た筈のヨザックはまるで首謀者のように笑んでいる。
自分よりよっぽど楽しそうな彼に目を丸めると彼は噴き出して前を向いた。
「ヨ、ヨ、ヨザック!転ぶ!!」
「そんなヘマしませんよ、何の為に俺を引っ掴んで来たんすか。」
「いや確かに保険だったけどまさかこんなに協力的になるとは!」
「猊下の新たな一面って言うのー?グリ江ちょっと意外で母性本能擽られたー。」
「んがっ!」
間延びした女言葉の間に小川を一つ飛び越えた。
草に顔から突っ込もうとしていた僕を受け止めたのは硬い筋肉だ。
そのまま彼に捕まって咳き込みながら後ろを振り返る。
追っ手はまいたようだ。
「せ、成功?」
「はーい、よく出来ましたぁ。」
「わー…でもグリ江ちゃんの速さがなきゃ絶対捕まってた。」
ずるずるとずり落ちて草に背をつける僕をヨザックは止めずに見下ろしている。
肺と喉が渇きすぎて痛いような感じだが、清々しい。
本に囲まれた閉鎖空間も好きだが、たまに風に当たらないと生きている心地がしなくなってくる。
息が整ってくると妙に喉が涼しい気がするのは何故だろう。
少しの罪悪感が笑いを誘う、脱走もなかなか楽しい。
「ありがとうヨザック、楽しかった。」
「いいえー、俺は好きですよーこういうの。」
「根っからのお庭番体質ぽいよね。」
「そういうんじゃありませんて、男は無茶が好きなんですよ。」
「なるほど。」
成功の立役者はぐーっと伸びをして遠くを見ていた。
身体も横顔も僕よりずっと大人でカッコイイと普通に思う。
「あームラケンも早く男になりたい。童貞捨てたい。プロ相手でもいい。」
「あれぇ?そういうことなら俺は更に協力しますよー?」
片目を瞑る彼が優しい顔をしていたので、僕はまだ子供のようだ。
2007.09 thanks you web clap!
お兄ちゃんヨザと弟ムラケンという関係性も可愛いんじゃなかろうか。
という妄想。
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