ヨザックは部屋に日が差し込む頃に目を覚ました。
いつもなら日の出より先に起きているが今日は何の仕事も入っていない。
目覚めたばかりなのにふわふわとした感覚で心が満たされているように思うのは
他でもない、隣にある温もりのせいであろう。
彼は眠ると無意識に毛布の中に潜り込むクセがある。
てっぺんが少しだけ覗いている頭がなんとも可愛くて抱き寄せようしたヨザックは
すぽん、っと腕の中に納まりすぎる相手に珍しく寝惚けていた目を見開き
勢いよく毛布を捲り…
敵に追い詰められたときでさえ出さなかった断末魔の悲鳴を眞王廟中に轟かせた。
「ン…。」
「な…な…。」
「…スー…。」
大声に反応してごろりと寝返りを打ったその物体はお庭番の驚きをよそに
うつ伏せになるともう一度眠りについてしまう。
ぶかぶかの服から小さく白い肩が覗いていた。
ズボンは寝返りを打った際に脱げ、これまた小さな脚が晒されている。
ちなみに手は袖の中に隠れていた。
服のサイズは地球で言うとM。標準タイプの物だ。
「げっ猊下が…猊下…いやこれは本当に猊下か!?」
寝ている村田と思わしきモノをひっくり返すと、それは限りなくヨザックの知っている彼に近かった。
ただひとつ…幼すぎる点を除けば。
顔の作りは確かに村田健であるのにまんまるなほっぺたと赤い頬、小さな身体。
彼はまるで幼児である。
サーッと血の引く音を聞きながらヨザックは目の前の゛恐らく村田゛の肩を揺さぶった。
「猊下!起きて下さい猊下!!」
「ンゥー?」
「猊下!」
「!」
「一体どうしちゃったんですか!?何か悪いものでも食べちゃったんですか!?」
叩き起こされて目を開いた゛恐らく村田゛の瞳は曇りなき闇色。
この瞳を自分が違えるハズがない。
「魔術!?それとも法術か!?くそ…っ俺が居ながらこんな…!」
しかし自分が気配を感じ取れない位置からここまで高度で完璧な術を使えるものが居るのだろうか。
その前に眞王廟は眞王と巫女の完璧な結界で守られているハズだ。
と、護りの堅さを確かめても目の前の光景が全てを否定している。
「ウルリーケ様を!!猊下のお部屋から悲鳴が!」
「どうしたのですグリエ!」
自分の悲鳴を聞いた眞王廟の巫女や女性兵士の声と足音が近付く。
「くそ…っ…俺は一体何をやってたってんだ!!」
幸せに浸って何も気付かずに呑気に寝ていた自分が許せず、また変わり果てた姿があまりにも惨めで彼は小さな村田を衝動的に力一杯思い切り抱き締めた。
すると今度は、小さな村田が悲鳴を上げた。
「●●●!!●●!?!?」
「っ!?」
「●●●●●!!●●●●●!!!!」
「猊下何をっわ…!」
意味不明の音を繋げた叫びに虚を突かれたヨザックの腕を小さな村田が抜け出し
ベットの端へと逃げて毛布を被り丸くなる。
彼はそのまま意味の分からない言葉を言いながら泣き出してしまった。
「ヨザック!!!」
「あっ坊ちゃん。」
「ムラケンが魔術にやられたって本当か!?」
「人間共のしわざかもしれないぞユーリ!」
「私の猊下!!猊下はどうなさったのですかグリエ!!!」
息を切らせてやってきた魔王とその婚約者と、その間を涙を流しながら割った王佐は
部屋の異様な雰囲気に肩で息をしながら一瞬黙った。
ベットを中心に巫女は朝ご飯やらお菓子やら…眞魔国にもあったのか、けん玉やおもちゃらしきものを持っておりヨザックに至ってはぷぴーと笛を鳴らしていた。
「え…な、なに?もしかしてお前達も術にかかってたりする?それともあれ?魔王ドッキリ?大成功?」
「また例のおふざけか!?朝っぱらから人騒がせな悪戯を仕掛けるなと何度言ったら分かるんだ!どこに居る!出て来い大賢者!!」
「そうなんですよねー猊下に出てきて欲しいんですよー。」
「は?」
「猊下ー出て来て下さいよー。」
ヨザックが声をかける方に目をやるとそこには毛布に小さな山が出来ていた。
だがその山の部分には明らかに村田は入って居ないと思う。
何故なら小さすぎるからだ。
「なに?鳩でも隠れてんの?」
「グリエ、貴方いくら猊下が愛しいからと言って鳩をそのように呼ぶのはおやめなさい。」
「違いますよー。ここに入ってるのは間違いなく双黒の大賢者の猊下なんですー。」
「だってそれ、村田にしては小さすぎるじゃん。」
指を指しユーリがヨザックに言った瞬間。山がピクッと動きバッと毛布が動いた。
中から出て来た小さな子供はクセのある黒髪と大きくて真ん丸な真っ黒な瞳に
利発そうな顔立ちをしており…村田に似ている。
泣いたせいで赤くなった鼻や目がその子供の幼さを余計に際立たせているが
彼は村田健に間違いないだろう。
「村田!?」
「…そうなんですー朝起きたらこんな…。」
「●●●●●?」
「あ?」
「●●●●●●●●●●●●●●●?」
「知ってるも何も、心の友と誓い合ったムラケンズの片割れだぞ俺は。」
「…陛下。」
「なぁコレ、俺達のこと覚えてないわけ?記憶もしっかり子供に戻ってんの?」
「やっぱり…坊ちゃんには猊下の言葉がお分かりになるんですね?」
「へ?」
「僕達には猊下の話している言葉が分からない。猊下に応えたお前の言葉もな。」
「これがニホンゴ、という陛下のお育ちになったチキュウの言葉なのですね?」
「え?みんな分かんないの?俺には魔族語と一緒に聞こえるんだけど?」
「陛下は蓄積言語を引き出されてバイリンガル…いや、翻訳コンニャクを食べた状態になっているんですよ。」
「翻訳コンニャク…アメリカでも人気だなぁ、ドラえもん…。」
「人気?ドラえもんとは誰だ?男か?」
「男だけど機械だよってそんなんどうでもいいんだよ。まずはチビ村田。」
「ニホンゴを話す、と意識してから話して下さい陛下。」
「陛下って言うな、名付け親。…おーい、お前は村田健ですかー。」
ベッドの端からじっと自分だけを見ている小さな村田に問いかけると彼はコクリと頷いた。
「やっぱり村田だってさー。村田健は今いくつー?」
「●●●。」
「4…!?陛下!猊下は今4歳とおっしゃったのですか!?」
「そうだよ。やっぱ異文化コミニュケーションにはジェスチャーなんだなぁ。」
小さな手で示された4という数に純粋魔族二人は驚愕する。
自分達がこの大きさになるまでには十年は確実に越えていた。
人間は成長が早いと頭では分かっていたがいざ目の前で年齢を言われるともう驚愕するしかない。
王佐は4歳という年齢にしてこのように立派に育ち、言葉は分からないがきちんとした会話をする彼の利発さに感動しいつものように鼻血と涙を流し始めた。
「しかしおかしいぞ、コイツは昔から4000年の記憶を持って育ってきたハズだ。何故魔族語で話さない。」
「記憶を持っていてもまだ上手く処理出来ていないんだろう。」
「4歳に4000年の歴史使いこなせって言っても確かに無理だよなー。俺なんて16なのに未だ戦国武将の時代すらあやふやだぜ。」
「●●●●●●●●●?」
「俺?俺は渋谷有利原宿…いや、渋谷有利だけでいいや。覚えてないかもしれないけどお前の友達だよ。」
「●●?」
「うん。なぁ村田、お前の中にさ、たくさん思い出があるだろ?」
自分と親と、医者しか知らない秘密を言われて村田はビックリして目を丸めた。
むやみやたらに人に思い出を話してはいけないと彼は母親に言われている。
渋谷有利と名乗ったこの人は新しい先生なのだろうか?
小さな頭で一生懸命考える村田の考えを悟ったのか
有利は少し考えてから再び話しかけた。
「俺はなーなんつーか、そう、お前の親戚…あー…お前のお母さんの友達なんだ。だからお前のことも聞いてて知ってる。」
「●●●●●●?」
「えーと、そう、ちょっと仕事で遠くへな。なぁ村田健、ちょっと待って。お前の一番遠い思い出の言葉って分かる?そんでもってそれで話せない?」
自分の秘密を知っているということも母親の友達と言われれば納得出来たらしい。
言われるままに目を閉じ、一番遠い思い出を村田は探した。
たくさんありすぎてごっちゃになりそうだが、その思い出は一番強いものなのだ。
「……………。」
「猊下?」
「………お母さんドコ?いツ帰ってクルの?」
まだ端々が怪しくはあるがようや言葉が分かるようになり、ヨザックや巫女は一気に脱力した。
異変に気付いてから優しく声をかけたりお菓子で釣ろうとしても泣くばかりで
言葉も分からず途方にくれていたのだ。
「流石ですね。記憶を持っているとはいえすぐに言葉をかえられるとは。」
「俺は既に負けた気分だ。まぁいいか…おいで村田ー。いい子にしてればお母さんはすぐに帰ってくるからー。」
村田は両親の不在と不可解な状況を自分に無理矢理納得させ
ベッドの端から有利に向かって四つん這いで動き出した。
子供でも誰に従えばいいかぐらい分かる。
唯一自分の名前を知っていて母親の友人で日本人の渋谷有利だ。
「目が覚めたら知らない人ばっかりで驚いたろ。」
大きすぎる袖を有利に捲くられながらコクリと素直に小さな彼が頷く。
村田だと分かって居ても小さい子供は一つ一つの仕草が可愛い。
村田と分かっているからこそ鼻血が止まらない人物も居るが
彼は目が合った村田に大丈夫?と聞かれた途端幸せのあまり昇天して
本格的に大丈夫ではなくなった。
「不謹慎ですけど小さな猊下はとんでもなく可愛いですねー。」
「!」
第一発見者でもう一人の村田贔屓がその頭を撫でようとすると
彼は慌てて有利の腕を掴みその身を寄せ顔を背けた。
一度、様子を覗うようにおどおどと目をヨザックに向けたがまたすぐに反らされてしまう。
「あれ?」
「怖がっているようだ。」
「猊下ー猊下ー。」
なるべく優しく呼びかけても村田は決してヨザックを見ようとしない。
呼ぶ度にぎゅうぎゅうと有利の身体を抱き締め胸に顔を埋めて隠れようとしている。
「嫌われたな、ヨザック。」
寝ている所を突然大声で叩き起こされた挙句思い詰めた怖い顔で
身体が軋むほど力一杯抱き締められたのだ、無理はない。
村田健くん4歳。
ヨザックの第一印象は最悪だった。
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