「すげー風…お前大変だったな。」
「僕の出たときはそこまでじゃなかったよ。多少砂は被ったけどね。」
村田が首を手で擦って服で拭う。
砂で茶色くなる、とまではいかなかったが彼の顔から
ざらついた感触があったのだろうと読み取った。
俺はつられて顔を顰め、激しく唸っている窓の外を再び見やった。
関東は今日、警報が出るほどの強風が吹き荒れていた。
つい先日はついに春が来たか、という暖かさだったのに
泊まりの日に荒れるなんて村田は運が悪い。
「春一番じゃない?」
「春一番ってこんな時期だっけ?」
「知らない。でも最近春が訪れようとしてる感じだったからそうかなって。」
カシャカシャ…村田は真剣な顔で楽天の選手を見ていた。
まー君を使ってみたいが為の楽天らしいがそれ以外の選手がてんで分かってない村田はデータだけを見て信じられない打順を構成している。
「守備シフト設定ってなに?こんなんあった?」
「2007から導入された新システム。」
「…初期設定でいいや。」
そのまま対戦に入っていく村田に苦笑い。
相手は素人だから口を出しても仕方がない。あぁでも何故、何故その打順。
村田が持ってきた早売りジャンプより試合が気になる。
バットの投げ方を忠実に再現している素晴らしさも村田には伝わらないんだろうな。
プレステの横には村田が持ってきたウィイレとガンダム無双、あと涼宮ハルヒの戸惑。
ロッテのTSUYOSHIが盗塁した。
2年連続盗塁王はゲームでもいい走りをしている。
「ゆーちゃん、ご飯出来たってよ。」
ドアがノックされて勝利が顔を覗かせた。ジャケットを着たままなので帰りたてだろう。
「おかえりしょーちゃん。今日カレー?」
「勿論カレーだ。お友達のせいでな。」
「僕のせいですか?て言うかカレーの何がご不満?」
「三日前に食った。でも客が来ると絶対にカレーだから家。」
「早く降りてやれよ。満面の笑みでお前を待ってる。」
「はーい。」
出会った当初は仲が良いとは言えなかった村田と勝利は
今やすっかり仲良しで気付くと村田が勝利と二人、部屋で笑い転げてたりする。
なんかの動画でツボったみたいだったがパソコンを前に
腹を押さえて笑う兄と親友は気持ち悪かった。
「ねーねーお兄さん、これやりました?」
「やったに決まってるだろう。予約して初回限定で買ったんだからな。お前ハルヒに興味あったのか?」
「友達に押し付けられたんですけどこういうの一人でやんのが妙に恥ずかしくて。」
「悪かったな一人でそういうのやりまくってて。あとで来い、メモリーカード内の傑作選を見せてやる。」
「お兄さんって絶対長門派ですよね。」
「ほざけ、俺はめがっさ鶴屋さん派だ。」
ふん、と村田をバカにしたように笑っている勝利の横を抜けて俺は一人で階段を降りる。
俺の分からない会話が飛び交うのも珍しいことではない。
そのうち二人で仲良く降りてくるだろ。
「ゆーちゃん、健ちゃんは?」
「勝利とじゃれてる。多分すぐ降りてくっから。」
「そう、どっちで食べる?」
「アッチ。一人座るとこがないだろ?」
親父は既にカレーを食べ始めている。
生卵をかけて三日前と違う味わいにしようと奮闘していた。
俺も卵かけようかな、と思ったが俺と村田と勝利のには豚カツがつくらしい。
「何で親父のには豚カツねーの?」
「うまちゃん最近お腹出て来たのよ。だから揚げ物は控えないとね。」
「へー。見た感じわかんねーけど。」
「嫁さん、せめて一切れ。一切れだけくれない?」
「ダーメ。」
月日が流れても変わらない京本クオリティーのお袋の後ろを失礼して
コップに麦茶を二人分注ぐ。
サラダが入った小皿もスプーンもテレビの前のガラステーブルに移動させて
自分のカレーを盛っていたら村田と勝利が仲良く降りてきた。
「村田。俺達はアッチだから。」
今持っているのを村田の分として渡すとアミーゴのテンションが上がった。
「わーカツカレーだー。僕久し振りに食べるよカツカレー。」
「俺達は一ヶ月に一度は食うがな。」
「なぁにしょーちゃん。いらないの?」
「誰もそんなこと言ってないだろ。」
「ありがとうございまーす。いただきまーす。」
ウキウキ顔でカレーを持って移動する村田にお袋は満足気に頷いた。
「もう、二人も健ちゃんみたく素直で可愛かったらいいのに。」
二週に一度カレーを食わされれば“健ちゃん”もこうなると思う。
俺と兄貴の考えは恐らくシンクロしていたが口には出さなかった。
「ゆーちゃんお兄ちゃんにもー。」
「自分でやれ。」
お願いを一蹴りしてカレーを持って行く。背中にかけられる恨み節も慣れた。
俺が来るまで律儀に食べないで待っていた村田より先にいただきますを言った。
ニュースは今日も最悪の出来事ばかり伝えているが
村田のテンションは上がっている。
「あーおいしい…カレーは渋谷ん家で食べるに限るね。」
「今度は元からカレーの日に呼んでやるよ。俺も勝利も褒め言葉は7歳で尽きた。」
「有り難味が分かってないんだなぁ、君達は。」
「分かってるよ。入れ替わったときに思った。」
「家は家で楽だよ。好きなもん勝手に食べれるから。」
「いつもコンビニ弁当とか食ってんの?」
「僕だって肉焼いたりは出来るし。スーパーで焼肉用お肉が安いときとか?買って一人で全部焼いて食べる。」
「うあーそれは一回やってみたい。どこまでも焼肉。とにかく焼肉。」
「あとさー身体に悪いのは承知でどこまでもマックってやってみたくない?」
「どこまでも吉野家とな。牛丼豚丼焼き鳥丼といけるとこまで食い続けてみたい。」
「いいねーどこまでも吉野家。男子の夢だね。」
「すげー安っぽいこと言っていいか?」
「うまい棒よりも?」
「うまい棒よりは安くねぇこと。」
カチッと村田のスプーンがカツを切った勢いで皿に当たった。
ギュンターが以前村田は食べ方が可愛いと言っていてドン引きしたことがあるが
ほっぺたの片方に食べ物を寄せて喋ろうとする村田は確かに小動物系に見えた。
可愛いとは思わなかったが俺達が美形なら可愛く映るだろう。
「ヤマザキの惣菜パンをひたすら食ってたい。」
「おーっ!待って渋谷。ヤマザキに限らないで貰いたい。デリカテッセンのソーセージカツ&ヤキソバドックが好きなんだよ僕。」
「何だその夢のようなパン。どこのコンビニで売ってんだよ。」
「えーどこだっけな…あ、三角ピザのパンもデリカテッセンだ。」
「そうだっけ?なぁツナポテトってどこのパン?」
「それはヤマザキじゃん?」
「ヤマザキのコーナーにあるか?」
ん?と村田がスプーンを咥えたまま黒目を上にして眉間に皺を寄せた。
男子の定番、まるごとソーセージの隣にツナポテトが見当たらなかったんだろう。
一体あれはどの会社のパンなのか。フジパン?フジパンなのか?
「おいお前達、何でカレー食いながらパンの話になってんだよ。」
遠くから勝利に突っ込まれ、俺達は我に帰った。
夢を忘れた大学生に二人で青春と言い返してカレーに向き直す。
二杯目は卵だなーやっぱ。醤油かけて。
「渋谷ん家で見るまで生卵かけるなんて知らなかった。」
「あんまりしないって俺は中学のとき知った。」
「関西はやるらしいけどねー。」
「そうなんだ?家誰も関西系じゃないんだけど。」
「なんかあれ、ドラマでさんまさんがやっててはじめたって聞いたことある。大竹しのぶも出てたやつ。」
「今日はお前も挑戦しようぜ。カレーに生卵と醤油。」
「生卵だけじゃダメ?醤油が怖い。」
「ばっ醤油がないと味がしまんねーだろ。」
「えー。」
ブーイングをされても醤油は外せない。
問答無用で生卵と醤油にしてやろうと村田の皿も持って立ち上がる。
勝利の二杯目はカレーにマヨネーズだった。最初見たとき勇者だと思ったけど
食べてみたら意外とアリだったんだよな、マヨネーズ。
徐に勝利のカレーにスプーン突っ込んで一口かっぱらったら
怒られるどころか萌えられた。
「もう一口分貰っていい?」
「あーんでならいいぞ。」
「村田に食わせようとしてんだけど。」
「…お友達をここへ呼びなさいとは言いにくいな。」
「言いにくいなじゃなくて絶対言うな。もう年下だったら何でもいいのか。」
「健ちゃんはもううちの子だもんねぇ?」
「ちょっと、今おかしな幻聴がおふくろ方面から聞こえましたけど。」
「ねーうまちゃん。健ちゃんももううちの子よねー?」
「うんうん、ゆーちゃんと双子のな。」
「双子!あぁ、お友達が弟というのは微妙だが双子という響きは…。」
「おかしいから!村田は村田家のだから!一人っ子失ったら村田家大打撃だから!」
「その突っ込みも間違ってると思うけどー?」
いつの間にか渋谷家の会話を普通に観賞していた村田がソファーの背もたれに顎を乗せて突っ込みを投げた。
「お友達、食ってみるか、カレーにマヨネーズ。」
「何それ。生卵以外にもあるんですか?」
「ちなみにこれを食う方法はアーンしかない。」
「村田に萌えを求めるなよ!弟の俺だって引いてんのに!」
「これは兄弟の契りだ。お友達にカッコイイお兄ちゃんをという粋な計らいだ。」
「どこが粋だ!何で村田を義兄弟にしようとしてんだよ!」
「仕方ないな、俺からそっちに行ってやろう。」
「おい……もういい。村田頑張れー。」
真剣な顔を崩さずに皿を持って立ち上がった勝利は一度暴走を始めると
突っ込んでも決して止まらない事を弟の俺は理解している。
スプーンを顔の前に突き出された村田が驚いた顔をしている。
変な兄が絡んで御免。俺が二人分の生卵カレーを作るまで待っててくれ。
「お友達。お兄ちゃんのマヨネーズカレーが食べたいだろ?」
「そんなでもないです。」
「食べたいだろ。ほら、あーんしろ。16歳の優等生眼鏡にあーん。」
「煩悩が声になってますよ。」
「あーん。」
「…あ」
「お待たせ村田。」
勝利の気迫に押された村田が嫌々口を開きかけた所で戻ってこれた。
危なかった。状況的にも。兄貴自体も危ない。
「勝利さん、僕のカレー来たんで。」
「…。」
「…渋谷、お兄さんが。」
「無視しろ。」
「うん。」
ソファーに膝から乗っかっていた村田がすとんと下に降りてくる。
勝利はそこに立ち続けているがそれも無視してくれと目で伝えた。
生卵とカレーをよく混ぜて、村田は俺が一口食べるのを見届けてから口に招き入れた。
「…うん?うん…あぁ、醤油気にならない。」
「だろ?卵でまろやかになりすぎた味をしめるんだよ醤油が。」
「あーこれ美味しいかもー段々やめられなくなってくる感じー。」
「これを知っちまうと二杯目は絶対卵になるぜ。」
「んー、なるかもー。」
生卵と醤油が受け入れられたことに俺は気をよくしたが
勝利は村田の隣に無言で腰を降ろした。
上からの視線は無視出来た村田だが近くからの視線はキツい。
俺に向けられた困惑顔。ホント御免。こんなん家に居て御免。
「勝利いい加減にしろよ、村田が困ってるだろ。」
「何をそんなに嫌がる必要があるんだ。関節キスを気にしているのか?」
「え。勝利さん僕と関節キスでも萌えるの?」
「そんなわけないだろう。ゆーちゃんならともかく。」
「兄弟で関節キスを意識されても気持ち悪いわ!」
「ほら、あーん。」
「意地になってんですか?…あー…。」
「村田、マジですいません。」
子供な兄を気遣って村田が大人になってくれた。
開かれた村田の口に勝利がマヨネーズカレーを突っ込む。
「ん………ん?」
味が村田好みではなかったのだろうか。
疑問系の声に勝利はすかさず次をすくって差し出した。
「…。」
「もう付き合ってやらなくていいからな。」
「しょーちゃん!ご飯の途中で遊ばないの!!!」
「ちっ。でもこれでお前はゆーちゃんとは双子だからな。」
「渋谷が双子という妄想の為だけに……流石勝利さん。」
おふくろに怒られて定位置に戻っていく勝利に村田は
むしろ感心しているようだ。恥ずかしいからもう見ないでやってくれ。
もしかしたらお前も弟萌えの対象になってしまっているかもしれないんだよ。
もし関節キスで勝利が悶えてたら二度とお前の近くには
近寄らせないから安心してくれ。お前の貞操は護ってやるから。
「何頷いてんだよ。」
「俺は誓った。お前を魔の手から護ると。」
「君の手こそ魔の手だろ。」
「魔王の手と魔の手は別モンだ。」
「じゃあ魔王の手先?結局君のせいになるね。」
「村田、一人で童貞卒業すんなよ。」
「二人で同時卒業出来ないから。初めてが3Pとか乱交とかどんだけマニアック?」
「彼女作ろうな、うん、俺はヴォルフに流されない。お前は勝利に流されない。」
「今すんごいおかしなフラグが僕のとこにあった。」
「可能性として、それ魔の手。」
「あぁ、魔の手。じゃあ護りは任せた。」
「ギュンターがお前の食い方が可愛いってさ。」
「僕のフラグそんなんばっか?」
「ギュンターフラグなら俺も持ってる。」
「ソッチの方が大きいよ絶対。」
「うん。」
カレー皿を傾けてご飯をキレイにすくおうと奮闘している村田の姿も
ギュンターのフィルターを通せば可愛く見えるんだろうな。
俺も皿を傾けて卵とカレーが絡まった米を追う。
同時にスプーンを口に入れてしまって頭の中に浮かんだ単語を
二人で苦笑いして打ち消した。
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