村田はヨザックの枕を手に取った。
ぎゅっと抱き締めて顔を埋め、やるせない気持ちを抑える。
何も出来ない。何もさせて貰えない。
世界で起こった悪い事全てが自分のせいのような気がしてくる。
自分が世界に影響を及ぼすような存在だと思っているのか。
と思うマトモな部分もまだ残っているが
それも、ヨザックが言ってくれる方が何倍も効く。



ちをえていく 

−思慮



「お前大丈夫か?」
村田の顔を見た肉屋の息子は眉間に皺を寄せてまず問うた。
彼の顔にいつもの元気がなく癖っ毛の跳ねもなんだか気弱に見える。
旦那が出張に出てもう一ヶ月は経つのに
一向に戻って来る気配がないせいだ、と息子は思った。
この様子では文の1つも寄越していないのではなかろうか。
愛しい人の不在にしょぼくれる村田はついに空元気さえ
出せなくなってしまったのだろう。
彼を見れば見るほど、顔を見た事がない旦那に腹が立って猛烈に物申したくなる。
「ヨザが居るに越した事は無いけど、まぁ、別のことかな。」
肉屋の憤慨振りをよそに、当の本人はそう言って肩を竦めた。
昨日までその理由で凹まなかった事をヨザックに申し訳なく思ったが
何ヶ月も会えないのは大賢者のときに経験しまくっている。
不安にならないのは二人の絆の強さということにしておく。
気になっているのは勿論あの親子のことだ。
一日経つと泣きたい気持ちより
己の器の小ささに凹む気持ちの方が強くなってきた。
運命に導かれてただ一点を見つめていたときは何を言われても突っぱねられたのに
道標がないとこうも簡単に折れてしまいそうになるなんて。

いいやムラケン、ここで折れるわけにはいかない。
僕は強い男の子なんだから!

「一人で百面相か?そこでやられると邪魔だからコッチ来いよ。」
「いいの?」
「お前座らせとくと看板になっから。」
「えーなんかそれ酷くなーい?」
凹んだり拳を握って誓ったりと店先で忙しい弟分に息子はケースの隣の扉を開けた。
唇を尖らせながらもいそいそとお邪魔して椅子に座った村田は
通りを歩いていた女性と目が合い、にか、と笑って見せる。

売れた。

「やっぱ看板じゃねぇか。」
「僕はグリエさん家の看板ですー。」
「勿体ねぇな。お前の実家何やってんだ?跡継ぎは?」
天性の集客能力も主婦業では宝の持ち腐れだ。
領主で三男、とかいう微妙な立場であれば嫁に出すのも抵抗は少ないだろうが接客が必要な商売だったら絶対に反対されただろう。
地球に住む村田の両親は父がIT関係で母が弁護士という眞魔国には全く存在しない職に就いている。
村田は迷った挙句、農家と言っておいた。
「農家…によく生まれたな。」
「ひ弱って言いたいんだろ。農家にだって頭脳派は居るんだぞ!品種改良なんかに!」
「そういう意味じゃねぇって。」
「あぢっ!」
「悪ぃ揚げたてだった。」
顔の話だったのだが、基本的に自分の見目に無頓着な彼には通じなかった。
そういう所が気に入っている肉屋は話が噛み合わなかったことを残念とは思わない。
とりあえずきゃんきゃん吠えていられると接客がしにくいので
揚げたてのメンチカツを口に押し込み黙らせた。
肉屋のおばさんの最高傑作である。
「んまーい。これどうやったらこんなに美味しくなるのかなぁ。」
「うちの肉を入れるだけだ。」
「なるほど。よし決めた。今だけ嫁入りさして。」

ぐしゃ。

メンチカツを並べていた肉屋の手に不自然な力が入ってしまい
トングがめり込んでしまった。
「あー何やってんだよ勿体無いなぁ。」
「お前が変なこと言うからだろ!」
顔を真っ赤にして声を荒げた彼に対し村田はその勢いにきょとんと目を丸めたあと顔を顰めた。
「なんだよー。ちょっとぐらい乗ってくれたっていいだろ。これは40年修行しないと会得出来ないぜ、とか。そんな全力で気持ち悪がんなくても男はヨザックにしか興味ないし。」
「!!……わ…分かってっけど、男に迫られる悪趣味は持ち合わせてねぇ!」
「!!何をぉ!今のは僕達夫婦に対する侮辱だぞー!」
旦那が不在中の新妻に迫られたのかと思って
うっかりドキーンと飛び上がってしまった心が宙で着地点を見失ってしまった。
何で飛び上がってんだよ、と本体が呼んでも
心はそれに抵抗するかのように浮ついたまま戻ってくる気配がない。
肉屋の息子はその抵抗を無視して心を身体に引き戻した。
男にトキめくなんてそんなに欲求不満なのだろうかと肩を落とし、溜息を吐いてから自分を落とそうと首をがっちり固めてきている人妻の腕を叩く。
「これもやるから離せ。お前のせいだから責任持って喰えよ。」
「いくら?僕普通に昼ご飯として買うし。」
「要らねぇよ。俺の横でただ喰っててくれりゃいい。」
「…アニキはさぁ、無意識に女の子を口説いちゃってる感じだよね。なんか今軽く求婚されたのかと旦那不在の新妻ロビンはトキめいちまったぜ。」
「客が集まるって意味だ。」
「もが…っん…。」
「それを美味そうな顔で食え。あんまり煩いと追い出す。」
「あいあいさー。」
熱いそれをふーふーしてからちょっとずつ齧る彼の幸せそうな顔に
客が吸い寄せられてくる。
両手に持っていても意地汚く見えないのが不思議だ。

ロビンの元気が無いなんてどうして思ったんだろう。
元気も元気で振り回されっぱなしだ。
この調子で他でも愛想を振りまいていたら本気になってしまう輩が絶対出てくると思う。
そういう意味でも、彼の旦那はおかしい。
キレイで可愛いことに自覚のない幼な妻を
一人で街に一ヶ月放置するなんて自分だったら絶対に出来ない。
旦那に物申すのが一番だが不在では仕方ない。
とりあえず、帰って来るまで悪い虫がつかないように見張っといてやろう。
「お前、暇なときここ来ていいぞ。」
「本当に不倫すんの?おばちゃんどうしよう、僕お肉屋さんに不倫を持ちかけられた。」
「ロビン。」
「分かってるよ。看板だろ?はいはい。いつもお世話になってるお肉屋さんに恩返し…。」
ふ、と言葉が途中で途切れて村田の首が何かを追って動いた。
どうした?と息子が聞き返すより早く村田が左手を挙げる。

「カエサル!!」
「…?」
「こっちだよー!」
行き交う人ごみの中で小さな男の子がきょろっと首を動かした。
どこから聞こえてきたのか一度だけでは分からなかったようなので
村田は大きな声を上げて語尾も延ばした。
ようやく村田に気付いた彼は人にぶつからないように注意しながら
女性が群がっている場所へやってきた。
「ちゃんと水飲んでる?」
「はい。昨日はありがとう御座いました。」
「これ食べる?タダで二個も貰っちゃったんだよね。」
「あ、いえ…俺は…。」
村田が差し出したメンチカツに子供は首を振った。
彼の身なりから肉屋の息子はどんな素性か察し
村田がこのやせ細った子供をどうしたいのかもなんとなく察した。
タダで恵んでやることは簡単だがそれではお互い気持ち悪いことを彼は知っている。
「なぁ、お前靴磨きだろ?」
「はい。」
「何足か磨いてくんねぇか?商売してると時間がなくてな。」
「はい。」
「ロビン、ちょっと頼んだ。」
「うん。」
村田が入ってきた同じ扉から入ってきた子供の顔は
先程までの遠慮がちな頼りない顔ではなく仕事に赴くプロの顔をしている。
「こん中の靴を磨けるだけ磨いてくれねぇか?」
「分かりました。」
「頼んだぜ。終わったら金払うから呼んでくれ。」
店の奥の靴箱で彼は作業を始めた。この方がお互いに後腐れなくていい。
代金の他にオマケとして何か与えてもタダで貰うよりは気持ちいいだろう。
子供好きな母親が気付けば茶と菓子くらい出してなんのかんのと世話を焼きたがるに違いない。
肉屋は総じて、痩せた人間を見ると肉を食えと進めたくなるものだし。
せっせと靴を磨く子供の姿を陰からそっと覗いて村田は考え込んだ。
昨日も磨いて貰った方が良かっただろうか。
膝をついて靴を磨いて貰うことが、相手に屈辱を与えているようで嫌だと思ったけれど、彼は生活の為に始めた仕事にもきちんと誇りを持っているようだし、自分の感覚もこの国では自意識過剰に分類されるのかもしれない。
何の気ない顔で戻って来た息子の施しは彼の最低限のプライドはしっかり守っている。
彼が唯一自信を持って出来ることを否定してはいけなかった。
「アニキ。」
「あ?」
「アニキが女に興味ないなんて勿体ないと思う。」
自分の不甲斐なさに不貞腐れた眼差しを送っても息子は大した事じゃないと言った。
中からは半ば無理矢理カエサルにお菓子を振舞っているおばさんの声も聞こえる。
押しの強さに負けて早速お茶の時間になってしまったようだ。
押して押してこの人はこういう人だ、と思わせた方が甘えやすいのかもしれない。
甘えない方が悪いぐらいの押しの強さを身に着けなければ。

形は違えど、自分にもきっと出来る事があるはずだ。
彼の為になって、自分も彼から貰える何かが。
メンチカツを頬張りながら再び一人百面相を始めてしまった村田に息子は聞いた。
「なんでアイツのこと気にするんだ?王都には珍しいけど全く居ないわけじゃないだろ、ああいうの。」
大賢者の頃の過ちだから、と言うわけにはいかない。
よくして貰っている人間に嘘を吐くのは嫌だけれどこれだけは譲れない。
問いかけには呆れた感情も入ってはいるが彼は自分の気持ちを汲んでくれた。
彼にも少なからず思うところはあるのだろう。
「…見つけたら見つけただけ気にするけど、それは傲慢かな。」

「別にいいんじゃねーの?」

スッと胸の痞えが1つ取れた。
全く根拠のない言葉でも勇気が回復してくる。

村田は残りのメンチカツを口に放り込んで気合を入れ直した。
自分の我儘に付き合ってくれたお肉屋さんにせめてもの恩返しだ。
「おねえさーん!今日の晩御飯ステーキにしなーい?」



***



「物々交換だったの?」
「お代は頂いたんですけど…奥さんが…。」
困って眉を下げる彼の手にはいい匂いのする包みが下げられていた。
肉屋のおばさんが持ち前の押しの強さでご自慢のお惣菜をカエサルに持たせたようだ。
大きくなった息子はつまらないし可愛くないと言い張って
彼をべったり構い靴磨きの邪魔になるほどだった。
その結果、おばさんは息子に怒られて喧嘩へと発展していたが
間で戸惑っていた子供の腹はしっかり満たされた。
別れ道までと、カエサルと一緒に歩いていた村田は次こそはと心の中で意気込む。
まだ出会ったばかりなのだ。
いっぺんに救えるなんて、人の人生をナメてはならない。
「カエサルは夢とかあんの?」
「夢ですか?」
「そう、夢。」
「今は、母の脚を治して郷に帰れるようになりたいです。」
「そっか。」
その回答を夢が無いだなんて思わない。
今の彼にとってはこれが一番の願いなのだろう。
その為に出来ること、出来ること…軍医だった頃の記憶を駆使して診察でもさせて貰おうか。
いや、こんな少年に診られた結果など気休めにもなるまい。
カエサルにそれとなく血行がよくなるマッサージを仕込んでみてはどうだろう。
隣で百面相を始めた彼に子供は首を傾げた。
この人は悪い人ではないが何かが飛んでいる気がする。

「おい、カエサル。」
「…っ。」
村田を気にしていたら良からぬ輩の存在に気付くのが遅れてしまった。
声をかけられ思わず一歩下がった彼に
村田も現実に戻ってきてただならぬ空気に顔を顰めた。
背の高さ以外にも見下すような視線が隣の子供に注がれている。
注いでいる相手はお世辞にも人が良いとは言えない悪質な筋肉の持ち主だ。
どうしてチンピラはどこの世界でも服のセンスが悪いのだろうか。
「金は出来たのかぁ?」
「この前で最後だって…言ってたと思いますけど。」
「悪ぃな、まだ利子が残ってんのを言い忘れてたんだ。」
「…でも。」
あぁ、これは明らかに嘘だ。
女と子供しか居ないのを言い事に集り続けるつもりか。
何の対策もなかったが、村田は子供に向けられる視線の間に入って
チンピラを睨み上げた。
「あ?なんだお前。」
「友達?ですかね。この子との契約書はお持ちですか?」
「なんだ?お前が代わりに払ってくれるってのか?」
「そんなわけないでしょ。正当な契約かどうかちょーっと見せて貰いたいんですよ。」
「俺がコイツを騙してるって?酷ぇこと言うなあ会ったばかりのお兄さんに。おいカエサル、お前がなんか言ったのか。」
庇われて小さくなっていた彼が慌てて首を振る。
村田の服を掴み、引っ張るともういからと目が訴えかけていた。

いいわけないだろう。
こんなに頑張っている子が損することが
いいことなわけがない。

「頭悪そうな顔の人って大体同じことするんですよね。子供と女からしか巻き上げられない。あぁ、あとは老人?」
「なんだとコラ。」
ぐっと、胸倉を掴まれ周りの人間がザワつき始める。
止める者が一人も居なくても、村田は引き返すものかと思った。
「キレイなお顔を殴られたいか?」
「顔で生きてるわけじゃないし。ね、見せてくれない?もしないならお金払わなくてもいいよね。」
サインされた書類に欠点は無い。
書かれている事実を偽ってサインさせただけだ。
見せても切り抜けられるだろう、恐らく、この相手でなければ。
チンピラにでも相手の身分ぐらい測れる。
容姿や口振りから何かしらの形で身分の高い者と繋がっている可能性が高い。
ただ、それが分かっていても道の真ん中でこんな子供相手に引くなんて出来ない。
胸倉を掴んだまま睨み合っていると誰かが兵を連れてきた。
舌打ちをして村田を突き飛ばし、チンピラが身を引く。
兵士が相手ならまだ尊厳は保たれる。
「何をやって…!!」
チンピラ同士の小競り合いだと思って駆けつけた兵士二人は
村田の姿を見ると目を大きく見開いて困惑した。
彼らは当然村田が身分を隠して住んでいることを知っている。
普通にして、と目で伝えて村田はまず泣きそうな顔をしている子供の背を撫ぜた。
「すいません。この子送ってあげて貰えますか?なーんか、変な人に目ぇつけられてるみたいなんで。」
「は、はぁ…。」
「よろしくお願いしまーす。騒いで御免ねカエサル。兵士さんに送って貰いな。」
「え、あの…あ…。」
「大丈夫。アイツも家に来ないように頼んであげるから。」

片方に無理矢理子供を押しつけ、残った片方に村田は申し訳なさそうに笑った。
「すいません。ちょっと絡まれただけですから。」
「…あの男は。」
兵士は村田への言葉遣いに細心の注意を払いながら会話を続けた。
うっかり畏まりまくった敬語を使ってはいけない。
「お金をあの子の家から騙し取ってるみたいです。」
「分かりました。少し調べてみます。」
「お願いします。あー…なんか本当にすいません。怪我とかはしてないんで心配しないで下さい。」
「いえ、街の治安を守るのが私達の仕事ですので…家までお送りしましょう。」
「うーあー…大丈夫です。アッチ追いかけて下さった方がいいかな。釘刺しといた方がいいと思います。」
「しかし。」
「大丈夫です。ね。」
普通の人ならここで帰すでしょう?
有無を言わせない村田の苦笑いに兵士は一度だけ頭を下げ、男を追いかけた。
これで当分はあの家に近付くまい。調べ上げておかしな契約など無効にしてやる。
それと、やはりカエサルには字を教えるべきだ。
どう切り出せばいいか分からないが、そうすべきだ。
魔王の言うように全員に義務教育までとはいかなくとも
読み書きぐらいは出来ないといつかまたどこかで騙される。
…魔王。
「あっ!!」

報告しないでって言うの、忘れた!



***



「大賢者が街で?」
「は、素性のことではなく子供を庇って言い争っていたようです。」
陛下に留まらず大賢者まで子供を庇って厄介ごとに巻き込まれるのが好きなのか。
こんもりと詰まれた書類の山の中でグウェンダルは溜息を吐く。
庇うなとは言わないが、騒ぎを起こして素性が知れたらどうするつもりなのだろう。
少しは我が身を顧みて欲しい。
「それを陛下には。」
「いえ、まだ。」
グウェンダルは眉間に皺を寄せたあと、ヨザックの言葉を思い出した。
もしものときは城へ呼んでやるように頼まれている。
こちらとしても街より城に居て貰った方が安心だ。
考えが纏まりかけたところで、窓をコツコツと何かが叩く。
鳩だ。窓を開け、入ってきた白い鳩のカバンからピンクのリボンで縛られた手紙を取り出す。
グウェンダルはこのとき使われたリボンを決して捨てない。
あみぐるみの飾りとして再利用する。
「…明日、猊下の家へ使いを出す。ヨザックはあと三日ほどで帰還すると…その間猊下を城へ。陛下には詳細を伝えるな。街へ降りて自ら裁きを下すと言い出し兼ねない。報告ご苦労。引き続き街で警備を。」
「はっ!」
大賢者に関して過剰になっている魔王には伝えない方がよい。
たまの訪問と誤魔化して機嫌よくさせておこう。
てんしょん、とやらが上がって作業が捗る可能性もある。

そしてあわよくば、村田を説得してこの机をどうにかしたい。



***



やっぱり報告しないでって言うんだった。
村田はその後悔をのんびりではなく瞬間的にして目の前の人物を家に引っ張り込んだ。
こんな昼日中から軍人が玄関で自分に敬礼しようとは。
それも緊張で裏返った声で。
「ちょっ困りますよー。そんな目立つ感じで来られたらご近所さんに不思議に思われちゃうじゃないですかー。」
幸い、道には誰も居なかったハズだ。
だが家の前の立派な馬車はどうしてくれよう。もう隠しようがない。
本当に困った顔をされた兵士は慌てて頭を下げ謝罪した。
「も、申し訳ありません!軽率でした!!」
どうやら新兵のようだ。
あまりにも緊張しているので彼が可哀相になる。
「いや…御免ね。元は僕の我儘と心配かけちゃったせいだよね。そんで、何の用ですか?」
「はっ。隊長からあと三日で帰還するとの連絡がありましたのでご報告に上がりました!」
「隊長?ヨザってなんかの…あーそうか、なんか言ってた。窓から入る訓練とか。」
「はっ。諜報部隊の総轄と諜報員の育成をなさっておいでです!」
「隊長ってことは君はヨザックの?」
「いつもご指導して頂いております!」
語尾の全てに「!」をつけて彼は最後に敬礼をした。
なるほど彼の緊張振りも頷ける。
相手が直属の上司の奥さんな上に大賢者。
そんな酷な場所への報告を新兵に任せなくてもいいのに。
フォンヴォルテール卿の部隊はスパルタと認識した。
肘を曲げずにビシーッとして渡された紙の切れ端は
報告書の重要な部分を切り取った、あと三日ほどで帰ります、という部分だ。
久し振りのヨザックの生きた証に思わず顔が緩んだ。
「ありがとう。」
「い、いえ、それとこれは閣下のご命令なのですが猊下を城にお連れするようにと。」
「げっ!それは問題起こしたからヨザが帰るまで軟禁ってこと!?」
「こ、言葉は違いますが事実上は…。」
「どうしても?どうしても行かなきゃダメ?」
大賢者にイヤだという意志丸出しで迫られた彼は強く言えずに目を泳がせた。
相手が新兵である事がこんな所から有難くなるとは。
これは押せば帰らせることが出来るかもしれない。
城が嫌なわけではないが、これぐらいのことで毎度城に非難するわけにはいかない。



「…ありゃなんだ?どういうことだ?」
肉屋の息子は、曲がり角から村田の家を伺い、大層な馬車を確認すると再び陰に身を隠した。
あんないい馬車、魔王陛下か上王陛下、もしくはその肉親の貴族しか使わない。
それが何故弟分の家の前で停まっているのか。
配達も行うサービスのよい肉屋さんは家政婦の如く見てしまった。
フォンヴォルテールの隊服を着た者を村田が周りを覗いながら
慌てて家の中に引っ張り込んだのを。
旦那は確かそのフォンヴォルテール卿の隊だったハズだ。
だがあれは絶対に旦那ではないと思う。
旦那が帰ってきたのならあんなに慌てて
誰にも見られないように引っ張り込んだりはしないハズだ。
玄関先でわーいと喜んで抱きつくぐらいでいいと思う。
それでは一体何なのか?まさか不倫を?
バカな、コソコソする必要のある相手があんな豪華な馬車で来る事はなかろう。
…もしかして、弟分は貴族の出だったのだろうか?
農家と言ってはいたが農耕に力を入れている領土もあるだろう。
身分や貧富の差が苦手の様子の弟分が
慎ましやかな暮らしを望んでただの民に成り下がった確率はゼロではない。
あんなにキレイなのだから、兵士の嫁ですと言われるより貴族ですと言われた方が納得出来ると言うもの。
ぐるぐると考えていると扉が開く音がした。
壁からこっそりと顔を覗かせ耳を澄ませる。
兵士は村田にしきりに頭を下げている。
それに対して彼は苦笑いして、一度息を吐いた後
キレイな笑みを浮かべた。

「御免。やっぱり城には行けないってフォンヴォルテール卿に言っておいて。僕はここで待ってるって。」
「!!」



誰も顔を見た事のない旦那。
結ばれないと思っていたという彼の切なげな横顔。
不自然な相手の不在。
身分にそぐわない馬車に、兵士の態度。



フォンヴォルテール卿を。
ここで。
待っている。



「嘘だろ…。」



ロビンは、フォンヴォルテール卿の愛人だったのか…!!



2008.03.24

はひーーーん///ヨザが帰ってくるまでいけなかったヨ///
つ、次は帰ってくる!次は帰ってくるのぉぉぉ!!!!

→8

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