村田はヨザックの枕を抱き締めていた。
知らせが来たときは単純に嬉しくて、ソファーに置いてあったそれを抱き締め
その日は何を作って帰りを待とうかと思ったのだが
時間が経つと、それは嬉しいだけではなくなってきた。



ちをえていく 

−交



明日になればヨザックは帰ってくる。
何かある度にヨザックに聞いて欲しいと思っていたのに
いざ帰って来ると言われると何をどうやって話したらいいのか分からなくて
村田は少し怖くなった。
上手く話せなくてもヨザックはきっと気にしない。
でも自分はまだ、至らない部分を曝け出す勇気がない。
どうすればよいのか分からない現状に言葉も思考も痞えて途中で黙り込んだりしてしまったら、疲れて帰って来たヨザックに気を遣わせてしまう。
そういうことを考えている自分をヨザックが知ったら面倒臭がられるだろうか。
なんてそれが有り得ないと分かっていても…この先はひたすら堂々巡り。
話したくない。弱い所を知られたくない。
けど抱き締めて欲しい。優しい言葉が欲しい。
「僕って割と根暗なんだよね…。」
こうして悩んで隠し通そうとしてもヨザックにはお見通しだ。
最後のプライドで無駄な抵抗を試みるのもいいが行き着く先はどうせ同じ。
「あーっ出来すぎる旦那が困るって贅沢ー。」

とりあえず、軽はずみな行動を怒られる覚悟だけしておこう。
カエサルにも謝りたい。
何の策もないのに喧嘩を売ったのだ、不安に思っているかもしれない。
釘を刺して貰ったので、当分あの家族には手を出さないと思うが
大人しいうちに調べ上げて対策を講じておく必要がある。
そして、最後はやっぱり、ヨザックが帰ってきたときのご飯をどうするかだ。
ここは定石通りご馳走と笑顔で出迎えて、自分の話に突っ込まれるまでは
いい子いい子で甘やかしまくろう。
ヨザックはどんなリアクションをと思うとくすぐったい気持ちになるが
早起きと朝ご飯と晩ご飯に手を抜けない日々の復活は微妙な気持ちだ。

居ない時は寂しさから側に居て欲しくて。
居るとなったら気楽さから一人を求める。

「うむ、人とはまことご都合主義の生き物だな。」
村田は膝で反動をつけて立ち上がり、伸びをした。



***



「…私の城へ来ないか?」
腰にくる重低音は、この部屋の何もかもにそぐわなかった。
振り返った少年は手にしていた盆に乗せられた安物の茶器を見て僅かに瞼を伏せる。
城、という響きだけで彼と自分の溝の深さに胸が痛む。
ロビンは薄く笑った。
「冗談はやめて下さい。フォンカーベル二コフ卿はどうするんです?そうじゃなくても僕は男で…跡継ぎが産めない身体なんですよ。」
年上の彼の砂糖はふたつ。
入れないのかと思っていた、と言って眉間に皺を寄せられた頃は全てが輝いていて楽しいだけだったのに。
知れば知るほどに輝きは二人を切り裂いていく。
「…っ。」
「ロビン…。」
「だ、だめ…です。僕は何も要らないって言ったじゃないですか。」
掴まれた手を振り解こうしたが、ロビンの手と声は震えて瞳に溜まった涙は重力に従う。
「アイツとは別れる。」
「嘘…っそんなの絶対に無理だ、それに僕は、そんなつもりじゃなくて…。」
「そんなつもりだから王都へ来たのではないのか。」
「違う、ただ…少しでも貴方の側に…。」
彼の経歴に傷をつけたくはない。
フォンカーベル二コフ卿と結婚すればヴォルテールの民も喜ぶ。
跡継ぎも時が経てば自然と出来るだろう。
「ロビン。」
不毛な恋、報われない恋、彼の未来には必要ない存在。
苦しいのなら断ち切ればいい。
「貴方と居ると…自分が嫌になる…。」
「気にしているのは、お前だけだ…っ。」
「あ…っやだぁ!!、ダメ…いや…やめて下さい…!!」
荒々しく床に押し倒されて、ロビンは悲鳴を上げた。
成長しきっていない身体が無骨な手で弄られて、一から教え込まれた身体が本人の意志とは反対に熱くなる。
ふっと、耳に息を吹きかけられるだけで力が抜けてしまう自分に
ロビンは涙を零した。
分かっているのに。もう彼への想いなしでは生きられない。

「助けて…っ。」



「こら!何ボーッとしてんだい!!」
「いって!!」
彼を現実に引き戻したのは母親のゲンコツだった。
気が付くと親子連れが不思議そうに自分を見ている。
息子は夢とお揃いの桃色に首から上を染めて慌てて釣りを渡し、二人を見送るとその場にしゃがみ込んだ。
白昼堂々なんという夢を見てしまったのか。

夢ではなく妄想だ。

可愛い弟分がフォンヴォルテール卿の愛人だと知ってしまってから
肉屋の息子は妄想が止まらなくなっている。
先程までの妄想は不遇の二人編であり
他にお金持ちの美青年と小悪魔編などの楽しげな妄想も存在する。
自分から迫ったり、迫られたり、可愛かったり、可哀相だったり…
いやらしかったり。
いやらしい展開に行きつくと息子はとてつもない罪悪感に苛まれる。
慕っている人間が自分でそんな妄想をしていると知ったら彼は気を悪くするだろう。
自分としても彼に恋愛感情を抱いているつもりはなく
友人関係を続けたいと思っている。
欲求不満のなせる業は怖ろしい。
「具合が悪ぃんなら奥へ引っ込んでな。」
「悪かったよ…真面目に働くって。」
溜息を吐いて立ち上がり、息子はこれから弟分にどう接するか考える事にした。
フォンヴォルテール卿はまだ結婚こそしていないが、幼馴染のフォンカーベルニコフ卿といい仲なのは周知の事実である。
女性の地位向上を掲げ精力的に活動する彼女は
前魔王であるフォンシュピッツヴェーグ卿と共に眞魔国の三大魔女に数えられ
最近ではその文才も認められる才女だ。
郷里であるカーベルニコフは彼女の兄が治めている為、跡継ぎの心配も無用。
一度見合い結婚が決まりかけた彼女をフォンヴォルテール卿がぶち壊したというのも有名な話。
そこまでしておいて何故二人は婚約をしないのかと不思議に思っていたが
まさかフォンヴォルテール卿の趣味の問題とは思わなかった。
いや、男色ではなく魔族として、一個人としての彼に惹かれたのだろう。
顔はそこらの女よりよっぽど美しい造りをしているし
嫌悪感を一度振り切ってしまえば男でも気になるまい。
田舎に住んでいた彼を王都へ呼び、今度は城へ…
フォンヴォルテール卿は本気のようだ。

遊びではない。
だがしかし、遊びでない方が余計に性質が悪い。

未婚のフォンヴォルテール卿と結婚。
やましい事はないように見えるが、噂になっていたフォンカーベル二コフ卿は当然気を悪くするだろう。
同時進行で関係を持っていた事実は拭い去れない。
納税額一位を誇る経済地域のカーベルニコフを敵に回したと
ヴォルテールの民や彼の親類・腹心の部下達が彼をどう迎え入れるか考えるだけで憂鬱になる。
その上、跡継ぎも産めない男。
フォンヴォルテール卿は上王陛下の息子で現魔王陛下の婚約者の兄。
フォンクライスト卿と並ぶ眞魔国の中心人物。
彼の決断に物申せる者など居ない。
そもそも物申させる暇が仕事に忙殺されている彼にはない。
全ての非難が平民上がりで年若い弟分に浴びせられるのは必至。
幸せな毎日が待っているだろうか、いやない。
「どんなに本気でも浮気相手が略奪じゃな…。」
フォンヴォルテール卿はずるい。
自分もリスクを背負うように見せかけて、その損害の割合は圧倒的に弟分が請け負っている。
他との関係を解消する前から手を出す時点で誠実な人物とは言い難い。
既婚後にまた同じ過ちを繰り返す可能性がある。

やはり止めるべきだ。
本気で愛していても不誠実な関係はよくないと彼を説得しよう。
そうだ。それがいい。
幸い彼はまだ若い。何か職を見つけて働き始めても遅くない。
故郷に帰って農家を手伝うのもいい。
今は辛くても若気の至りだったと思える日はきっと来る。
弟分は男なのだから別れを乗り越えて強く立派に生きていける筈だ。

息子は最高級の六本角牛の肉にかけて誓った。
誓った物をこれから解体して売り出すが
そんなの関係ねぇ、絶対関係ねぇ。
美味しそうに切り分けられた肉を店に出そうと奥から戻ったら
弟分が道を通っていたというありえないタイミングも
眞王が自分の決意を後押ししているからに違いない。
いつも屈託なく笑っている彼に暗い未来は似合わない。

今、彼を救えるのは自分しかいない!

「ロビン!」
声をかけられて街の中で振り返った彼の青い瞳が自分を映して細められる。
何の疑いも不安もそこにはない。
こんな風に駆け寄らせる事があの男に出来るものか。
「アニキいい所に。丁度人に言って喜びを噛み締めたいと思ってたんだ。」
「あ?何のだ?」
「旦那さんが帰って来るんだ。明日ぐらいに。」
「…ぐらいって、何だよ。」
「多分だから。とにかくもうすぐ帰って来るってこと。」
ふわ、と柔らかく笑った彼の笑顔も今では心の穏やかさではなく
消えそうな儚さにしか見えない。
城への召し上げを断られたフォンヴォルテール卿がでは自分からとなったのだろう。
ずっと放って置かれたことよりも、人目を忍んだ僅かな逢瀬の喜びを
噛み締めようとする弟分はあまりにも健気で愛しい。
言わなければ。どんなに彼がしらばっくれても、暗い未来を否定しても
泣かせてしまってもいい。この弟分には幸せになって欲しい。

「ロビン、その男とは別れろ。」
「は?」
驚いたのは村田だ。
仲良くしていた息子が自分を放って家を空けるヨザックを快く思っていないのは知っていたが、彼は人の家庭に土足で上がりこんでお節介を言うような人物ではない。
フォンカーベル二コフ卿の最新作「結婚は墓場で運動会」を読んだのだろうか?
あれの読者なら離婚しなさいと唐突に言い出しても不思議はない。
「どうしたのさ急に。何でそんなこと言うの?」
小首を傾げた村田に、息子は目を逸らして苦しそうに吐き出した。
「俺…見ちまったんだ。お前の家の前にすげぇ馬車が停まってんのを。」
「…っ。」
しまった。誰も居ないと思っていたが知り合いに見られていたのか。
心の中で村田は舌打ちをした。
しかしそれを見られた所でヨザックとの離婚には繋がらない。
「なぁ、こんな生活してても絶対に幸せになんかなれねぇよ!お前騙されてるんだって!」
「意味が分かんないよ。騙されるって何に?僕の家にすんごい馬車が停まってただけで何で離婚しなきゃなんないの?」
「だから…っそれは…。」
やはりしらばっくれてフォンヴォルテール卿との関係を続けるつもりか。
そうやって嘘を重ね続けるつもりか。

身分の差が苦手なんていう潔癖の彼が
嘘を吐く事に何の罪悪感も覚えないハズが無い。
自分ならそんなことさせないのに。
遊びたい盛りの時期に召し上げて家に閉じ込めた挙句
ほったらかしにして寂しい思いをさせたりしない。
適当な物言いも、キレイな顔が台無しの笑い方も、無駄な男らしさも
人妻を爽やかに手玉に取る図々しさも、そのままでいい。
無理をして身に付けた健気さなんて自分は要らない。

そのままでないと何の魅力も無い。
どれか1つでも欠けたらこんなに好きになってはいない。

「ロビン!」

勢いで手を握れば、意識的に避けていた気持ちが溢れてくる。
好きなのだ。
友情や恋愛や男女の垣根を越えて
彼に側で笑っていて欲しいのだ。

「フォンヴォルテール卿とは別れろ!!」
「だっ誰とって言った!?」
「フォンヴォルテール卿だ!もう知ってんだぞ!城には行けないって、聞いたんだ!」
「!!それは…っ。」

「あの男とは別れて俺と……!!」

目をまん丸にして手を握られている村田に
肉屋が行き過ぎた想いをぶつけようとしたそのとき、ふいに村田の腰に腕が回された。
それに気付くと同時に鼻腔を掠めた匂いと背中で感じる感触に
彼は弾かれたように振り向く。

「ヨザック!!!」

目で姿を捉えると、彼は迷わず広くて厚い胸に抱きついた。
ぎゅう、っと背中に回された腕にヨザックは微笑み、抱き締め返すと愛しさを込めて言う。
「ただいま、ロビンちゃん。」
ジャジーな声が響くと、抱き締められたことよりも帰ってきたという実感が湧いて村田は顔を上げ一生懸命に聞いた。
「なんで?どうして?帰るのは明日だと思ってた!」
「ロビンちゃんに早く会いたくてお馬さんに頑張って貰ったんですよ。」
「これから城へ?」
「全部済ませて来ました。この時間だったら街にいらっしゃるんじゃないかと思ったんで…当たりましたね。」
言外にヨザックが自分の為にそうしたということが伝わって
村田は破顔し、今度はゆっくりと抱きついた。
大賢者の頃も長らく顔を見れないこともあったろうに、村田のこのウサギちゃんな反応はなんだろう。
結婚したことで自分と村田の意識が確かに変化したことに
ヨザックは目を細め、癖っ毛の頭を撫でてやった。
そして、自分達を呆然と見ている肉屋の息子に気付き
村田の髪の毛をツンと引っ張る。
「ロビンちゃん、お友達を紹介してくれませんか?」
「あ、そうだ。アニキ。」
キラキラとした瞳をそのままに、村田はヨザックの横にちょこんと並んだ。
「なんか勘違いしてるみたいだから丁度良かった。彼が僕の旦那さんのヨザックだよ。」
「どうも初めまして。貴方のお話はいつもロビンちゃんから。色々と構って頂いているようで、ありがとう御座います。」
「え…あ…あぁ、どうも…。」
自分の中ではすっかり架空の人物になっていた“旦那さんのヨザック”を紹介されて息子の頭は真っ白になった。
彼の逞しい腕に腕を絡め、うっとりと見上げている弟分は
今まで見た事のないような幸せそうな顔でつつけば蕩けてしまいそうだ。
更に旦那さんのヨザックは息子の想像を大きく上回っていた。

負けた。

じっくり考察する前に、息子は直感でそう思った。
兵士なのだから体格はいいのだろうと思っていたが、盛り上がった上腕二頭筋に
引き締まった身体、見た目は少し荒っぽい印象で
女性には倦厭されるかもしれないが男ならこうありたいと憧れるだろう。
村田に話しかける彼の口調は年下のお嫁さんに対するものではなく
彼個人を尊敬し、対等以上に扱っているようだった。
少し掠れた声が不思議と耳に心地良く、敬語が厭味に聞こえない。
弟分はタメ口を使っているのに何も違和感がないのだ。
旦那さんのヨザックの大きな器がちょっと変わっている弟分の全てを受け止めてさり気無く包み込んでいるのが分かる。
「ねぇヨザ、晩御飯まだ考えてないんだ。何が食べたい?」
「そうですね…ロビンちゃんが一番最初に作ってくれたスープが飲みたいです。」
ご馳走よりも思い出の味を要求された村田はふにゃあと笑ってからぐっと拳を握った。
「分かった!そんでもってアニキ!」
「おっおう!」
「この店で一番いい肉を出せ!」
「いいんですかぁ?節約するんでしょ?」
「君が頑張って稼いだ金を君への労いに使わずいつ使うのか!!」
嬉々としてカウンターに財布をドーンと叩きつけ
村田は腰に手を当てて仁王立ちをした。
終わった。5分ほど前に気付いた初恋が、もう終わった。
なんだか呆気なさ過ぎて涙も出てこない。
唇を噛み締め、彼が幸せで良かった、と自分に言い聞かせる。

「さ、最高級の牛の肉だぜ!持ってけロビン!!」

彼の幸せを誓った肉は、彼と旦那に買われていった。



***



「あ…っ。」
荷物が落ち、最高級肉がゴトリと音を立てた。
家の中に入ってすぐに、村田はヨザックに抱きすくめられたのだ。
再会を単純に喜んだ自分とは違って、ヨザックは別の熱を耐えていたようだ。
「ヨザ…ん…。」
振り向くと唇が塞がれ、腕の中で少しずつ身体を向かい合わせにする。
最初から貪るようなキスに村田は頬が熱くなるのを感じた。
夜は凄いんだろうなと予想していたが、家に帰ってすぐに求められるとは思わなかったのだ。
手が背中を滑って、尻を揉み込んでくる。
恥ずかしさから身体を竦ませると、唇を解いたヨザックが村田を抱き上げた。
そのまま何も言わずに寝室へと彼の脚が進む。
行為自体はイヤではない。温もりに包まれると安心する。
快楽だって得られる。
ただ自分の存在や薄っぺらい身体がヨザックの劣情を催していることが
村田には今ひとつピンと来なくて余裕なく求められると戸惑ってしまうのだ。
途中でヨザックはソファーに自分の枕が乗せられているのを見つけた。
抱き締めて自分に想いを馳せてくれていたのか。
あまりにも性急な自分にすっかり大人しくなってしまっている村田を気遣う気持ちが少しだけ戻って来た。

彼を横抱きにしたままベッドの縁に腰掛けると
すぐ戴かれてしまうと思っていたのか村田がチラ、と白いシーツに目をやる。
先程とは違う触れるだけのキスを落とし、ヨザックは笑った。
「ヨザ?」
「猊下、俺の枕をどこにやっちまったんです?」
「え?あぁ…ソファーにあると思うけど。」
「俺のこと思ってぎゅーってしてくれたんですか?」
その通りだが、そうしたのはとてつもなく落ち込んでしまったからだ。
村田の瞳が僅かに曇って、感情が蘇える。
自分の居ない間、村田に何かあったようだ。
言いたいけれど言葉が出てこない、そんな村田の様子に
まだ聞かない方がよいのだろうとヨザックは首に回っていた腕を解き
彼の利き手を取る。
「さっきお肉屋さんに握られてましたね。」
「見られたんだ。僕を城にって迎えに来た兵士さんがすんごい馬車で来たから…。」
「…貴方のことが?」
瞬間、なんてヘマしてくれやがったんだとヨザックの瞳がキツく眇められる。
自分の配下の人間だと知ったらヨザックはあの新兵に何か言うかもしれない。
慌ててバレたのではない、と村田は頭を振った。
「違う。フォンヴォルテール卿の愛人だって勘違いしたっぽい。」
「親分の?」
「それで心配して、フォンヴォルテール卿とは別れろって。」
「はぁ……今後こんなことはないようによぉく言っておきます。」
ちゅ。
少しだけだが言葉を交わして、村田の緊張が解れてきた。
一ヶ月振りなのに怖がらせたままコトに及ぶのはあんまりだと
寸での所で我慢したが…ヨザックはもう限界だ。
唇を食み、首筋に顔を埋めて、ついに村田をベッドに押し倒す。
「猊下…すいません、俺もうアンタの匂い嗅いだら…。」
「匂いなんて…。」
裾から入り込んだ手が忙しく胸や腹を撫で回している。
彼が本当に自分の匂いを嗅いで興奮している荒い息を
耳に送り込まれて村田の全身はカッと熱くなった。
「猊下……っ。」
体温が上がると余計に匂いが強くなる。
ヨザックは村田の衣服を引き千切るように脱がせて、愛撫もそこそこに背中が浮くほど腰を抱え上げた。
「や、なに…っ?…ひっ!!!」
いつもなら首筋から胸、腹と徐々に降りていく舌が
いきなり受け入れる場所を解し始めて村田は動かせない腰を捩った。
ぴちゃぴちゃと嘗め回して、時折入りたそうに突付いて来る。
卑猥な音とまだ捨てきれていない羞恥心が村田を襲っても
彼はシーツを掴んでぐっと堪えた。
肩や首に全体重がかかって息が詰まったが、抵抗しても無為なことを
本能で感じ取る。
今の彼は獣で、自分は犯されるだけの生き物だ。
「あ…ぅ…っく…あ…あぁっ。」
ぐにゅ…と熱い舌が中に入ってきた。
汚い所なのに、というそれがまた熱を煽るのか後ろしか弄られていないのに
村田の前は勃ち上がり蜜をこぼしている。
「ヨザ、ァ、待って、ダメ…イ、く……。」
小さい分巧みな舌が確実に村田を追い詰めていく。
後ろを舌だけでイかされるなんてと思っているのに
ヨザックの舌はぐいぐいと前立腺を刺激して無理にイかせようとしている。
「あ…っふあ…んんっふっ…あっ!!」
びしゃ…っと村田はついに精を放った。
腰を抱え上げられている為、放った精が村田自身の胸を汚していく。
「うあ…ば、かぁ…。」
自分は自らの精で汚れて、ヨザックは未だ服を着ている。
目尻に涙を溜めてイった身体を落ち着かせようと息を吐いていたら
腰が抱えなおされてベットがヨザックの重みに軋んだ。
すぐに熱が入り口に宛がわれて村田はぎょっと目を見開く。
「ちょ、待ってよヨザ、もうちょっと待…うぁ!!ぐ…ぅっ。」
熱い杭が制止を無視してねじ込まれる。
イッたばかりで敏感になっている身体には刺激が強すぎて
村田はシーツを掻き集めて悶えた。
彼の肉茎を裡で締め上げる隙も与えないほどに
ヨザックはひたすら上から村田を突いている。
「う…っう…ぅう…!」
無理矢理に近いやり方なのに、村田の雄はいつの間にか勃ち上がってまた汁を零し始めている。
揺さぶられる度にぽたぽたと腹に蜜が落ちて
自分も理性をなくした動物になったような気がする。
「は…っ出しますよ…。」
「ん、うん…うん…っ。」
酷いやり方をしている自分に少し声をかけられただけで
こくこくと一生懸命に答える村田が愛しくて仕方ない。
「くっ!!」
「う、ぁっあぁ…ヨザ…中に…っ熱い…っ!!」
いつもは絶対にしない、中に出されて叩きつけられるその熱さに
村田の内側がぎゅっとヨザックの精を搾り出すように締まって
彼も熱を吐き出す。
ヨザックが自身を引き抜き、彼の腰を降ろし村田を見下ろすと
彼は二回分の精に胸や顔を汚し、休みなしで無理に高みに上らされた身体を
不規則に痙攣させていた。
蕾からはヨザックの放った白い精が零れてくる。
一度放っただけでは納まりきらなかったヨザックにはたまらない。
彼の胸に飛び散った精を熱い舌で舐め上げ
それが終わるとヨザックは村田の耳元に唇を寄せた。
「御免なさい、猊下。」
「え?…あ。」
ころり、とうつ伏せにさせられ腰だけを高く持ち上げられる。
無言のもう一回、に村田の蕾はひくひくと収縮して彼を誘った。
「猊下……。」
「う…。」
弱々しい声で呻いて、村田は入り込んでくる異物を従順に受け入れる。
指が食い込むほどに尻を掴まれ、正気のときに思い返すと死にそうになるほど恥ずかしいのだが、最中は彼が強く自分を求めている痛みが嬉しい。
部屋には艶っぽい喘ぎ声ではなく獣のような二人の息遣いだけが続く。
「はぁ…っん…ん…っく…。」
「猊下、猊下…。」
うわ言のように繰り返される敬称に村田は答えられなかった。
ヨザックも返事を期待しているわけではない。
呼びながら突き上げると、もっと深く彼の意識まで犯している気になるからだ。
ヨザックが出した精は穴から漏れ出る物も卑猥な音を演出する物も
とにかく村田を一層いやらしく見せる。
注ぎ込まれて村田の裡も悦んでいるのではないか。
と可愛い彼に淫乱の烙印を押すと、雀の涙ほど残っていた
優しくしようと思う気持ちがまたしてもどこかへ吹っ飛んでいく。
「あっ!!」
「猊下のココ、凄い、絡み付いてくる…。」
「…っ…ヨザァ…。」
「ほら…っあげますよ…っ。」
「…あ…ぁ…。」
また中に出されて、村田が小さく震える。
汁が溢れる蕾から自身を引き抜き、ヨザックは村田の震える背に覆い被さった。
チュ、と小さなキスを首筋や頬に落とされると
村田は安堵からすん、と鼻を鳴らしてシーツに顔をこすり付けて涙を拭った。
「猊下…中、キレイにしないと。」
「うん…風呂沸かさないとね。」
「その前にちょっと…。」
「ちょっと?」
「お腹に力入れて。」
するりと横から腹に掌が滑る。
ぐっと力を込めて押されると、後ろからとぷとぷとヨザックの放った物が溢れて来るのが分かった。
ぼんやりとしていた意識が一気に覚醒させられる。
排泄行為を見られているようで、村田は腹を押してくる手を掴んで抵抗した。
「うわっやめろよ!」
「お腹壊しちゃいますよ?」
「だからってこんな…んっ!」
「ココから俺のが出て来るの、凄いそそられるんすよ。」
「ふぇ…っ。」
「キレイにしてあげますから、暴れないで。」
出てこないように力を込めて閉じられていた蕾に無遠慮に人差し指が入ってくる。
内壁をなぞってかき出した精液を、尻や太腿に擦り付けてヨザックは村田を汚す事を楽しんだ。
最初は掻き出すだけだった指が次第に村田の弱い所を攻めはじめる。
嫌なのに頭の中がごちゃごちゃになっていてどうしたらいいか分からない。
「それ違う…ヨザ……うえっ…ひ…っ。」
「猊下。」
「ああっ、んやぁ…う、うー……。」
おもちゃのように簡単に仰向けに転がされ、脚を開かせられると
小さな子が愚図るような声を上げて村田はヨザックの腕に手を添えた。
「辛いですか?」
「ヨザァ…。」
「ん?」
ぐすっと鼻を鳴らしながら村田がヨザックに手を伸ばす。
乞われるままに身体を倒すと涙に濡れた頬が摺り寄せられて
村田の鼓動が伝わる。
ぎゅっと自分を焼き付けるようにヨザックに押し付けて
涙声で村田は言った。

「このままでなら、してやってもいいよ。」






「…ケン。」
「……ぅ。」

やってしまった。
声をかけても村田はぼんやりとしていてご飯を作れそうにない。

そして少し寝かせて回復させないと、今夜は…。

一ヶ月の禁欲生活が三回しただけで解消出来るものか。
久し振りに村田の手料理が食べたかったのだが背に腹は変えられない。
「ケン、少し寝て下さい。」
「ご飯…僕が…。」
「いいから。」
「ダメだ、君のご飯は僕が作るんだ…。」
ふらふらと起き上がろうとする男前の村田の肩を押してベットに沈めヨザックは溜息を吐いて自分も横たわった。
ゆっくりと瞬きをする村田の瞼にキスをして目を瞑らせる。
それでもまだ目を開けようとするので腕の中に押し込み
頭を撫でてヨザックは優しく囁いた。
「俺も少し寝ますから、起きたらグリ江と一緒に作りましょ。ね。」
「…うん。」
「…大好きですよー猊下。」
「……奇遇だなぁ…僕もだよ。」
ふひゃ、と笑った顔を緩めて満ち足りた顔で眠りに落ちていく村田に
ヨザックもようやく満ち足りた気持ちでキスが出来た。



2008.04.02

お肉屋さんへのフォローはあとで!
最後のエロ?部分は疾走感にこだわって書こうと思ったのですが
これじゃあヨザックが凄く早いみたいですね。
…………まぁ、それはそれで。

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