「陛下、起きて下さい。朝ですよ。」
「んあ……あーおはよ…。」
名付け親の声に目を覚ました渋谷有利は自分の身体を挟み込んでいる婚約者の脚に手をかけた。
大胆に捲れ上がった裾は直さずに掛け布団だけ肩までかけなおしてやる。
この一連の動作は城下をランニングと同じように習慣となったものだ。
彼の太腿の感触にうっかりトキめくなんてのは最初のうちだけで
今では有利を動揺させたりなどしない。
むしろ、落ち着かせる。
僕
は
過
ちを
越
えていく
−違える
親友が結婚してから、彼の朝一番の仕事はヨザックから報告を受けることだった。
お庭番が惚気たい気分のときはそれを聞かされるし
何もないときはサラリと済まされる程度の物だが彼はそれを欠かさなかった。
現在、村田は地球、ヨザックは諜報活動で共に国を離れている。
お庭番の今回の任務は命の危険は少なく、彼の腕なら一ヶ月そこらで帰ってこれるだろうとされているので有利もその点はあまり気にかけていない。
大賢者が戻ってきたらすぐに報告するように眞王廟にも伝えてある。
なのに何故、婚約者の心が曇っているように思うのか
ヴォルフラムはサインに打ち込む有利を書類の陰から覗っていた。
あの日、大賢者が自分を裁いてくれと言った日から有利は変わった。
面倒臭がって脱走することもなくなったし、以前は細かく内容を確認することがなかった執務でも、疑問に思うことはギュンターに尋ね、納得した上でサインを施すようになった。
無論、全てをそうしていては埒が明かないのでさらりと目を通しだだけでサインを施すものもある、だがそれは王佐、摂政との信頼関係の元に成り立つものであって適当にこなしているわけではない。
彼をそうさせたのは、間違いなく大賢者だろう。
親友である大賢者を罪人にしかけたという出来事が、有利とってどれほど衝撃的だったかはヴォルフラムも理解している。
会ったばかりの他人にも心を砕いてやる有利だ。
親友のこととなれば心は粉々にしてやってもまだ足りないだろう。
結婚を言い渡したあとも有利は大賢者から離れようとしなかった。
大賢者も危うげに見えていたのでヴォルフラムは有利が彼を構うことにも耐えた。
城を出て彼が完全にヨザックの物になるまでの辛抱だ、と。
だが有利は大賢者が城を出たあとも、彼のことを気に病み続けた。
最初のうちだけ、と思っていたそれは毎日の報告という形で裏切られ
有利の大賢者への思い入れは全く薄まる気配がない。
だが、別の変化も有利には見られた。
「なぁギュンター、これどういうこと?」
有利の声にヴォルフラムはハッと我に返った。
いつの間にか有利ではなく下を向いて考え込んでいたようだ。
全く進んでいない真っ白な書面に恥ずかしさが込み上げ、慌てて資料をめくる。
へなちょこの有利が出来ないながらに頑張っているのだ。
優秀な婚約者である自分が執務を滞らせてはいけない。
有利の声をなるべく聞かないよう、ヴォルフラムは自分の仕事に意識を集中させた。
仕事は好きだ。いずれは兄やギュンターのように誰もが認める魔王の右腕になりたい。
まだ自分がその域に達していないことぐらい分かっている。
こればかりは地道に執務をこなし、実績を上げるしかないのだ。
ようやくヴォルフラムの執務が乗ってきた所だったのだが
タイミングが悪いことに別室に休憩用のお茶が用意されてしまった。
ちなみに別室での休憩を望んだのはへなちょこの婚約者で
その方が頭が切り替わって効率が上がるそうだ。
「ユーリ、お茶が入りましたよ。」
「あー…じゃあ休憩にすっか。」
丁度キリが良かったのか、魔王は伸びをして立ち上がった。
コンラートがお疲れ様です、と声をかけ他愛無い話を振り有利もそれに答えた。
「ヴォルフラム。貴方は行かないのですか?」
考えと文章が纏まりかけている最中だったヴォルフラムは
今席を立つ事が出来ず、あとでいい、とギュンターに返した。
何も珍しいことではない。ギュンターも席を立たないことはある。
「なんだよ。ヴォルフ来ねーの?」
「今はキリが悪い。先に行け。」
会話を聞いていた有利が足を止めてヴォルフラムに投げかける。
早く纏まらせて有利とお茶をと思っているヴォルフラムは
顔も上げずに羽根ペンを走らせた。
彼がそう言うと魔王はあっそ、と一言残してコンラートと連れ立つ、これが今までのお決まりのパターンだった。
だが、最近の魔王はこうだ。
「早く来いよ。待ってっから。」
顔を上げると漆黒の瞳がヴォルフラムを映していて
すれ違いざまに座っている自分の頭にぽん、と手が置かれる。
これを婚約者ながらに片想いしているヴォルフラムはどう受け取れば良いのか。
扉の向こうへ消えていく背中を見送って
ヴォルフラムは眉間に皺を寄せた。
***
「ユーリ、どうしたんですか?ぼんやりして。」
「いや…別に。」
柔らかな湯気をあげる紅茶を口にして有利は息を漏らした。
村田とヨザックが居ない今、気にかかることは1つしかない。
ヴォルフラムのことだ。
ただそれをヴォルフラムの兄に相談するほど彼の神経は図太くなく、また目の前の名付け親が例えヴォルフラムの兄でなくても、有利は人に恋愛相談が出来るオープンな性格ではなかった。
もう眞魔国には行けないと淋しく思っていた期間、有利の頭にはヴォルフラムの色んな顔が浮かんでは消えを繰り返していた。
そのとき、彼がヴォルフラムを好きだ、とすんなり認めてしまったのは
もう恋が成就しない物だったからだと思われる。
その先にはもう進めないので、この想いは風化させるだけであって
彼の常識と人生を逸脱する危険は何もなかったからだ。
なのに、有利は眞魔国に帰って来てしまった。
再会したヴォルフラムの泣きそうな顔は有利の胸を暖かくして、襟首を掴む手も愛しく思えた。
道を踏み外した、という怖さより愛しさの方が勝ってしまって
正直に言ってしまうと有利はあの場でヴォルフラムと結婚しようと思ってしまったのだ。
まずは服を着替えて、落ち着いて、夜に自室で二人きりになったら言ってしまおうとキャンキャン吠えている声を聞きながら思った。
その決意に喜びを感じながら親友に手を差し出したら
村田は自分を裁いてくれと言い出した。
浮かれていた気持ちは一気に奈落の底に堕ちた。
その日の内に親友のその後をどうするかは決まったが、彼はヴォルフラムへの求婚を考え直してしまったのだ。
まだ魔王として、男として、自分がヴォルフラムを貰うには未熟すぎる。
せめて執務が溜まって溜まってどうしようもない、という状況を脱するまで
ヴォルフラムへの求婚は我慢しようと。
あれだけ可愛い婚約者と寝台を共にはしているが
彼の寝顔は安らぎであって、まぁたまに、ごく稀に、厭らしい感情が芽生える事があっても、その寝顔に“待ってろヴォルフラム”と明日の自分の頑張りを誓うことの方が多い。
村田とヨザックを意識的に気にかけ、ヴォルフラムのことは我慢を貫き通してきた。
が、気に病むことがなくなってしまうとどうにもヴォルフラムのことばかり考えてしまっていけない。
我慢だ。男としての自信がつくまでヴォルフラムはおあずけだ。
「溜息を吐くと幸せが逃げますよ。」
「溜息なんて吐いてた?」
「えぇ。ヨザックの事が気になりますか?」
「んーあー…まぁそんなとこ。ぴっかりくんの協力もあるし大丈夫だとは思うけど。」
嘘を吐く事に多少の罪悪感はあるが、彼の弟を真剣に想うが為、と
有利は自分に言い聞かせた。
目敏いコンラートには既にバレているかもしれないが
以前のようにヴォルフラムを男同士と冷たくあしらったりはしていないので弄んでいる等と責めてはこないだろう。
「ユーリ。」
「ヴォルフ…お疲れ。今日はお前の好きなイチゴのジャムがあるぞ。」
「あぁ。そのようだな。」
有利は自然と彼の好きなものを口に出し、メイドにそれをとってやるようにした。
身の回りのことを人にさせることに慣れたヴォルフラムは
特にメイドに礼はせずカップを手に取る。
有利は昔のようにそれを傲慢な態度だとは思わない。
どっしり構えた大人の男に見えてならない。
「旨い?」
子供のように聞いてしまうのは、ヴォルフラムがそれを美味しく食べていたらいいなぁという希望からだ。
目の前にヴォルフラムが居ると心が和んで居心地が良くなる。
「…ユーリ、お前。」
「ん?」
「いや…何でもない。」
「何だよ、言いかけてやめんなよ。」
ヴォルフラムは執務とは違って緩い雰囲気で自分と対峙している有利の扱いに困った。
毎日大賢者を気にかけてやまない有利は自分にも優しくなったように思う。
食事は必ず自分を待ち、街へ降りるときの護衛に指名されることも増え、休憩の一コマでさえ以前とは違った顔をすることが多い。
大賢者が離れた寂しさから有利は自分に何かを求めているのだろうか?
有利の優しさを感じる度に、ヴォルフラムは別の疑念が膨らんでいく。
有利は大賢者の事を本気で想っているのではなかろうか、と。
大賢者の事を愛していたが、彼はお庭番に好意を抱き
あちらも大賢者を愛し、二人は恋人になってしまった。
大賢者の幸せを望んだ有利は想いを伝えることもなく身を引き、二人を応援した。
結婚を言い渡したのは彼らの為は勿論だが
自分にも踏ん切りをつける為だったのではなかろうか。
彼が完全にヨザックの物になってしまえば諦めがつく。
そう思っての行動だったが結局彼は大賢者を想う事をやめられず
毎日毎日親友の幸せを確認しては間違いでなかったと言い聞かせているようにしか思えない。
久し振りに大賢者の顔を見た魔王は本当に嬉しそうだった。
目の前でキスをする二人を見たくないと硬く閉じられた瞳に
ヴォルフラムは哀しくなった。
自分の存在で有利の気が紛れるならそれでいい。
その心を慰められる存在として彼が自分を選んでくれたのなら
偽りの優しさでも喜んで受け取る。
振り切るように仕事に没頭する彼を痛々しく思い胸が苦しくなることもあるが、有利がそうしたいなら止めない。
今地球に帰れば、大賢者は有利だけのものだ。
その欲求を押し止めているから彼の心は曇っているように思うのだろう。
「ユーリ、昼食が済んだらどこかへ出かけないか?」
「そうだなー今日は天気もいいし。」
デートだ。有利はヴォルフラムの誘いに心を躍らせた。
彼がそう思っていなくても自分にとってはデートだ。
いや、ヴォルフラムも多分自分を想ってくれているので間違いなくデートだ。
頑張っている自分にたまにはヴォルフラムとデートという褒美を与えてもいいだろう。
「うん。行こう。お前どっか行きたいとこあんの?」
「執務ばかりで身体が鈍っていそうだな…馬に乗って湖にでも行くか?」
「よーしグローブとボール持って行くぞ。お前もキャッチボール上手くなったし。」
「お前はどこでもヤキュウだな。」
「俺は永遠に野球少年なの。仕事が一段落着いたら眞魔国にヤキュウ広めんだから。折角球場があんのに使わなきゃ損だろ?」
「そうだな。作るだけ作って放置では作業に関わった者も浮かばれない。」
「おいおい、その人達が死んだみたいな言い方すんなよ。」
有利がふわりと笑って、ヴォルフラムはぎゅっと心を締め付けられた。
彼の心を慰められただろうか。
白い歯を見せて太陽のように笑っていた有利が
穏やかに笑いかけてくれると不安になる。
泣きそうな気持ちを押さえ込んで有利と話をしていたら眞王廟から使いがやってきた。
コンラートの元に兵士が駆け寄りそっと報告をする。
大賢者が地球に発ってから3週間。そろそろ戻ってくるだろうとは思っていた。
「アイツ帰ってきたの?」
「えぇ、先程ヨザックの現状だけ確認してそのまま街へ戻られたそうですよ。」
「早っ…なんて友達甲斐のないやつ…。」
「あまり家を空けると近所に怪しまれますからね。」
「だからって、ちょっとこっちに顔出す時間くらいあるんじゃん。」
呆れたように言う有利にヴォルフラムは村田を恨めしく思った。
ヨザック以外は眼中にないとばかりの行動に
婚約者がどれほど心を痛めているのか、大賢者は分かっていない。
話をする事も叶わずさっさと地球に帰られ、妙に動きをぎくしゃくさせながら縋るように見上げてきた有利は、可哀相の一言だった。
そんな薄情な相手を諦め悪く想い続ける有利も有利だが
誰にでも優しい彼が一番に想った相手をそう簡単に変えられるとは思えない。
そんな風に自分も一途に想われたらのなら…。
羨ましい。大賢者が羨ましすぎる。
「ふん!あんな奴のことなどどうでもいいではないか!お前の婚約者は僕なのだからな!」
「お前と村田は別物だっつの。まぁ元気なら問題ないから顔出さなくてもいいけどね。」
どうして有利はこんなに健気なのだろう。
自分が大賢者なら絶対に有利を選ぶのに。
その有利に選ばれている身のヴォルフラムの思考は的を大きく外れていた。
嫉妬からむんずと手を掴んで出かけるぞと息巻いた彼に
有利がどんなにトキめこうが、勘違いをしているヴォルフラムには伝わらない。
「来い浮気者!人妻に手を出そうなんて魔王以前に魔族失格だ!」
「どっから浮気が出た!?ヴォルフ!待てって!村田はただの友達だから!ちょっ、聞けよー!!」
大人しく引き摺られて行く有利に肩を竦めたのはヴォルフラムの兄だった。
***
「なぁ、最近ロビン見ねぇけど、どっか行ってんのか?」
今日も新鮮な肉を愛する肉屋の一人息子は
お気に入りの弟分の姿が街にないことをここ三週間ずっと気にしていた。
村田は毎日肉を購入するわけではないが、八百屋や魚屋も近い場所にあるこの店から三週間もの間チラリとも彼の姿を見かけないだなんて有り得ない。
ただでさえ目立つ容姿だ、見落としという事はまずないだろう。
仕事中に息を抜く遊び相手やパシリとして重宝していたのに
つまらないことこの上ない。
一番最近した会話を思い出したがそれは年頃の弟分による
胸は小さくてもいいが大きいに越した事はないという阿呆らしさ満点の
下らない話で、旅行に出るといったことは聞いた覚えがない。
仕事の関係だろうかと思ったが、よくよく思い出せばどんな家でどんな仕事をしているか詳しく聞いたことがなかった。
肉屋の息子はキレイ過ぎる不思議な生き物と話せれば充分満足で
村田の生い立ちその他諸々のプロフィールは全く気にしていないのだ。
しかし、あの若さで街に来て食事の買出しに行かされている男は
大抵が職人の家に住み込みで修行をしているとか、そんな所である。
重いものなんて持ったことありません、という彼の手なら
銀細工の職人だとか、時計の職人だとか、その辺りの卵に違いない。
眼鏡は目を凝らす職業の必需品だし。
「ロビンちゃんなら旦那さんが出張に出るからその間ちょっと実家に帰るって言ってたわよ。」
「ロビンちゃんの実家ってどこなの?」
「さぁ…凄く遠いところらしいけど…。」
「なんだよハッキリしねぇな。いつ帰ってくるとか聞いてねぇのかい?」
「お母様のお身体が弱いとかで…でもそろそろ帰って来るんじゃないかしら。」
普通だったら師匠の出張には弟子もついていくもんじゃなかろうか。
いや、本当に大きな仕事で一番弟子しかついて行けないという場合もある。
なんにせよつまらない。イライラしたときは骨の太い肉を切るに限る。
ザクッという音を立てて肉は気持ちとは裏腹にキレイに切れてくれた。
「そう言えば私、ロビンちゃんの旦那さんって見た事ないのよね。」
「え?あら…そういえば私もないわ。」
「あぁ?何で見た事ねぇんだよ。その店の主人なんだろ?」
「店?」
「アンタ何言ってるの?」
「何って、アイツなんかの店で修行してんじゃねーの?」
「そんなわけないじゃない。新婚さんなのに。」
「…新婚?」
「やだ、知らなかったの?旦那さんって、夫ってことよ?」
「夫ぉ!?」
ダンッ!持っていた包丁がまな板にめり込んだ。
ポロリ…と横に倒れた肉の切り口は鮮やかな赤。
「な…っアイツ結婚してたのか!?しかもアイツが嫁!?」
「知らない方がおかしいわよー。グウェンダル閣下の部下で優しくて逞しくて頼れる旦那さんってロビンちゃんから惚気られたことないの?」
「あるかよ!アイツは無類の女好きで俺には胸と踝の話ばっかしてたってのに!」
「まぁそれは私達が根掘り葉掘り聞いたからだけど。」
「男と結婚してるなんて信じらんねぇ。胸と踝の話しかしねぇのに。」
「だってあの顔よー?男共が放って置きやしないでしょう。アンタだって随分気に入ってるじゃない。」
「旦那さんの話するときロビンちゃん、蕩けそうな顔するもの。胸と踝も関係なくなるぐらい愛しちゃってるのね。」
「蕩けそうだぁー?」
主婦の言葉に反して、彼の頭の中では村田の屈託ない笑顔と男らしい言葉ばかりが渦巻いていた。
頬を染めて男にしな垂れかかる村田なんて想像出来ない。
繊細で品のあるキレイな顔立ちなのに庶民派で表情の作り方が大雑把で
女が好きで下ネタも好き、それが彼の知っている“ロビン”だ。
仲良くしていた弟分が急に知らない魔族になってしまったようで
肉屋の息子は呆然と肉の切り口を見つめていた。
人妻、新婚、嫁と何度反芻しても実感が湧かず
不出来な鐘のようにぐわんぐわんと鈍くしか響いて来ない。
人妻。という響きは若い男性にとって魅惑的な響きである。
瑞々しくも艶っぽい想像をするのに最適な存在、それが人妻だ。
可愛くって手を出してみたくて、でも出してはいけない。
ご主人には黙っておけば分かりません。
奥さん、いいじゃないですか。
城へ行った兵士の旦那が居ない間に
肉屋の息子は配達と称して人妻の家へ赴く。
迎え入れてくれた人物を抱き締め後ろ手に扉を閉める。
驚いて身を捩った所で、自分は拘束する力を強くする。
ロビン、俺…。
ダメだよ…僕は…。
「あ、お久し振りでーす。」
「っ!!だぁ!危ねぇ!!」
コロリ、と台から下へ落ちかけた肉を息子は慌てて救い上げた。
その声と動きに逆に驚いた村田は少しの間のあと、パチパチと拍手を送る。
「凄い反射神経だ。」
「ロビンちゃん!」
「どーもー帰ってきたロビンちゃんでっす。」
主婦に向けて片目を瞑り茶目っ気たっぷりの笑顔を咲かせた村田に
肉屋の息子は首の下から温度が上がっていくのを感じた。
目の前の清潔感溢れる村田に無意識に想像してしまった妄想の村田が重なる。
爽やかな彼から性的な匂いなんて感じたことがなかったのに、何故あんな想像をしてしまったのか。
人妻という響きからはおかえりと可愛く言われたり、料理を焦がしてしまったりの当たり障りない想像も出来たはずだ。
「お、おう。お前、実家の母ちゃんはもういいのか?」
「うん。まぁぼちぼち。そろそろヨザも帰って来ると思うから。」
今までに出なかった旦那の名前が当然のようにポローンと飛び出した。
もしや今までも彼の口からは何度も飛び出していたのでは。
自分のあまりの適当さに息子は何かショックを受けた。
「ちょっと聞いてよロビンちゃん。この子ったらロビンちゃんが人妻だって今さっき知ったのよ?」
「えー?じゃあ僕のことなんだと思ってたわけ?友達がまさかそんな初期設定すら知らなかったなんてちょっと傷付くんだけど。」
友達、と位置付けられたことで遠くに感じていたロビンが近くに戻って来た。
息子は心の中でほっとひと安心する。
「82で所帯持ちなんて思わねぇよ。胸と踝の話しかしねぇから女が好きだと思ってたんだ。」
「うん、胸と踝は凄い好き。それにヨザックは別物だから男が好きってわけじゃないぞ。」
「一度お会いしてみたいわ。美少年のロビンちゃんをメロメロにさせた旦那さんに。」
「まだご近所さんには挨拶出来てないんですよね、すいません。朝早くて夜は遅く帰ってくるんで…。」
「出張も多いんでしょ?毎回こんなにお家を空けちゃうの?」
「なんだよソレ。お前それでいいのか?」
苦笑して夫の代わりに謝る村田に息子は顔を顰めた。
商店街生まれの彼は男は近所付き合いも自ら率先して行うべきだと思っている。
遊びたい盛りの少年を嫁にしておいてちょくちょく家を空けて苦労をかけるなんて、どういうつもりなのか。
身体が弱いという彼の母親に仕送りくらいはしてやっているのだろうか。
自分の身が案じられていることに気付いたのか村田は目を細めた。
知り合って間もない自分に向けられた情が嬉しい。
この国の人の心が穏やかで、余裕があるのは間違いなく親友の功績。
今すぐ城に言って話してやりたい喜びを抑えると
村田はヨザックを思い出して今度は隠さずにほっぺたを赤くした。
「いいんだ。絶対に彼とは結婚出来ないと思ってたから、家に帰って来てくれるだけで毎日幸せなんだ。」
ほんのり頬を染めて俯き加減で言う彼は
いつものお調子者の空気なんて1つもない。
瑞々しくも艶っぽい完全な人妻だった。
こんなの彼らしくない。
要領よく人の懐に入り込んで、屈託なく笑う、それがロビンだ。
旦那の思い通り健気にお家で待つなんて絶対に違う。
「俺は納得出来ねぇ…。」
言いながら、息子は自分の頭の中に渦巻く
ロビンのあられもない妄想を止めることが出来なかった。
2008.02.28
人妻の村田に悪戯、人妻の村田に悪戯、人妻の村田に悪戯!
どうだい?ちょっとなんか、いい妄想が出来そうだろう?
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