「やっぱ一個じゃ微妙か…。」
家の前にしゃがみ込んで植木鉢相手に小首を傾げていた村田は
隣のご主人が家から出て来たことに気付き顔を上げた。
「おはようございます。」
しゃがんだまま隣の主人を見上げて笑う彼はとてつもなく可愛かった。
今まであまり男に興味引かれたことはなかった彼もこれなら喜んでお嫁さんにしたい。
「おはよう。ロビンちゃんは今日も可愛いねぇ。」
「あはは。奥さんに言いつけますよ。」
隣の旦那が鼻の下を伸ばして仕事に出かけて行くのひらひらと手を振って見送る。
ご近所の人妻どころか、村田はその旦那も手玉に取っていた。



ちをえていく 

−進



「陛下、そっちじゃなくてここですよ。」
「うわっ。危ねー…サンキューコンラッド。」
「いいえ。」
爽やかなウェラー卿の笑顔もよく確認せずに魔王は書類に向かいなおして必死にサインを施した。
大賢者の穴を埋めようと一生懸命な彼の仕事への取り組みは
以前とは比べ物にならないぐらいよい。
ただ、彼がやる気になった所で、急に政治と経済が理解出来るようになるわけでもサインの速さが二倍になるわけでもない。
人の二倍の働きをしていた大賢者の働きには到底及ばず
その分はお約束とばかりにフォンヴォルテール卿の元へ流れていく。
グウェンダルは今日も堆く詰まれた書類の山に埋もれていた。
一生懸命やられた結果では魔王を怒鳴りつける事は出来ない。
怒った所でもうどうにもならないだろう。
優秀な文官の追加採用を請求したいがそれを書面に起こすのも面倒だ。
どちらが良いかと言われれば申請書を書く方が早いだろうが
マトモに睡眠をとっていない脳が間違った選択と知りつつもそれを拒否している。
「…大賢者が居れば。」
「げーかがどーかしましたか?」
額を手で覆い、呟くと窓から声が飛んできた。
驚いて振り返るとそこには一番の部下が窓からよっこいせと部屋に踏み入れている。
「扉から入って来い!!」
「俺以外も来ますよーまぁ、辿り着けるのは一握りだと思いますけどぉ?」
グウェンダルがヨザックの横に立ち下を覗き込むと
木の陰にサッと身を隠す人影。
「…俺の執務室で部下の育成をするな。」
「城下で家に忍び込む訓練なんて出来ないっしょー。親分なら物音一つで気付いて下さるし、ぷー閣下みたいに咄嗟に魔術でやり返されて死んじまったら可哀相だし?」
グリエ・ヨザックは今のところ眞魔国イチのお庭番だ。
ただヨザックだけが優秀なお庭番でも仕方ない。
長期任務のない間、グウェンダルはヨザックにお庭番の育成を任せることにした。
窓に到達しようと上ってくる部下の無様な物音にグウェンダルは深く溜息を吐く。
今日中にヨザックのように自分の後ろを取れる人間は出なさそうだ。
「すんませんね。気付いたら紙くずでも放って下せぇ。そしたら降りてやり直しなんで。」
言いながら、ヨザックがベルトから仕込み針を取り出して窓へ放った。
ぎゃあという悲鳴が聞こえたが、グウェンダルは咎める気が起きない。
「親分。さっき猊下がどうとか言ってませんでした?」
上司の部屋で断りもせずにソファーに座り、ヨザックは持っていた包みを机に置いた。
「なんだそれは。」
「弁当っすよ。お昼にって渡されたんですけどソワソワしちまってとても昼まで待てませんや。」
まだ10時を少し過ぎた時間だが、ヨザックは弁当に手を合わせた。
箱を開け無理な数を力づくで詰め込まれたサンドイッチに目を細めてから手に取り
至福の表情でそれを頬張る。
そんな結婚の幸せを噛み締めている部下にお前の嫁を文官として貸してくれなんてとてもじゃないが言えない。
小さくて可愛かった頃から知っているヨザックが苦労し続けた人生の中で
ようやく心から安らげる場所を手に入れたのだ。言えるはずがない。
グウェンダルは窓に向けて紙くずを放った。
下から「あぁー…」と数人の嘆く声が聞こえる。
「先程の発言は気にするな。何でもない。」
「何でもないって。上司が奥さんのこと呟いてて気にしない部下がどこに居るんすか。」
次はどれを食べようかと弁当の上で手を彷徨わせながらも
ヨザックは追求の手を緩めなかった。
彼自身、なんとなくどういった類の話かは分かっているが
面倒な事は言われないと動いてやらない、が彼のモットーだ。
「アレもサボっているわけではないのだがな…猊下の抜けた穴はあまりにも大きい。」
「猊下にお仕事復帰を?政治に関わるなってのは面倒な事に陛下のご命令ですぜ。」
「陛下以前に猊下が認めないだろう。お前との生活もある。」
「まぁ、俺も弁当の回数は多い方が嬉しいっすね。」
照り焼きにされたチキンが豪快に挟まれた物を手にとり口に招き入れる。
最近の村田は肉の焼き加減を覚えたのでそれは普通に美味しかった。
ただ、もう少し食べやすい大きさに切ってくれると有難い。
パンに合わせるのではなくて肉に大きさを合わせたパンだ。
半分に切っただけで面倒だからもういいや、と言っている村田の姿を思い浮かべ、ヨザックは眉を下げた。そして紙くずを窓に放った。
窓のどこに足を引っ掛けたら音が鳴るかそろそろ理解して欲しい。
「最近太らないようにすんのが大変で。猊下のご飯ってだけで全部美味いんですよねー。酒も家で猊下にお酌して貰うんです。」
「…つまり、お前は猊下を貸したくないと言うんだな。」
「そう言われるとなんとも。…親分、ちょっと相談してもいいですか?」
ぺろ、と指を舐めてヨザックが中身の残った弁当を包みなおす。
少し食べて満足したのか、一気に食べてしまうのが躊躇われたのかは分からない。
「あの人、大賢者ーってのがなくてもこういう仕事は好きだと思うんすよ。」
「見るからにそうだろう。」
「家で掃除して洗濯してご飯作って貰うのも嬉しいんすけどね…猊下も男ですし本当は仕事したいんじゃねぇかなって。やることなくて退屈な新婚生活に思われてたら傷付きません?」
「それは俺には図りかねる。もし本人が何かしたいと言うのであれば喜んでこの机の書類の半分を譲り渡すがな。」
「あーん、それだとグリ江の新婚生活がー。違うのよ親分!グリ江がね、長い間お家を空けることになったらたまに猊下をお城に呼んで下さらないかしらって相談なの。」
シナを作りながら一番上にあった一枚を取り、寝不足で顔色の悪い上司に差し出す。
友好関係を築いていても密輸の経路は断ち切れない。
カヴァルケードに潜入してその詳細な動きをどうにかして掴みたいというお仕事は
確かにヨザックが適任で潜伏期間も長期に渡ってしまうだろう。
結婚してもこの生活が変わらない事はヨザックも村田も分かっていた。
家を空ける事について今更言う事はない。
インク壷をつつかれ、グリエ・ヨザックの名前を書き込み判を押す。
気にしないで、と言うような部下の笑みにグウェンダルは自分が情けなくなった。
「街には上手く溶け込んでるんです。でもいつどこでバレちまうか分からない。俺が家を空けると陛下に言えばきっと猊下を城に呼んで下さいます。ただうちの猊下は無償の厚意を受け取るのが大の苦手でしてね。」
「俺にとっては願ってもない話だ。新しい者を雇う必要もなくなる。」
「問題は陛下が赦してくれるかどうかなんすよ。猊下に大賢者っぽい仕事はさせてくれないと思うんす。陛下の赦しがなければ当然猊下も無理。陛下のご命令がなけりゃ猊下はテコでも動きませんから。」
「コンラートではユーリを説得出来ないのか?」
「さぁ。まずは俺が家を空ける間、猊下がどうするつもりなのか聞いてみます。地球に帰って下さったら安心なんですけど…それも時差がよく分からねぇんで…。」
「すまんな。せめて半年は安定した暮らしをさせてやりたかったのだが。」
「贔屓はいけませんぜ親分。あーもしかして猊下が小さくて可愛いからですかぁ?だったらご心配なく。小さくて可愛いけど強かで男前ですから。」
パチ、とウィンクをして立ち上がりヨザックは窓から顔を出した。
「おーい日が暮れちまうぜー。崖を登るとこから始めるかー?」
「…前途多難だな。」
「はぁい。俺も楽したいから真面目に育ててきますよ。今夜猊下にお伺いしてみます。もしものときはよろしこ親分v」
「あぁ。」
「よっと。」
窓から華麗に飛び降りた彼の着地音は風に揺れた木々のざわめきに紛れた。

***

家に帰ったらすぐに話そうと思っていたのだが、いかんせん
村田におかえりを言われるとふにゃんと蕩けしてしまい
グラタンをふーふーしてから食べさせて貰ったりなんかしてしまうと
話なんて頭からすっぽ抜けてしまう。
一人で風呂に浸かったところでようやく我に返ったヨザックは
あまりにも飼い馴らされた自分の行く末が心配になった。
最後に水で顔を洗って気合を入れ村田に話をと風呂から上がる。
「ケンちゃーん。ちょっと話があるんすけどー。」
廊下を歩きながら声をかけたが、村田の返事が返ってこない。
眠っていることはないと思うのだが。
明かりの灯っている方をひょいと覗き込むと彼は分厚い本を膝に乗せていた。
真剣な顔をして目は話を追い、指はページを大切にめくる。
それは、眞王廟に居た頃何度となく見た光景だった。
自分が呼ぶ声も耳に入らないくらい本に没頭している彼を、心ごとどうにか振り向かせたかったあの頃を思い出す。
なんとなく胸の中が熱くなり足音を潜めて村田に近付き、ソファーの肘置きに顎を乗っけて見上げると村田はようやくヨザックに気付いて瞬きをした。
「もう出たの?」
「ちゃんと呼びましたよ。」
「あれ?あははーゴメンゴメン、悪い癖が出た。」
「猊下が分厚い本読んでるの久し振りに見ました。」
「コレ分厚いけど普通の本よりも随分安かったんだよ?」
「奥さんが好きな物を好きなだけ買ってこれるだけの甲斐性はあるつもりなんですが?」
「うん。君の稼ぎは何度惚れ直しても足りないとは思うんだけど、それに甘んじて節約を怠ってはよき妻と言えぬだろうとも思っている。」
「猊下ってどっか貧乏性ですよねー。」
ふに、とほっぺたを抓ると村田が眉間に皺を寄せぷう、と膨れてみせた。
変な顔になったので顔を両手で挟んで空気を抜く。
風呂上りの手のせいでレンズの端が少し曇った。
「俺、来週から家を空けなきゃなんないんです。」
「おー。ついに来た。どれぐらい?」
「一ヶ月…二ヶ月いくかなぁ…?」
「長引く可能性はあっても短くはならないと。じゃあ僕ちょっと地球に帰ろうかな。」
「そうして頂けると俺も安心です。」
「一週間ぐらい居れば一ヶ月…分かんないけど君より先には帰ってると思う。」
「遅い方がいいのに…俺の居ない間に何かあったら必ず陛下の所に行くんですよ?」
大事な村田のほっぺたを何度も摩ってヨザックは擦り込むように言った。
小さな子供に言うような相手に村田は苦笑して彼の肩にかかっていたタオルを取りまだ湿っている頭を包み込む。
「大丈夫だって。目立たないようにするし。君の居ない間しっかり家は守っておくから。」
その言葉から地球に居るのは少しの間だけなのだと読み取れる。
髪を拭いてくれる彼の手が優しくあればあるほど
ヨザックは村田が心配になるのだ。
「ケン…お家で家事ばっかりしてて退屈じゃないですか?」
「そんなの感じる暇もないよー。掃除も洗濯も原始的で大変なんだぞー?」
「俺が居ない間、血盟城に居てもいいんですよ?陛下なら喜んで部屋を用意してくれるでしょうし、親分も仕事を手伝ってくれたら助かるって言ってました。」
「は?僕がもう政に関わっちゃいけないの知ってるだろ?」
「分かってますけどー…ケンは大賢者じゃなくてもああいう仕事がお好きでしょ?」
「あぁ、それで退屈じゃないのかと。君さー主婦業をナメてんの?同じぐらい、いや、それ以上にやりがいのある仕事なのに。」
「本当に?」
「……ここで君を待ってるだけじゃいけないかい?やっぱり僕は…。」
不安げに翳った声にヨザックは身体を伸ばしてキスをした。
村田が言いかけた言葉の続きはきっと、求められそれが償いになるのなら城に行く、というものだろう。
家で待っていることが彼にとっての幸せならそれでいい。
この国での存在意義を問おう等とは思わない。
「約束して下さい。俺が居ないときに大賢者だってバレて危険になったら、陛下の所に行くって、見られてもいいから水から地球に帰るって。自分が犯した過ちに対しての当然の報いだとかそんなこと考えて無抵抗で殴られたりしないって。」
「…ヨザ。」
ヨザックが懸念を抱くのはここだ。
もし何かが村田の身に起こったとき、彼はそれから逃げようと思うだろうか。
罪の意識から甘んじてそれを受け入れ兼ねない。
村田が魔王である渋谷有利の親友だというのは周知の事実なので
殺されることはないだろうが魔王陛下に伝わらない所で暴力を振るわれるかもしれない。
それは村田に恨みなど全くない者によって行われる確率が高い。
ヨザックの言葉に瞳の奥が揺れる。すぐに応えないのが彼の答えだ。
「…なってみないと分からないかなぁ。」
「ケンちゃぁん…。」
「だって。」
「だってじゃなくて!もし何かあって怪我したことが坊ちゃんにバレたらどうなります?街で上様ですよ?皆にご迷惑がかかりますよ?それでもいいんですか?」
「確かに今の渋谷なら僕絡みでも上様化しかねないけど…。」
「けどじゃなくて。お願いしますよぉー。」
ぎゅう、と抱き締めて情けない声を出してお願いする。
村田の眼鏡が二人の間に無機質な感触を与えて、掌は背中を滑った。
「…死なない。」
「アンタねぇ。」
「お風呂入ろーっと。」
「コラ!ロビンちゃん!」
「分ぁーかった!」
するりとお庭番の腕の中を抜け出してスタコラと逃げて行く村田の
分かったは“分かりません”だ。
いくら頑固でも命に関わる事柄は折れてくれると思ったのに。
「ちゃんと約束するまで抱っこして寝てやんないですよー!」

やだー。と遠くから聞こえたが、出立の日まで約束はされなかった。

***

「行ってらっしゃい。気を付けて。」
「はい。」
ヨザックが発つ同じ日に村田も地球へ帰る事にした。
久し振りに城へ顔を出した親友とこれから危険な任務に発つその旦那に
魔王は落ち着かなく視線を二人の間で往復させている。
ヨザックはなるべく早く帰ってくる、とは言わなかった。
結果を急ぐなどこの仕事ではありえない。もし仕事に命をかけているヨザックが
気休めでもそう言ったら村田は逆に申し訳なく思うだろう。
「坊ちゃん。猊下があんまり早く地球から帰って来ちゃったらおいたしないように見張ってて下さいね。」
「任せろ!」
「…渋谷さ、勝利さんに似てきたよね。」
ぐっと拳を握って鼻息を荒くした魔王なら帰ってくるまで
熱い友情で村田を城に軟禁し続けてくれるかもしれない。
村田には申し訳ないがそれを願ってしまう。
「猊下。」
「ん?」
ぽんぽんと村田の頭を撫でたあと、ヨザックは顎を持ち上げて顔を寄せた。
「うわっ!」
「へなちょこ。これぐらいで動揺するな。」
間近で親友の生チューが始まりそうになり魔王は思わず声を上げて一歩下がった。
ヴォルフラムが腕を掴んで後退の二歩目を阻止したが
村田もヨザックの口に手を当ててキスを阻止した。
「純情な渋谷を驚かさない。」
「夫婦なんですよ?」
「僕等の国では夫婦でも人前ではあんまりしないんだっつーの。て言うか前に言ったろ?僕と渋谷はお互いの性的な部分は知りたくないって。」
そう言われても。何日も会えなくなるのだから最後にキスぐらい欲しい。
顎から村田の肩に手を添え直してヨザックは魔王に言った。
「あっち向いてくれます?」
「わ、分かった!」
「何で僕まで後ろを向かせるんだ!」
「なんか一人じゃ恥ずかしいんだよ!」
耳を真っ赤にした魔王はヴォルフラムの両肩を掴み一緒に後ろを向かせる。
後ろを向いた上に目まで瞑り、ぎゅっとヴォルフラムごと身体を縮こまらせた。
「げーか。」
「…。」
ヨザックの甘ったるい声に村田の沈黙、を数秒やり過ごす。
顔を赤くしてぎゅっと目を瞑っている魔王に逆にキスしてやろうかと
ヴォルフラムは一瞬唇を奪いかけた。
「…終ワリマシタデショウカ。」
「終わった終わった。忘れろ渋谷、僕も思いの外恥ずかしかった。」
「どうもすいませーん。じゃあ俺本当に行って来ますね。」
「お、おう!気ー付けてな!村田のことは任せろ!」
早口で言っても気持ちはきちんと伝わった。
馬に跨った彼を見上げると、村田にも急に淋しさが込み上げてきたが
ヨザックの心に自分が引っかかってしまわないように平然を装った。

「帰って来たらたっぷりおかえりのチューしてあげるからねー!」
「とびきり甘いの期待してまーす!!」

お庭番の後姿を見送って、村田は溜息を吐いた。
「さて、僕も帰ろうかな。」
「もうかよ。久し振りに会ったんだぜ俺達。」
「渋谷には仕事が待ってるだろ。アッチに居るときもほぼ毎週会ってるのに何を惜しんでんのさ。」
「ちょっとお前冷たくない?眞魔国時間的には一ヶ月ほど会ってませんでしたけど。」
「特に話すことなくない?」
「新生活があるだろーが!今までにないぐらいでかいネタだぞ!」
「ヨザックに毎日報告させてるのにかい?どんだけー。」
「むーらーたー!」
腕を掴まれたところで、もう右足は水の中だ。
光って渦が巻き起こらないのは魔王が無意識に行かせまいと
扉を閉じているからである。
「なんだよ渋谷ー僕久し振りにサイゼリアでミラノ風ドリア食べたいんだから放せよー。」
「ミラノ風ドリアと天秤にかけられて負けてんの!?」
「当ったり前だろー渋谷じゃペプシネクスト以下じゃないか。」
「カロリーの問題で勝てるわけねーだろ!なーいいだろー急いで帰るシチュエーションじゃなかったじゃんかー。」
村田は知っていた。渋谷有利が熱い友情を発動させるとその日は泊まりになることを。
そう、気が付くと客の分のご飯が出来てしまう渋谷家で充分に体験してきたのだ。
そしてヨザックが不在というこの状況下ではそのテンションのまま何日も滞在させられかねないということも。
魔王の仕事は滞り、魔王以外にも王佐の汁にまみれ、旦那の上司が死にかける。
何もいいことが起こらない。そして親友の為にもならない。絶対にならない。
「渋谷が地球に帰ったときね。こっちで君の時間を割くのは申し訳ないし。それと…」
「…っ!お前なぁ!俺は別に…違うっつってんだろ!」
こそっと耳に囁きかけた言葉に渋谷有利は思い切り手を振って否定したが
水がキラキラと光り始め村田が望めば地球への扉は開く。
それが肯定のようになってしまって魔王は水面を見つめ絶句した。
「にひ。」
「…やめろよ村田。」
「フォンビーレフェルト卿ー渋谷がー。」
「だぁっ!もういい帰れ!!!」
「う、わ、わーーーーじゃーまたねーーーー!!!」
「あぁっしまったーーーっやっぱ帰るな村田ぁああああ!!!!!」
自分のやけっぱちの台詞で水は扉へ変わり引き止めたかった親友はスタツアへ旅立った。
水に向かって手を伸ばしたが彼はう○このように渦に巻きこまれ消えていく。
がっくりと噴水の前で膝をつく婚約者にヴォルフラムは眉を顰める。
「僕がなんだ?大賢者が何か言いかけていたようだが。」
「…。」
「僕に言えないことなのか?まさか猊下と!?人妻にまで手を出すのかこの尻軽!!」
「ちっげーよ!村田に手ぇ出すくらいならコンラッドと結婚するよ俺!」
「!?そ、それはどういうことだユーリ!僕にとってはいい例えなのか!?」
「俺は確実に嫌な例えに入りましたよね?いや陛下の中で俺が有り得ないのは分かってるんですけどなんかちょっと、俺も別にユーリのことはそういう風に見た事ないんですが変に心が痛いです。」
だってヴォルフラムと結婚が嫌だとは言えない。と、言えない。

渋谷有利は村田健が帰ってしまうより
フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムに誤解される方が嫌だ。

マジで誤解されたら嫌だろ?

突発的に思いついた浮気者!ではなくて真剣に言われたら
正直立ち直る自信はない。



「ヴォルフ…仕事、行こう。」
「お前大丈夫か?」
「あぁ。行こう、仕事。今日もよろしく。うん。」
「…お前やっぱり猊下を?猊下が帰ったせいでそんなに?」
「だから…村田に手ぇ出すくらいならコンラッドと結婚した方がマシ…。」
「あの、陛下、ユーリ、その否定の仕方やめて頂けますか。」



眞魔国に戻ってきて変わったのは村田だけじゃねーんだよ。



ヴォルフ、俺いつからお前のこと好きだった?
名付け親の言葉を無視して渋谷有利は立ち上がった。



2008.02.23

ここでお知らせです。この妄想部屋はヨザケンと同時進行で
ユーリとヴォルフをくっつけます!!!!

→5

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