僕
は
過
ちを
越
えていく
−はじめる
「こんなときぐらい休ませてやりゃいいのに。」
「いいのいいのー。か弱い女性じゃあるまいし、引っ越しぐらい1人で大丈夫だよ。」
「うー…やっぱり俺…!」
「しーぶーや!」
村田は荷車にかけていた手を親友に向かって突き出した。
言葉を遮られた有利はだって、と言いたげに口を尖らせる。
あの両親と兄を持っている時点で素質はあったのだろうが
村田が牢から出たあとの魔王の過保護っぷりったらなかった。
大賢者に求婚したお庭番より愛情深いのでは、と疑うほどに魔王陛下は親友の村田を構いに構った。
そのせいでヨザックは求婚以来村田を抱き締める事も出来なかったのだが
罪の意識が拭いきれない村田も、城を出るまでそういった行為を
したくはなかったので助かったと言えば助かった。
空気読めよと言おうとしたことは、あったけれど。
村田は城下でヨザックと暮らす事になった。
そんな都合のいいことは出来ない、と彼は一度求婚を断った。
が、ヨザックと魔王に押しきられ今日から新婚生活がスタートする。
色々思うところはあるが、ヨザックもそれは理解しているだろう。
村田も結婚するからにはちゃんとお嫁さんをしたいと思う。
いつまでも下を向いてないで上を向いて違う道を見つけなければ。
予定になく眞魔国に戻って急に結婚が決まったせいで
ヨザックは元から入っていた仕事を休めずお引っ越しは村田が一人で行う。
日程をずらせと何度も魔王に勧められた。
しかし一刻も早く城を出るという村田の意志は変えられなかった。
「渋谷がついて来ちゃったら何の為に髪染めてコンタクト入れてんのか分からないだろ。」
「俺も帽子被って行くから!」
「顔見られただけでアウトですから。僕1人なら大賢者のソックリさんでーす、で済んでも2人揃ったら確定だよ。」
「じゃあ…コンラッド。」
「三兄弟もフォンクライスト卿も却下。ただの兵士さんもダメ。平民の引っ越しを兵士が手伝う?手伝わないだろ?僕はもう大賢者じゃないんだから。」
「村田ぁ。」
「今日からは城下町に越してきた新婚さんのロビンちゃん。」
地位を剥奪されたとは言え、彼は眞魔国の繁栄に一役買った大賢者だ。
慎ましやかな平民暮らしをしようとしている二人にとって
これほどのマイナス要素はない。
「いい加減にしろユーリ。子供じゃあるまいし、歩いているだけで取って食われる国だとでも思っているのか。」
「思ってねぇけどー。」
「大丈夫だよ渋谷。それに君にはサインの山が待ってるんだから。」
「うっ嫌なこと言うなよ…。」
がくり、と擡げられた頭に村田はようやく出発できると苦笑した。
呆れて肩を竦めるヴォルフラムは目が合うとムッと眉間に皺を寄せた。
長男そっくりの不器用な見送りだ。
「じゃあ行くね。フォンビーレフェルト卿もありがとう。」
「さっさと行け。ユーリが煩くて敵わん。」
「うん。渋谷をよろしく。」
「言われるまでもない、僕は…」
「渋谷の婚約者だからね。」
握手、と差し出された手を叩き返されたが村田は逆に
清々しく城を出て行く事が出来た。
一度だけ後ろを振り返ると、二人は仲睦まじく言い争っている。
まだ想いを伝え合ってはいないようだが、魔王と彼の挙式も時間の問題だろう。
お幸せにと呟いて、村田は血盟城に別れを告げた。
***
荷車を引いた村田は途中で竈の使い方と簡単な料理の本を購入した。
ヨザックの怪しげな人脈を使って家具付きの家が手に入った為
衣類と最低限の生活用品以外は乗せていない。
ちなみに、衣類もほとんどがヨザックのドレスだ。
城から少し距離のある家は大きすぎず小さすぎず、商店街へも中途半端に歩く手頃な物件。
「今日からここが愛の巣だ。」
家の前で意気込んでいたら隣の家の扉が開いた。
挨拶をするチャンスだ。
「あのーすいません。今日からここに住む者ですーよろしくお願いしますー。」
自分としては可もなく不可もない感じに挨拶したつもりなのだが
隣人は目を丸めて動きを止めてしまった。
まさか、もうバレたのだろうか。写真はないが肖像画は出回っている。
「えーっと、あの…。」
「ちょっと待ってて!まだ家に入らないで!」
「は?」
「いやー!ちょっとー奥さーん!奥さーん!」
「え!?ちょ、ちょっと!」
新婚生活が挨拶回りで終了?いくらなんでも早すぎやしないか。
まだヨザックにおかえりも言ってないというのに。
ご近所の奥さん方にあっと言う間に囲まれた村田は背中に嫌な汗が流れるのをはっきり感じ取った。
「その…僕はですね…。」
「やだ!ホントに可愛いじゃない!」
言い訳の用意もなくとりあえず口に出した意味のない言葉は
やけにキラキラした主婦の言葉に遮られた。
きょとん、と目を丸めた村田という地球産美少年にご近所さんは
さらに目を輝かせぺたぺたと腕や肩に触りながら詰め寄ってくる。
「こんな美少年初めて見たわ。」
「ここに越して来るんだって?アンタいいわねぇ、お隣で目の保養が出来るじゃない。」
「皆さんの目にも栄養をと思って呼んだのよー。」
「ねぇ名前は何て言うの?ここへはご両親と?」
割とキレイな人妻に問われて、村田はようやく状況を理解した。
自分は109の前に突如放り出された亀梨くん状態なのだ。
歩いているだけでキャーと声がかかるような美少年だと言う事を
大賢者の顔と言う前に失念していた。
むず痒い心の中でほっと一息ついて村田はペースを取り戻して微笑む。
「ロビンです。ここへは旦那さんと。僕、新婚さんなんです。」
美少年と男性の愛が大好きな奥様方は何度目かの悲鳴を上げた。
あれよあれよと言う間に荷物は新居に押し込まれ、村田は隣人の家に拉致され
お茶とお菓子と美人の人妻達の大歓迎である。
薄めのお茶を啜ってご近所付き合いは上手くいきそうだ、と
この顔に産んでくれた両親に感謝したりしなかったり。
「そうよねぇ、こんなに可愛きゃ男共が放っておかないわぁ。」
「でもおいくつ?まだ若いんじゃない?」
「八十二歳です。旦那さんはちゃんと百歳超えてますけど。」
「八十二歳ですってーいいわねー。」
「遠い昔よ八十二歳なんて。親御さんは反対なさらなかったの?」
親、と聞いて村田はビクリと身体を強張らせた。
求婚されて流れるように結婚してしまったが、日本ではまだ自分は結婚出来る年ではないし両親は眞魔国のことを知らない。
もし渋谷家のようにこっそり知っていたとしても、まさか息子がごつい男の嫁になっているとは思うまい。
二人の性格を考えると…言えない。男が恋人だなんて絶対に言えない。
「親は…ちょっと…。」
カップを両手で包み、目を伏せた村田にご近所さん達は何かを感じ取り
黄色くしていた声の色を戻した。
「訳アリって感じ?」
「僕がお嫁さんなんで。」
「あぁ…そういうことね。そのうち分かって下さるわよ。子供の幸せを否定出来る親なんて居ないんだから。子供だって養子を貰えばいいんだし。」
包み込むように笑って、隣人がテーブルの真ん中に置いてあった菓子の皿を人差し指で村田に押した。
いい人だ。村田の心は幾分和らいだが新たな課題を見つけてしまった。
抱え込むとロクな目に合わない。時期がきたらヨザックに相談しよう。
「今日は旦那さんは?」
「仕事です。フォンヴォルテール卿の部下なんですけど、忙しくって。」
「グウェンダル閣下の?エリートなのねぇ。」
「どっちかって言うと成り上がりですよ。」
「ますますいいじゃない。男はそうでないと。」
「ご飯どうするの?さっきすっごく簡単なお料理の本が見えたんだけど。」
「あー…これから頑張ります。」
「今日は掃除もしなきゃなんないし大変じゃない。」
「ま、男ですから。体力はそれなりに。」
てへ、と笑って見せる美少年は何となく母性本能を擽るタイプで
噂と人の世話が趣味の奥様方は顔を見合わせ、次の行動を決めた。
***
「おかえり。」
扉が開かれ、腕の中に温もりが飛び込んで来る。
大好きな声で紡がれる言葉も幸せそうに見上げる顔も
ヨザックの胸を鷲掴みにしてキュンとさせるには充分過ぎるシロモノだ。
自分はついに想い人を手に入れた。
ぐっと唇と涙を噛み締め出迎えてくれた村田を抱き締める。
顔を村田の頭にすり寄せ、何度も回した腕に力を込めて
夢でないことを確認したヨザックは溜息交じりに言った。
「可愛い…。」
「ははは、ただいまより先にそれか。」
「だっておかえりって抱きついてくるんですよー?」
外にいたせいで冷えた指が村田の前髪を分けて額に唇が降りてくる。
外人のただいまって本当に情熱的なんだなぁ。
蕩けそうな顔をしているヨザックにぽっと頬を染めて村田もはにかんだ。
家の中は暖かく、机の上にはたくさんの料理が並べられている。
絵に描いたような幸せだ。
「これ全部猊下が作ったんですか?」
「いんや。近所の奥さん達が作ってくれた。」
「はぁ?」
新妻の手料理に浮かれていた彼に予想外の言葉が飛んできた。
スープを注いで振り向いた村田はニコニコ笑顔。
「手ぇ洗って、食べよう。」
「あ、はーい。」
聞き間違いだろうか?
家の中を見回すと少しの荷物を残してほとんどが片付けられている。
それに加えてこの料理を作る暇があるだろうか。いや、ない。
「猊下…こちらのお料理はどなたが?」
取り分けられた魚のパイ包み焼きを口に運ぶと
なんとも懐かしい完璧な家庭の味がする。
「これ?これは右隣のソフィーさんがくれた。美味しいね。」
「…美味しいですね。」
「こっちは真向かいのキアーラさん。」
「猊下、ちょっと待って下さい。」
「ん?」
食べ物で頬が膨らんでいる村田にうっかりほんわりしてはいけない。
何故、自分達の食卓に近所の奥さん方の
勝負料理が並んでいるのか。
答えは決まっている。村田が美少年だからだ。
「ちょっとぉ!新婚早々近所の奥さん方を手玉に取るなんてどういう了見よぉ!」
「僕何もしてないよー。新婚さんで料理はこれから頑張るって言ったら今日は大変でしょうからって皆さんが。」
「皆さんが…もーグリ江不倫が心配でお仕事行けなくなっちゃうー…。」
「ほら、あーん。」
「ふん、俺を飼い馴らそうとしてるんですか。」
浮かれていた気持ちを萎まされてご機嫌を損ねたヨザックだが
向けられたスプーンは口に迎え入れている。
あっさり控えめなスープに野菜の味がよく出ている。
簡単な味付けだがヨザックの好みの味だ。
まぁ、引っ越し初日であれもこれもと期待するのは贅沢というものだろう。
仕事との折り合いがつかずに1人で引っ越しをさせたのだから
料理を奥様方に恵んで貰ったぐらいで拗ねるのはよそう。
二人で美味しく食卓を囲めれば問題ない。
「猊下ぁ今度これ習って作って下さいよ。」
ヨザックがスープをいたく気に入ったのを察して
村田が再度スプーンにそれをすくう。
「これ、僕が作った。」
「…。」
得意げな顔がどうしようもなく可愛くて
鍋の中のスープを全部すくって飲ませてくれと頼み込んだ。
腹を満たしたヨザックは洗い物を前に腕を捲くる村田の後姿を眺めた。
大賢者でなくなった村田をこの世界に引き止めて良かったのだろうか。
この世界に罪人としてでも身を投じると言うから自分は求婚に踏み出したのだ。
何もかもを断ち切りたい、眞魔国では生きたくない、ともし言われたら
ヨザックには彼を引き止める事が出来ない。
牢から出たあとも、村田は自分と結婚出来ないと言った。
贖罪の為に結婚するのは嫌だとハッキリ言われた。
村田にとって眞魔国でのこれからは犯した罪を償うことらしいが
ヨザックは眞魔国でのこれからを何の柵もなく
ただ、ムラタケンとして思うままに生きて欲しいと思っている。
その一環に、自分との関係も含まれているのだ。
あのとき自分に手を伸ばしたのは大賢者ではないムラタケンだ。
これからただの人として生きて欲しいと思うヨザックにとって
その想いは決して排除する事の出来ない大切な部分である。
「ヨザ、お風呂入ってくれば?僕コレ片付けてるから。」
「一緒じゃないんですかぁ?」
「ベタだねー君は。」
「坊ちゃんに邪魔されてずっとイチャイチャ出来なかったんですよ?」
ケタケタと笑う村田を後ろから抱き締めて首筋にキスをすると
彼は耳を赤く染めた。
こうするほうが言葉よりも絶対的に伝わる。
逃げないように力を込めると経験の浅い村田の身体が強張ってから
そろそろと手に手を重ねてきた。
「猊下は可愛いですねぇ。」
「何だよ、どうせ僕は経験値が低いさ。グリ江ちゃんしか知らないさ、何か文句あんのか。」
「あるわけないじゃない。これからもグリ江以外知っちゃダメよ。」
「…ヨザ。」
「はぁい?」
「僕…幸せだよ。でも、これでいいのかなっていうのはきっと消えない。皆が許してくれても、僕は悪かったと思ってる。初日からこんなこと言うのはあれだと思うんだけど、でも。」
たどたどしく言葉を紡いで、迷いを口にする村田に
ヨザックは彼からは見えない目を細めた。
迷いを口にしてくれるのは自分とのその先を
どうにか良いものにしたいと思っているからだ。
心の少し深い場所に踏み込んでもいいと開かれた扉の先を
無神経に踏み荒らしてしまわないようにそっと歩を進める。
「…分かってます。俺は猊下が本当にすっかりぽんと全部なかったことにするような人だったら惚れてなかったと思いますしね。…猊下、俺は猊下が大好きで、だから求婚しましたけど、無理して欲しいわけじゃないんです。罪の意識に耐え切れなくて、俺と居ても幸せなんかよりそっちが勝って苦しいばかりでしたら…そのときは言って下さい。もう一度陛下の所へ行ってまた考えましょう。地球に帰ったっていい。でも、俺からは絶対離しません。ずっとお嫁さんで居て欲しいと思ってます。」
「何でそんな甘やかすかなぁ…僕はただの男子高校生なんですけど。」
「生まれてからこれまで誰かの為に生きたんですから、ここからは甘えたっていいじゃないすか。」
涙で震えた声に腕を緩めて、腕の中で身体を反転させる。
また混乱させてしまっただろうか。
不安と期待に揺れる瞳が涙を堪える為に隠れた。
その隙を狙って、桜色の唇に唇を重ねる。
緩急をつけて啄ばむと施す側のヨザックにもツンとした痺れと疼きが広がる。
舌を差し込んで絡め取れば吐息が零れた。
「はっ…。」
「…今日はたくさん愛してあげますからね。」
呼気すらも吸い上げてくる唇を振り解いた村田の耳元で囁くと
膝から彼の力が抜けた。
真っ赤になった顔を肩口に摺り寄せて小さく震えている。
熱い吐息に肩が温く熱を持って、村田から甘い匂いが立ち上ってくる。
「ケン?」
追い討ちをかけるように名前で呼ぶと、力の入らない手で
ヨザックの背を掴んで、村田は想いを振り絞った。
「…全部、君にあげる。」
***
村田が身じろいだ。
眠りの浅いヨザックはまだ早い時間にごそごそと動き始めた愛しい人を不思議に思って抱き締めていた腕に力を込めた。
すると、薄明かりの中で相手は微笑みするりとその腕を抜けて上半身を起こし
寝惚け眼のヨザックの頭を撫でて額にキスを落とす。
「まだ寝てていいよ。」
「…。」
何が起こるのかは分からないが、頭を撫でられる心地良さにヨザックは小さく頷いて瞳を閉じた。
昨日の村田は可愛かった。
しなやかな両脚が腰に絡み付いてきて、甘えて擦り寄って
自分のやることなすこと全てに感じて肌を紅潮させて。
その声を思い出すだけで、たまらない。
昨夜思う存分抱いたというのに男性の朝の生理現象が本格化してくる。
音で村田の後を追うと彼はまず洗面所に向かい、顔を洗った後に
台所でフライパンを探し始めた。
朝ご飯、だ。
仕事柄、睡眠に執着しない彼はこの朝を胸の内だけで抑えきれず
ベッドの中で身体を丸めた。
幸せ。
今日の朝ご飯はなんだろう。
漂ってくる卵の匂いにすっかり目が覚めたヨザックは
にんまりと頬を緩めてベッドの中で村田の声を待った。
2008.01.08
前半も中盤も正直どうでもいい(爆)
私はベッドの中で村田が起こしに来てくれるのを待つヨザックが
猛烈に書きたかった。
その部分が随分とあっさりになっているけどね!
とりあえずこんなんでいくわよ、なはじまりです。
はひ…勝負はこれからーな感じですね///
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