幸せ次男計画
一雨来そうだな。
商店街から見上げた狭いが高い空は青が薄くなり、風にも鉄の匂いが混じっていた。
メカジキをお買い求めの主婦の手首には傘が下げられている。
ヨザックは傘を持っていっただろうか?
家を出るときに言ってやるのを忘れた気がする。
大学で別れたとき、その手に傘はなかった。
少し濡れたぐらいで風邪を引くとは思えないが、ただでさえ身体を崩しやすい季節の変わり目だ。
濡れないに越した事はない。
鞄の中から折り畳み傘を取りだして降り始めた雨を遮る。
ポツポツと控えめに落ちていくのも、激しく叩きつける音でもとにかく傘を打つ音がコンラッドは好きだ。
ただ、無茶が得意な同棲相手を思うと雨脚はこれ以上強くならない方がいい。
コンクリートはすぐに濡れて濃い色に塗り替えられた。
バシャッ。
音を上げて自分とすれ違った中学生には諦めの色が見えた。
中年の男性の手に似つかわしくない真新しいビニール傘。
二人の年齢と懐具合が覗える。
本当に切羽詰った金欠…というわけでもないがヨザックもコンビニで適当に傘を買ったりはしないだろう。
さて、どうすべきか。
濡れて帰ってくる彼の為にタオルと熱い風呂の準備をするか。
時計を確認したコンラッドは駅の方を振り返った。
ヨザックはその光景に、腕を掌で拭って床に向かって水をきった。
幸い、彼はまだ自分に気付いていない。
最後の抵抗と慌てて前髪を搾り、何事もなかった様な顔を作る。
改札の前辺りでヨザックに気付いたコンラッドは噴き出して明後日の方向を向いた。
肩が震えている。笑っているとしか考えられない。
何故だ?
「えーと、隊長?何してんすか?」
「ヨザ…お前、俺に気を遣わなくても良かったんだぞ?」
「え?なにがですか?隊長こそ傘持ってお迎えーなんていじらしいことして。」
「あぁ、そうだ、傘。」
まだ笑いを含んだコンラッドが傘を差し出す。
明らかに買ったばかりの傘にヨザックは瞬きをした。
家から持ってきたのではないのか。
手首にかかっている買い物袋はなんなのか。
どのタイミングで思いついてどのぐらいここに突っ立って居たのだろう。
バイトが終わるぐらいまで目の前のドトールに居た事を祈る。
触れた手は表面だけ冷たくて、内側は温かかった。
こそばゆい気持ちで開いた傘は真っ黒で大きく頼もしさを感じる。
陛下みたいな傘、と言うとコンラッドは目を細めた。
ヨザックも白い歯を見せてニッと笑う。
「相合傘で帰りますかぁ。陛下なら二人ぐらい余裕でしょう。」
「大事なユーリを雨避けになどするものか。」
「陛下は台風の日に興奮するタイプだと思いますけどねぇ。」
「そうだな。野球が出来なくて焦れる姿も思い浮かぶが。」
「アンタの弟君はここぞとばかりに陛下をモデルに絵を描くんでしょうねぇ。」
「ヨザック。」
「はぁい?」
「俺はお前が既にいくらか濡れていると思っていたぞ。」
「は?」
「前髪。」
「へ?あ。」
「搾りたてだな。」
くつくつと静かにスープが温まるような彼の笑い声。
手も肩も触れない距離にコンラッドがスッと納まる。
まとまった前髪を片手で梳いてヨザックは照れ隠しにヴァン・ダー・ヴィーア・音頭を歌った。
END
2007.08.03
まさかのお迎え次男でした。
やられたらやり返す!続かれたら続き返す!!(笑)