彼(か)に想い馳せ、誰(たれ)を待つ


「俺の大賢者が居なくなった?」
「はい。門の兵は猊下のお姿は見かけなかったと…。」
ウルリーケは小さな手を胸の前で合わせ、不安に顔を曇らせた。
初日にしか子供になってしまった大賢者には会っていないが
4つだという彼は小さく、何か問題に直面したときとても一人で解決出来るとは思えない。
何者かに攫われたのだろうか。
城の中でそのような事態が起こったとなれば、魔王の身も案じられる。
年齢の割に気弱な彼女に眞王は肩を竦めた。
城中の者を大騒ぎにさせる才能は大賢者ではなく
魔王の専売特許だったと思うのだが、類は友を呼ぶとも言う。
「そう案ずるな。あの城には俺が作った隠し通路がある。大賢者もそれは知っていた。」
「では、猊下はその通路から?」
「全ての道は城下に繋がっている。ウルリーケ。」
「はい。」
眞王の声に促され、ウルリーケは小さな大賢者の魂の輝きを探した。
近い。確かに彼はまだこの首都のどこかに居る。
僅かに落ち着きを取り戻したウルリーケは控えていた巫女に指示を出し
再び胸の前で手を合わせた。
「眞王陛下、どうか小さな猊下にご加護を。」
「大賢者に俺の加護は通じんぞ。」

クス、と眞王は笑った。
歳が離れているだけで大賢者が慈しんで庇う対象になろうとは。
一言で自分を黙らせていた双黒の大賢者が聞いたら
悪い冗談だと冷ややかに言い放つだろう。
ムラタケンはどこか達観しており、双黒の大賢者とはまた違った抑止力を持つが
それも昔の彼には程遠い。

ムラタケンは、シブヤユーリの為にある。

「あの魔王では、俺の大賢者も張り合いがなかろう。」
「…眞王陛下?」
「あぁ、今の大賢者のことじゃない。アイツはアイツで、気に入っているからな。」
敵わないことは知っていても顔を顰め、抗おうとする。
低く冷めた声は子供がムキになって背伸びをしているようにしか思えない。
彼はきっと自分が好きではないだろう。
だが、過去の者達を嫌う事は出来ない。報われなかった者を見捨てられない。
魔王である渋谷有利も。
全く、彼はシブヤユーリにピッタリのお人好しな大賢者だ。
「猊下はとてもお優しく、陛下を大切に思っていらっしゃいます。時折、こちらがお止めしなければならないほど。」
「そうだな。今の大賢者は少し、気負いすぎている。」
「4000年の時を経てようやく巡り会われたのです…無理もありません。」
「俺のお守りをさっさと終わらせたいのもあるんじゃないのか?」
「そのようなことは。」
「いや。それでいい。俺もそろそろあの世で大賢者と酒を酌み交わしたくなってきた。」
「…ユーリ陛下も猊下も、お酒は飲まれません。」
彼が仲の良い双黒の二人を見て懐古の情に浸かり始めたのかと
ウルリーケは切なげに目を細め首を傾けた。
眞王の声を聞くことに人生を捧げる言賜巫女にとって彼の消失は
生きる意味の消失だ。
縋るような瞳の言賜巫女に眞王は苦笑した。
自分の存在がなくなれば、人身御供のような役割に据えられる者も居なくなる。

「今はまだアイツとユーリで楽しむさ。子供に戻るなんてあの世でもなかなか見られまい。一度小さな大賢者を俺の所にも連れて来い。赤い悪魔の呪いは俺如きの力では解けぬだろうがな。」
「ふふ、眞王陛下はアニシナの本がお好きなのですね。」
「まぁな。さぁ、早く戻って来て俺を楽しませろよー。」

もう少し、いい酒を残して待っていてくれるか。
俺の大賢者。

4000年のときを過ごしている間に彼も丸くなったのか
歳の離れた大賢者と新米魔王を慈しみ庇わなければと思ったのか
歳を取る事を忘れ、ただただ自分の声に耳を傾ける彼女を
置いてはいけないと思ったのか
眞王は自分自身の変化を面白そうに笑って受け止めた。



2007.07.06

さんごさまから「努々、油断・・・」の眞王とウルリーケのシーンも読みたいです。
と鳩でコメントいただきまして、書いてみました。
書き起こしてみたら全く別方向に進んでしまい「小猊下関係ねぇ!!」な結果に!!
ごめんなさ…ッ!すいません…ぐあっ…orz
私は眞王を意地悪に書きがちなのですが今回は優しい眞王を目指しました。
タイトルは私が「黄昏」が「誰そ彼」からきてるっていうのが好きだったので
その漢字二つを何故か突っ込んでみただけです。意味はありません。