親の心子知らず
朝からヨザックの様子がおかしい。
手首のボタンを留めるのに少し手間取っただけなのに
驚くほど優しい手つきで僕の手をとって代わりに留めてくれるし
紅茶の種類をどれにするかの聞き方だってやけに甘ったるくて
童話の小さなお姫様にでもなった気分だ。
頼みごとでもあるんだろうか、と思って尋ねても何もないと言う。
何もないのにとろけそうな目で見つめられ続けられても居心地悪い事この上ない。
いつもなら差し出されない手をとって馬車を降り血盟城に入る。
するとどうだろう。衛兵が僕を見てふにゃりと顔を歪ませた。
残念なような、嬉しいような、ヨザックが今朝一番に見せた顔だ。
思わず首を傾げると、彼等は眩しそうに目を細めて何でもないと言った。
メイドさんもダガスコスも同じリアクションを取りながら僕とすれ違っている。
一体全体どうしてしまったのだろう。
知らない間に何かが変わったとしか思えない。それも僕に関する何かが。
考えながら探り探り廊下を歩いていたら渋谷とフォンビーレフェルト卿が前方に見えた。
「村田!」
渋谷が僕を見て駆け足になる。いつもならないことだ。
駆け寄る渋谷にフォンビーレフェルト卿もくっついてくる。
浮気者!という単語は聞こえない。むしろ彼も早く僕と対面したいという感じだ。
「おはよう渋谷。」
「おはよ。…身体なんともないか?」
「別になんともないけど…なんで?」
「いや!なんにもなきゃいいんだ!」
昨日も僕に会った渋谷が挨拶と共に身体の具合を聞いてくるなんて有り得ない。
その間、フォンビーレフェルト卿は僕を上から下へ嘗め回すように見て
最後にキラキラとした瞳で唇を噛み締めた。
なにやら感動しているようだ。
僕が訝しげな顔をしていることに気付いたのか、渋谷が彼を突付き
なんでもないとフォローを入れる。
「ヨザックも渋谷も僕に何か隠してる?」
「何もねーって!お前が元気で大きくなってりゃそれでいいんだ!」
これ以上伸びないとは言わないが、妙に親目線のコメントに僕は益々顔を顰める。
ただ頑なに皆がなんでもないと繰り返すので追求するのはやめた。
どうせそのうち誰かがボロを出して真実を知ることになるだろう。
居心地は悪いが僕に害がなければいい。
早々に諦めたがもやもやとした気持ちのまま仕事に入る気になれなかった僕は
溜息を吐いておかしな渋谷に言った。
「暇ならキャッチボールでもしよっか。」
僕としては何も不自然な点はなかったと思うのだが
ヨザックも渋谷もフォンビーレフェルト卿も目を見開いて固まってしまった。
「なんだよそのリアクション。」
「村田、今なんて?」
「え…だからキャッチボールしようって。」
「マジで?俺と?」
「渋谷とに決まってだろ。いくら僕だっていきなり谷繁元信とキャッチボールしたいなんて無茶言わないっての。」
「谷繁!?お前中日ファンなのか!?」
今更何を、と聞けなかったのは僕の肩を掴んだ渋谷の顔が
あまりにも真剣だったからだ。
勢いに押されてただ頷くと渋谷は唇をギュッと噛み締めて
頬を染めて小刻みに震え始めた。
先程のフォンビーレフェルト卿と同じく感動しているようだ。
「野球、好きになったんだな。」
「元から好きだよ。だから仲よくなったんじゃないか。」
「やった…っライオンズファンじゃないにせよやったぜ…っ」
「やんの?やんないの?」
「やる!!」
満面の笑みを浮かべた渋谷が中日の応援歌を歌いながら
僕の肩を抱いてくる。
そんなことしたらフォンビーレフェルト卿が、とギョッとした僕は
予想通り伸びて来た白い手に胸を掴まれた。
「誤解だよフォンビーレフェルト卿!僕が誘惑したんじゃないから!」
「……か。」
「な、なに?」
「僕と…何かをしたくはならないか。」
「何かって何?」
熱の篭った瞳で見つめてくる美少年に多少トキめきつつそう返すと
フォンビーレフェルト卿は眉を釣り上げた。
瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。
「この薄情者!!僕の方がユーリより何倍もお前を可愛がっていたと言うのに!!」
「うわっ!なんで揺さぶるのー!?」
「何でだ!あんなに愛情を傾けてやったのに!!」
「愛、なんて、君、ちょっ!」
「やめろよヴォルフーこれは野球が面白いから仕方ないことなんだってー。」
婚約者が爆弾発言を連発しているのにも関わらず
渋谷はデレデレと顔を緩ませて嬉しそうにしている。
ヨザックはほほう、と腕を組んで観察モード。
フォンビーレフェルト卿はひとしきり僕を揺さぶったあとに
泣きながら走っていってしまった。
「もー!なんなんだよーーーー!!!!!」
理由は分からないが彼を泣かせた罪悪感に打ちひしがれながら
僕は血盟城の真ん中で叫んだ。
2007.12.03
誰か言ってやればいいのにね。
小猊下を連日野球付けにしたら、影響が出ました。
大賢者育成計画、陛下は成功しました。