「猊下すんませーん。お待たせしやしたーん。」
「いいよ、僕も今来たとこだから。」

そのとき、渋谷有利は厨房で間食をしていた。
村田がやって来たのはついさっき。ヨザックが来たのはその三分後。
二十分前には一緒に居たと思われる二人が何故か時間差で現れ
ベタベタな待ち合わせの会話をしている。
村田が徐に厨房の窓を開いた。
次にヨザックが桟に足をかけて外へ出る。
窓の向こうからの手を待たずに大賢者様も同じように窓の桟に足を…。
「って待て!何してんの!?どこ行くんだ!?」
降り立った庭から二人は魔王を振り返り敬礼をした。

「愛の逃避行だよ。」



緩やかに繋がる恋と二人



 六月の空は快晴、淋しくないように雲がいくつか残された空は広く
端の方が灰色にならないその清々しさに村田は大きく息を吐いた。
思い出した親友の顔に込み上げた笑いで少し現実に引き戻される。

「いやー渋谷のあの顔ったら、今頃必死になってどうしようか考えてると思うねー。」
「帰ったら俺の給料上がってるかもしれないですねー。それとも長期有給休暇でしょうか。」
「あー…長期休暇に一票かなぁ。でも僕と旅立たれたらとか考えるかもよ?」
「この際結婚しちまいましょうや。新居はこの城下にして。坊ちゃんもそれなら安心でしょう。」
「いいねぇ、僕の生まれた地球ではジューンブライドって言ってみんな六月に結婚したがるんだよ。」
「ねぇ、グリ江のドレス観に行きましょう?やっぱり乙女は純白かーしらーん。」
「僕は真っ黒なのに?黒着なよ、黒。君は絶対に黒似合うから。あれ?これって僕色に染まれ?」

黒を無駄に連呼した村田は机の中央に置いてある大きなグラスに顔を寄せストローを咥えた。
ヨザックも喉が渇いたのかストローに顔を寄せる。
中央に向かって腰を折る二人は嘆かわしいことに
同じグラスから飲み物を飲んでいた。
面白半分で頼んだソレに恥ずかしさを感じたのが二分、吹っ切れて楽しめたのが五分。
その後、彼等は一つのグラスにストロー二つで飲むのに何の抵抗もなくなった。
美少年とマッチョの相合飲み、微笑ましいのか罪深いのか。
どう捕らえるかは個人の自由だが目に痛いことは確かだ。
ストローの先はピンクの透明なジュースで下の方からぷくぷくと泡が上っていく。
見た目だけなら、ドンペリ。

「これ美味しいね。毎日は無理だけどたまーに、疲れたときだけ飲みたい。」
「今お疲れってことですかぁ?逢引の最中にそりゃないですよぉ。」
「疲れを君のそのブンブン振られてる尻尾で癒してんの。」
「今更ですが自己紹介していいですか?獣と称されますが間違いなく人類のグリエ・ヨザックです。」
「幻影が見えるんだよ。耳とか尻尾とか、ヨザックほら、首撫でてあげる。」

よーしよしよし。
不自然な金の髪の少年が手を伸ばし太い首をこちょこちょと撫ではじめた。
くすぐったさにマッチョが首を竦め白い手を取り甘噛みする。
「こら噛むなって。」
「じゃあ舐めます。」
「こーらー。」
掌を本当の犬のように舐められた村田は快楽を誘うものとは違う濡れた感覚に素直に眉を寄せ
自分の服ですぐさま拭った。
その隙にテーブルに置いていた反対側の手が取られ
親指の腹が薬指の第二関節から爪をゆっくりと一定のリズムで撫ではじめる。
取られた手をそのままに村田は拭った手で頬杖をついた
これぐらいのスキンシップは日常であり、ヨザックにしても想いを込めて、という
大層な愛撫をしているつもりはない。

「次ドコ行く?」
「どうしましょうかねぇ…最近の芝居小屋は坊ちゃんのお話ばかりですし。」
「それはそれで楽しいけど逢引に来てまで渋谷じゃなぁ。」
「チキュウではどのような逢引を?」
「僕はー…魚が一杯居るある種の見世物小屋だったり遊技場だったり?」
水族館と遊園地も別の言葉に置き換えるとなんかあんまり楽しそうじゃないな、と
村田は言葉の奥深さをこんなところで実感していた。
村田と水族館に行ったのは有利であるが、経験値が低いと思われるのは男として癪なので
彼は恋の思い出というカテゴリーに無理矢理それを登録している。
ちなみに村田追いし亀山の話は、そのカテゴリーの中でもシークレット保存だ。
「見世物小屋ならありますよ。」
言いながら、移動の為に残りを飲み干そうとヨザックが再び腰を折ってストローを咥える。
ヨザックに協力して村田も腰を折りストローを咥えた。
二人の顔の距離はグラス一つ分。
「絶対に可愛くない見世物だろ。おどろおどろしいのとか。」
「お好きでしょう?」
なんでもいいからとりあえず動き出しません?というヨザックの心の声を
察知した村田は咥えていたストローをぐーっと噛んでから彼の頬を摘まんだ。
「恋する二人っぽくない!僕たち馴染み過ぎなんだよ!あの頃のトキめきはどこへ行ったのさ!?」
「出ましたねー坊ちゃんの唐突な熱血漢。」
「大体君今日一日僕を坊ちゃん坊ちゃんって!坊ちゃんじゃ渋谷と被るだろ!」
「だって敬称で呼ぶわけにもいきませんし?」
「僕をお嫁さんにするまで名前は呼ばないなんてウザい誓いは捨てろ!」
「グリ江照れちゃってダメなの。」
「ああじゃあムラタで妥協するよ。手でも繋ぎましょうかムラタ。全然トキめかないじゃないか!」
「俺も自分で自分を口説くのは無理ですね。全くトキめきません。」
「…手でも繋ぎましょうかムラタ、はい。」
「手でも繋ぎましょうかムラタ。」
「思ったよりいけるな。流石エロい声。」
吠えるだけ吠えたあと、ヨザックが棒読みでオウム返した一言で村田は簡単に折れた。
まだ底にあるジュースを急ぎめに飲み干して立ち上がる。
「ヨザ、見世物小屋、連れてって。」
「はいはい。さぁ、手でも繋ぎましょうかームラタ。」
「…。」
「どうしましたぁ?繋ぎたいんじゃなかったんですか?」
台詞の指定までしていた村田にいざ差し出された手は宙でそのまま待たされている。
ようやく持ち上がった相手の手が意外な場所に伸びて
ヨザックは思わずいつもの呼び方で彼を呼んだ。
「猊下ー?」
「本当に繋ぐとなるとダメだ。」
「はぁ?」
「町で手ぇ繋ぐのって照れない?」
困っているようだが楽しそう。
ふいに初々しい恋の表情をする村田に大人のヨザックは眩しい物を見るように目を細めた。
服の端を掴んだ彼が照れ臭い気持ちを振り切るように歩き出す。
くすんだ金の髪が揺れてテーマ曲の鼻歌が風に乗った。
色の濃いレンガのタイルを踏んでいく彼に最初の一歩だけ遅れをとり、すぐに大股で追いつく。
歩幅を合わせれば、馴染み過ぎた雰囲気が戻ってきて
村田は水族館の説明を始めた。



隣から伝わる温度にトキめかなかったことなど、ただの一度もない。



血盟城から派遣された駆け落ち者の捜索隊の力を借りて
二人が手を繋ぐのは、風が向きを変えるときに一瞬止む、その瞬間だ。





2007.06.16

10100HITの瀬高さま!リクエストありがとう御座いました!!///
城下町お忍びデートでしたのに全く人目を忍んでなくてすみません!!!
ストローふたつというコメントに非常に萌えてしまいましてソッチを強調したら
人目をはばからない二人になりました(爆)
眞魔国にストローあるのか?というツッコミは重々承知です…が…orz
あああああああ冗談を本気にする女で申し訳ありませぇえええん///
こんな作品を素敵ヨザケン作りの瀬高さまにお捧げしてよいのだろうか。
ですが…今の私にはこれが精一杯。
改めまして、リクエスト本当にありがとう御座いましたぁ!

吉田蒼偉