最後の覚悟10cm



夜に好きな子と居るというシチュエーションが、僕は結構好きだ。
車のライトに照らされる横顔だとか、明るいときに見るよりずっとドキドキして
冷たい空気が頬を撫でると自分の熱さに気付いて1人で急に照れ笑いしてみたり。
別れを惜しむ言葉は口にせずに、でも女の子の家の近くの電柱んとこで
なんとなく止まって少しだけ話す。
沈黙が一瞬入ったら、お互いにちゃんと家に帰らなきゃって思ってサヨナラと手を振る。

ヨザックの前に好きだった子との話。



人口的な明かりがないと、夜の深さと月の輝きを知る。
血盟城の灯りが届かなくなった道。
隣のヨザックとの会話は他愛無いようで、少しの緊張が走っていた。
嫌な物ではなくてあの日の塾の帰り道と同じ、
2人の空間に慣れないぎこちなさからの緊張だ。
男としてどうかと思うはにかんだ表情をしてしまっているのは
強張った顔の筋肉から自覚しているけれど、どうしてもくすぐったくて
それを誤魔化す為にたまに僕がする大袈裟なリアクションに君が笑う。
暗すぎて表情が見えないから声と空気から読み取った。

「ホントに暗いねー…日本は夜でも街灯が立っているからここまでにはならないよ。」

冷たい空気を吸い込んで、上を見上げると星と月が輝いていた。
埼玉だけど、住んでいる場所はそれなりに都会。
晴れた日でも空の色は淡く、端っこが灰色になっている。
夜でもそれは同じで、なんとなく、純粋な闇ではない。

「猊下は歩くときよく空を見てらっしゃいますね。」
「転ぶ心配ならしないでね。」
「それはそれで可愛いですけど。星や月がお好きなのかと思いまして。」
「んー普通かな。生まれたとこのより綺麗だから見ちゃうのかも。」
「チキュウの空は何色なんですかぁ?」
「一緒だよ。ただこっちの方が、空気が澄んでいて綺麗なんだ。」

チキュウの空は何色、だなんてヨザックは可愛いことを聞く。
でも異世界の空が何色かなんて考えたら確かに、一緒と胸を張っては言えないな。
記憶のせいだけじゃなくて僕は頭が硬いんだなぁともう一度空を見上げた。
こんなに強い輝きなのに僕達のところまでは届かない。
闇の中でそこだけが煌々と光って、曖昧な部分がない夜。
上を見上げたままの僕の前に障害物があったのか
ヨザックの手が腰に回って歩みを止められた。
お腹に回された手に視線を落とすと、やっぱり暗くてよく見えない。

「心配が必要のようですわん。」
「はは。ゴメン、いつも適当だよね僕。」

自分の歩みと合わないタイミングで止められたので、左足を僅かに後退させて
バランスを元に戻す。
そのときに響いた土の音が妙に耳に響いて、夜の静けさが襲い掛かってきた。

暗くて、静かで、誰も居ないところでヨザックと一緒。

突然に突きつけられた事実に、ビクッと心が竦む。
今ヨザックが何かしてきたらどうしようか。
僕達は付き合っていて、その関係にも大分慣れてきて、戯れの中で
触れることだって増えてきた。
そうしたら次は、僕があのとき思ったようなことをヨザックが思うに違いない。

手を繋ぎたいとか、抱き締めたいとか、キスしたいとか。
そういうことだ。
女の子じゃないし、来るならドンと来い!とは思っているけど
……ヨザがキスしようとしてきたら何て言おう。
可愛くはにかんでみせようか、男のプライドでキスぐらいへっちゃらなことを言おうか。
不安というよりある種の期待を込めたイメージトレーニングを隣の君に悟られないように
いつも通りを装う。
実はヨザックが人の心を読める超能力者で、この妄想を全部読まれていたら
すっごい恥ずかしいよな、なんていうことまで心配する。
キスする前に別れちゃったけど、あの子もあのとき考えてくれてたのかな。
そしたらあれだな、僕ってかなり肩透かししてたんだろうな。

一杯一杯なのに、されたくてたまらない。

眞王廟の灯りが2人を照らすまであと少しのところでヨザックが歩みを止めた。
僕も何の疑問も持たずにそうする。
4mぐらい進めば衛兵に見つかってしまう距離。
2人きりの境界線。

世界が違っても恋人って同じだよね。
あの電柱の下で、もうちょっとだけ一緒に居たくてさ。
そんなに重要じゃない話を、何故か続けるんだ。

でももう行かなくちゃ。
帰らなくちゃ、みんなが心配するよヨザ。

片方が思うと、バランスが崩れてそれが言葉の間に現れる。
2人だけの会話ではどちらかの躊躇いがすぐに伝わるものだ。

「…名残惜しいけど、行かなくちゃね。」
「…猊下。」



手が、伸びる。
していた筈の心の準備が無駄だったのか、僕は思わず一歩退いた。
血液が逆流しているような感覚に顔を上げられないほどの羞恥。

「ご、ごめん…なんか…………あー…これじゃまるで女の子じゃないか。」
「……猊下、もしかして。」
「わーっ言うなヨザック!それ以上僕のプライドを……っ!!」

抱き締められただけなのに、こんなに胸が苦しくなるなんて思わなかった。
昔の記憶なんて、今を生きる僕の鼓動に全然勝てやしないよ。
激しすぎる鼓動が苦しくて腕の中で身を捩る。

「嫌ですか?」
「違う、けど…。」
「緊張してますね。」

掠れた声で囁かれて、どうしようもない。
助けを求めて腕を上げ、力一杯ヨザックを抱き締め返す。
鼓動を押さえ込むように君が何も言わずに僕をキツく抱き締めてくれた。
胸の高鳴りが馴染んできたと思ったら
すかさずヨザックが腕の力を緩めて囁く。

「猊下、顔を上げて下さい。」

その意味が分かって、顔がカーッと熱くなる。
キスしたいから離れろって言うんだろ。

「ヨザ大変だ。恥ずかしくて顔が上げられない。あまりに女々しい自分が、自分で情けない。」
「可愛いですねぇ、アンタ。」
「なんとでも言ってくれ…からかわれても上げられないもんは上げられない。」
「…じゃあ強引にしましょうか?」
「ちょっと待て…覚悟を決めるから。」
「はぁい。」

そろそろと腕を外して、ヨザックの胸に額をくっつけたまま眼鏡の縁に手をかけて迷う。
キスするとき邪魔じゃないかな。
外したら視界が不安定になって、折角のキスがぼやけてしまって勿体無い。
野暮なことだって分かってるよ。
でも仕方ないだろ、初めてのキスは青少年の夢が一杯詰まってるんだ。

どうせ目を瞑るんだ。
眼鏡はなくていいか。

意を決して眼鏡を外す。
滑稽さを隠そうとしない僕の深呼吸の最中に
君が頭なんて撫でてくるから。

余計泣きそうになるだろ。

見上げた君の顔はぼやけていて、でも優しい顔してるのが分かった。
ゆっくりと降りてくる唇に心はついに麻痺して動きを止め
もう抵抗しようなどとは思わなかった。
近付いてくる君の顔がようやくハッキリ見えてきたけど
もう、瞳を閉じないとね。

ぎゅっと目を瞑って、10cmを待った。



2007.06.30

10000記念にリクエストして下さったゆうや様、ありがとうございました!!///
お待たせしてしまってすみませんでしたぁ!!!↓↑↓orzっ
リクエストは“キス寸前”という風に頂いたのですが何を間違ったのか
“キス寸前まで”の小説になってしまいました…あ、あれ…?
何度か白鳩便を飛ばして下さっているゆうや様へだ、やったるでぇ!
と気合を入れたら砂を吐く甘さになり……ももももも申し訳ありません!!!!!///
愛が入りすぎたちょっとアレなヨザケンですが『えーい!』とお捧げいたします!!
改めましてゆうや様、リクエスト本当にありがとうございました!
これからもよろしくお願い致します!

吉田蒼偉