嫌いだよ
シンとしすぎていて落ち着かない村田家でスタツアせずに
無事風呂に入り終えた有利は友人の珍しい行動に驚いた。
「何お前、筋トレしてんの?」
「ま、僕も、ちょっと、ね。」
「いいぞーお前も鍛錬を積めばきっと優秀なレフトになれる!」
「なんで、レフト?」
へっほへっほと腹筋をする村田に有利は満足気に頷いた。
控えは多い方がいい。あぐらの間に村田の脚を挟むようにして座り
足首を持つと村田が一度だけ頭をぶつけようと大きく起き上がった。
それをよけ、笑って肩を押すと村田が慌てて踏ん張る。
「何回やんの?」
「とりあえず、50回、ずつ、で、はじめた。」
「ふーん、腕立ても?」
「側筋、も。」
「背筋もやろうぜ、脚持っててやっから。」
「ん、あんがと。」
にこ、と村田が笑って14、と言う。
15、と数を引き継いで有利は足首を持つ手に力を入れた。
細いというか、骨っぽい。
一週間かそこらしか間は開いていなかったのだが顔を合わせたときに
痩せた、と自分が思ったのは間違いではなかったらしい。
腕や腹の筋肉が変わったところで服の上からは分からないし
一週間ではまず贅肉がとれるだけだろう。
元から細かったのに、まだ削ぎ落とせる肉を隠し持っていたのか。
「でもなんで急に筋トレ?マジでメンバーに入ってくれんの?」
面倒臭がりな村田がストイックに身体を鍛えるなんてどうにも分からない。
今までどんなに言っても流されていたのにどういう心境の変化だろうか。
ずれてきた脚を脚で抱え直し当然の疑問を口にした。
「ち、がう。僕も、守られてばっかは、って、おもっ……ぃてっ。」
急に脚が宙に浮き、村田はフローリングに強かに背中をぶつけた。
視界に影が差して見上げると有利が不機嫌そうに自分を見下ろしている。
手首が押さえつけられいるのを見て彼は微笑んだ。
「ムラケン貞操の危機?」
「お前は守られてろ。」
ぐっと手首を捕えている手に力を込められ思わず眉を潜める。
有無を言わせない空気ではあるが、村田は静かに抵抗した。
「こういう状況になったとき自分で身が守れないと困るだろ?」
「今までずっと当然のように守られてきたクセに、ヨザックとそうなった途端鍛え始めるなんておかしい。」
「…ストレートだね。」
「だってそうだろ。」
有利があまりにも真っ直ぐ自分の瞳を見てくるので、
村田は居た堪れなくなって目を反らした。
ますますムッとなっても自分の言葉を待ち続けている彼ともう一度目を合わせる。
「渋谷。」
「俺には守られる事に慣れろって言ったよな。お前も大賢者で、守られる立場だろ。」
「ああそうだよ、僕だって戦場に出るほど鍛えようと思ってるわけじゃないさ。」
「じゃあなんだよ。恋人になった途端、自分の盾にはなるなって言うのか。」
「今までだってヨザックに盾になれなんて言った事はない。いつも君を、魔王を優先、とは口が酸っぱくなるほど言ってきたけどね。」
「でもヨザックに言うんだろ、これからは自分の身は自分で守れるように頑張るって。」
「…渋谷。」
溜息混じりに、分かってくれとでも言いたげな村田の呼びかけを
有利は決して聞き入れてやるものかと思った。
折角村田に息を抜ける場所が出来たと思ったらコレだ。
大切になった途端、内側に入らせまいと壁を作る。
村田を守る、とそれだけがヨザックの全てではないけれど
生きる意味の1つなのは間違いない。分かっていてそれを取り上げるのか。
眞魔国の為の任務なら涙を飲んで命令するクセに。
自分の盾になることだけは許さないと言うのか。
大変なエゴだ、ヨザックにすれば村田の為の方が命を厭わないと言うのに。
「俺、村田のそういうとこ嫌いだ。」
腹筋をしていたせいでトクトクと早く動いていた心臓が落ち着きを取り戻し
背中に当たる床を痛いと思う。
有利が眉を潜めたのは、自分にも命をかけている者が居るせいだろう。
矛盾する立場と思いを胸に抱えてもなお、自分を咎める友達が村田は好きだ。
「僕は、渋谷のそういうとこ、好きかな。」
「お前ムカつく。」
「うん。」
「マジでムカつく。」
「うん、ごめん。」
「いくら腹筋6つに割ったってレフトにはしてやんねぇ。」
「だからなんでレフト?」
「ヨザックはずっとお前の護衛だ。もう一生、名誉監督並に一生。」
「……どうしても?」
「大体お前、眞王廟から全然出てこねぇじゃねぇか。」
「酷いな、これでもちょくちょく城下に降りたりしてるんだよ。」
「村田。」
「…うん。分かってるんだ。ヨザックにだってそんなこと言うつもりなかったし。」
ぐっと、村田が腕に力を入れたので有利は手を離した。
額に当てた村田の拳が僅かに震えている。
「渋谷…実は僕、欲求不満なんだよね。」
何を思ってか分からないが、その拳を見つめ続けていた有利は
薄く笑ってそう言う彼の手首を再び掴んで自分側に引いて起こした。
憮然とした表情のまま元の体勢に戻った有利が言う。
「じゃあやれよ、発散の為に筋トレ。次は、俺の脚お前が持つんだぞ」
そして村田は腹筋を再開した。
2007.09.03
村田は近付いて大切になると簡単に甘えられなくなったりすると思います。
うちの村田の大半は甘えまくりですが(苦笑)
有利は、ときにとても融通の利く男だと思います。