隠し事


濡れたせいか寒い。
掌で腕を摩りながら村田はよれてしまった手紙を眺めていた。
開けてもきっと中は滲んでいると思うが読まずに捨てるのは気分が悪い。
例え、返事が決まりきっていても、だ。
頬杖をついて唸り声をあげても手紙を貰う前には戻れない。
自分に素早い反射神経が備わっていれば突き返すことが出来ただろうか。
手紙というレトロな手段を使う女子が居るとは思わなかった。

…開けてみようか。

手をかけ、迷い、意味もなく上に翳し透かしてみる。
村田君へと書かれた可愛らしい字になんとなく顔が熱くなった。
同じく顔を真っ赤にして走り去った彼女のくれたコレが不幸の手紙なわけがない。
告白とまではいかなくともお友達に…とかでメアドぐらい書かれている気がする。
というか絶対にそうだと思う。
初めてこういった類の手紙を貰った村田は対応に困っていた。
ヨザックと付き合っている為、相手のいいように承諾することは出来ないが
正直かなりトキめいた。
女の子からの初めての告白、という部分がトキめいた理由の大部分であるが
彼女が凄まじく村田の好みのタイプだったことがいけない。

ヨザックが居なけりゃ絶対に付き合ってたよな。

ヨザックはヨザックで、優しく頼もしく、時折見せる情けない顔を可愛いと思うこともあるが
女の子の可愛らしさとは別物だ。
あの守ってあげたくなる感じは筋肉隆々のお庭番では到底出せない。
女の子を守りたいというのは男の本能だ。基本性質だ。
そう、決して心動かされているわけではない。
まだこの手紙がそういった類のものと決まっているわけでもないのに。

「よし、読もう。断るにしても貰っちゃったからには読んだ方がいい。」

濡れて破れやすくなった手紙を慎重に開き中身を取り出す。
最近のボールペンは耐水性が主流だがやはり滲んでしまっている。
村田君の体臭が酷くて耐えられませんなどと書かれていたらという
無駄な心配は当然無駄のままに終わった。
そこには予想通りのことが丁寧にくすぐったく書かれてある。
分かっていたのに顔が緩んでしまう。

「渋谷に自慢したーい。」

鈍感なだけでモテていることに気付かない腹の立つ友人に
手紙という形になったこの好意をひけらかしたい。
ヨザックが居るのに、という彼の言葉が浮かんで村田は慌てて頭を振った。
そうだ、喜んでいる場合ではない。
断り方を考えなくては。
メールアドレスが書かれている。メールでごめんなさいと伝えようか。
…メールが届いたとき、一瞬期待させてしまうだろうか
件名をごめんなさいにするのはあんまりな気がする。
会ったときに言おうにも彼女の周りには友達が居て、一人だけ呼び出したら
それこそ期待させてしまうかもしれない。落胆具合がどうなるかが怖い。
やっぱり貰ったときすぐに付き合ってる人が居ますと返すんだった。
それが一番スマートで後腐れなかった。
手紙を読む事によって彼女の想いが余計に胸に迫って
今度は断るのが可哀相になってきた。
これ以上この滲んでも可愛らしい文字を眺めていてはいけない。
気合を入れて手紙を封筒に戻し机の端っこへと、なるべく遠ざけて置く。
机に顎を乗せ、次に額を当て、頭を抱えて唸る。
4000年の記憶を検索中。
異性に好かれるタイプも、振られるタイプも4000年あれば検索し放題。
ただその例が自分に適するかと言うと、難しい。
時代背景、相手、自分のキャラ的な問題を考えると
村田健の問題は“村田健“で対応するしかないという答えが出る。

「ウェラー卿に聞いても…参考にならないよなぁ…絶対に。」
「隊長に何か御用ですかー?」
「うわぁっ!!」
「おっと。なーにやってんですか、意識手放しまくりで。」

ガタン、と大袈裟な音を立てて椅子が倒れる。
一緒に落ちかけていた村田はヨザックに腕を掴まれ引き上げられた。
手紙の方に目を向けてから慌ててヨザックの顔に視線を戻す。
このお庭番の前では目線一つが命取りだ。
「き、君いつから部屋に居たの?」
「さっきですよー、机で頭抱えて突っ伏してるから具合が悪いのかと思って心配しちまいました。」
「僕何か言ってた?聞いた?」
「何かお悩みでも?隊長に相談はオススメ出来ませんけどね。」

肩を竦めた彼はそれ以上問わず眉間を指で突いた。
突っ込まれたくない事を察しているのだ。
その優しさに村田は唐突に胸がキュンとなる。
自分は気が多いのだろうか?
「うー…。」
目の前には筋肉、無駄に素敵な筋肉。
柔らかくないしパフパフも出来ないが無償に埋もれたくなるときがある。
大胸筋に額をぐりぐりと押し当ててヨザックの匂いを吸い込んで吐き出す。
「キュンとくるー…。」
「猊下もついに筋肉の魅力に気付いたようですねぇ?」
「理性と本能ってことか…いや、そんな即物的な物でトキめいているわけではない。」
「お気を確かにー。」
がしがしと少し乱暴ともとれる強さでヨザックに後頭部を撫でられる。
濡れた髪を散らして乾かそうとしているのかもしれない。

華奢で細い指はそっと握ってあげたくて
ごつくて太い指には強く繋ぎ止めて欲しい。

「…。」
「今度は鎮まり過ぎじゃないですか?」
「ヨザック、僕は欲深き人間だ…。」
「知ってますよそんなのー陛下も巫女さんも本も仕事も最後に俺も欲しいんでしょー。」
掠っているようで掠っていない。
それらはジャンル別の1位で比べられないから並べているだけだ。
この問題は同じ恋愛というジャンルでのせめぎ合いなのだ。
「………いや、それ以上に。」
「まだどなたか?隊長はやめて下さいねー。」
こめかみに温かな唇が降りて額や耳の付け根で遊びはじめる。
眼鏡がヨザックにあたりずれた。
自分が手を出すより先にヨザックが素早く眼鏡を外しキスでそれた意識を引き戻す。

これ…僕がする側のときって外してからすると間抜けだよなぁ。
世のドラマはもっと眼鏡男子を主役にすべきだよ。
コンタクトになんかするんじゃない。イケメンも眼鏡を愛せ、おぎやはぎのように。

「…猊下、何を考えていらっしゃるんですか。」
「ぅえ!?」
「上の空でしたね、キスしながら。」
「やだなぁ、久し振りだからちょっとポーっとしてただけだよ。」
「怪しいわ、唸ったり急に抱きついたり欲深いなんて言ったり。」
「ギクッ!」

今ヨザックが背を向けている方にある手紙を気にしてはいけない。
このまま誤魔化しつつ離れたベッドへ雪崩れ込んで
次の朝、落ち着きを取り戻してから「ん?それ?それは地球の魔王からの指令書。」と
流してしまうのがいい、そうだ。そうしよう。

「げーいーかー。」
「な、なんだよその目は、君は僕を疑っているのかい?」
「はい疑ってます。浮気ですか、どなたかに誘惑されましたか、何か隠してますか。」
「してない、されてない、ムラケン何も知らない。」
「嘘!正直におっしゃい!!」
「ええい、煩いわぁ!!」
「きゃん!あ…っ猊下。」
「………もう片方を出してくれるねグリ江ちゃん。」
「猊下、お分かりなの?それって求婚の儀式よ?」
「君が僕の愛を疑うなら仕方ないだろう?これで信じて貰えるかい?」
「いいえ。」
「何その返し!酷くない!?」
「ますます怪しいですね…。ここは俺流の拷問で真実を吐かせて差し上げますよ。」



ギラギラと光る獣の瞳に、痛いばかりが拷問ではないと知る16の夜。
凄かった。気持ちいいって凄かった。
口を割らなかった自分を褒めてやりたい、割ったらこの気持ちいいの
終わっちゃうのかなぁとか思ったなんて、いやそんな、でも、
ほんとすんごい気持ちよかったんだ。
あれなんだろう。お庭番って凄いなぁ。なんていう技なんだろう。

もう僕は淡い恋愛じゃ満足出来ない身体か。



痛む腰を押さえ灰と化した村田はすっかりアブノーマルになった自分に当たる
朝の陽射しと爽やかな風が痛くて瑞々しい恋に別れを告げた。



2007.08.30

走り書きを訂正せずにUPする間違った勇気。
間違った勇気だけなら百枚以上手札にあります。