並んで
「眞王様と?」
眞王廟の門番に猊下の所在を聞いた任務帰りの俺は゛どうもー゛とだけ残して
いそいそと女ばかりの眞王廟の廊下を急いだ。
猊下とそういう仲になったのは一ヶ月ばかり前のこと。
俺があれだけおおはしゃぎしたのにすぐ国外調査に飛ばす上司に悪態をつきながらも
嫌がる猊下にいってきますのキスをしたのが記憶に新しい。
帰ってきたらおかえりのキスをして貰おう、どうにか説得して。
と意気込んでいたが、眞王様とお会いになったあとではどうかなと思う。
いやーねぇー、猊下は関係なくとも魂的には元彼なんじゃないのー。
とか疑っていたりいなかったり。
角を曲がったところで丁度眞王様と話し終えたらしい猊下が出て来た。
随分年上の乙女が瞳にお星様を散らして猊下を見上げている。
それに応える猊下の笑顔がキレイすぎてやっぱりなぁと内心溜息を吐いた。
「猊下。」
「ヨザック。」
まだ俺の存在に気付いてらっしゃらなかったので廊下の端から声を上げ片手を挙げる。
猊下は視界に俺を捕らえると大きくて丸い目を余計に大きくしたあと
ふわりと笑顔を咲かせた。
「じゃあねウルリーケ。」
挨拶もそこそこに駆けて来る猊下に俺の方はゆっくりと歩み寄った。
目の前で止まると猊下は一ヶ月前に変わった関係が照れ臭いような顔をしている。
「おかえり。思ったより早かったんだね。」
「えぇ。猊下に逢いたくて頑張っちゃいました。てことでそんな頑張り屋さんの俺はおかえりのキッスを所望します。」
「お帰りのキック?ヨザは本当に変態なんだから。」
けたけたと笑いながら猊下が俺のふくらはぎに蹴りを入れた。愛が痛い。
「もー。苦しいですよーその聞き間違いは。」
「おかえりのキスなんてこっ恥ずかしいこと出来るわけないだろ?」
言いながら猊下はプー閣下よろしく腰に手を当ててふんぞり返って見せた。
「ただいまのキスならさせてあげてもいいけど。」
何の勝負なのかは分からないが勝ち誇った顔をしている。
自分もその様に負けたと笑って頬にただいまのキスをさせて頂いた。
幸せだなぁを表情に出したら猊下は俺の苦手なキレイな笑みを浮かべて
自室へと足を向け歩き出した。遅れを取らないように俺も足を進める。
「猊下、今日のお仕事はもう終わりで?」
「それは僕がキミに聞くんじゃないの?」
「すんませーん。引継ぎしないで直で来ましたー。」
「まだ部屋に残ってるよ。面倒なのは済ませてあるからあとはサインだけ。」
「だけって何枚ぐらいです?」
「ん、そうだなざっとイナバ物置に乗れる人数だね。」
「チキュウの言葉で誤魔化さないで下さいヨー。今日はもう終わりにしませんか?」
「仕事に私情は挟まない主義なんだ。どうせ明日は休みなんだろう?」
「俺が猊下とイチャつきたいからじゃないですよん。」
分かってるクセにぃ、と腰をくねらせると猊下は少し迷った。
猊下はとても頭がいいので意地を張るのも通り越してしまう。
「うーん、ごめん。どうしていいか分からない。確かに僕も今はなんかキミに甘えたいなーってのがないわけじゃない。でもその甘え方が分からないんだよね。」
自分の立場ももちろん考えるが俺との関係を考えると意地を張ったり
隠し立てするのはどうかとか色々考えた末の猊下の返しがコレだ。
とても素直で分かりやすい。
暗にして突いた不安定な部分は否定されなかったがやはり言いたくない、
言えないということだろう。
人の上に立つ事に慣れた彼は自己抑制の仕方をよく知っていた。
自然と身に滲み込んでしまっていてそれを無理することなくやってのけている。
俺に言っていい範囲を違う事無く自分で見極めてしっかり線引きもされていた。
頭が良すぎて、さらに優しすぎるのはときとして考えものだ。
甘え方だけを誰からも教わらずにここまできてしまったのか。
甘え方なんて俺も知らずに育ちましたけど、猊下は優しすぎて厭味も毒も愚痴も吐かないんですもん。
誰にも当り散らさずに全部自分の中に仕舞ってしまう。
ストレス発散とばかりに女装にも走らないし。
「ちょっと疲れたってだけ言えばいいんですよ。ギューってされたい気分、とかも大歓迎です。」
眞王と会うと大賢者と村田健の境界線が曖昧になって不安定になる。
というのを皆まで言わせたいわけじゃない。
聞いてくれと言うなら聞くが、それを望んでいないことは明白だ。
俺の言葉を受けてきょとんとした猊下は何かに納得してなるほど、と頷いた。
がりがりがり…と猊下の心で境界線が引きなおされる。
これこれこういうことで疲れた、の原因と結果の間にだ。
腕を組んで考えたあと、彼は自室への歩みを再開した。
その足取りは先ほどより軽い。
「ヨザック、僕はやっぱりサインをする。仕事を放置したままだと気になって逆に心が休まらないからね。」
「さいですかー猊下も閣下と同じ仕事中毒なんですね。」
「ただ静寂の中で黙々とはしたくない。だからキミの話を聞かせてくれ。」
「俺の?今回の任務のですかぁ?」
「それでもいいし、くだらない話でも構わない。そうだなー…ウェラー卿の女遍歴とか。」
「死ぬ気で話さないといけませんねぇ。隊長は神出鬼没ですから。」
「じゃあキミのでも構わないよ?あ、グリ江ちゃんの男遍歴でも。」
「やだ猊下!グリ江の心はもう猊下だけのものなのに!」
「キミの声を聞いてるとなんだかほっとするんだ。」
隣ではなく、斜め後ろを歩いていた俺を猊下が振り返って笑った。
「並んでくれないかな。」
満面の笑みでも、はにかんだ笑みでもない。
ただの呼びかけの声が少しだけ弾んでいるその新鮮な甘え方が
どうしようもなく可愛くて、大股で一歩進んで主従の距離を詰めた。
2007.02.25
まだ少し遠い二人が書きたかったのです。徐々に詰めていけばいいなぁと思います。
目指せ!とても真面目でつまらん普通の猊下!が第二コンセプトです(何故)