メロディー


 「ねぇユーリ、ユーリがヴォルフと結婚したいと思った決め手は何?」

おしゃまになった女の子が聞きたがるお父さんとお母さんの
馴れ初めストーリーを要求された有利は嘘を吐こうかどうしようか真剣に悩んだ。
今でこそヴォルフラムが必要不可欠な存在になった有利だが
求婚は礼儀を知らずに頬を叩いたうっかりミスでしかない。
うっかりミスからうっかり惚れられてうっかり行動を共にするようになり
うっかり友情を深め合っている内に気付けばうっかり自分も惚れていた。
などとどの面下げて娘に告白せよと言うのか。
恋愛ではきちんとした段階を経てヴォルフラムが言う所の
尻軽な女の子になってはいけません。と教育したい父にとって
自分とヴォルフラムの経歴はあまりにもうっかりだらけである。
もちろん有利とて本当に意志なく流されたわけではないのだが
一つ一つを摘み上げていくと勝手に添い寝をしに来るヴォルフの寝顔に
ある日、急に愛しさが込み上げ云々…なんてとても言えたものではなかった。
好きでもないのに寝起きを共にしていたなんて…嗚呼、尻軽。
自分がへなちょこでヴォルフの男らしさに云々…は父の威厳に関わるので言えない。
期待に胸を膨らませている娘に口元を引き攣らせ有利は話を摩り替えようとグレタに聞き返した。

「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「えー…と、男性は相手のどんなところに惹かれるのかなぁーって。」
「へ?」
「ユーリはヴォルフのどこが好き?」
「ど、どこって…。」

これが根っからのフェミニストであったりキザ(死語)な男であれば別だが
生憎、父は野球少年だった。
いいヤツだし可愛いし…と言うのが精一杯で年頃の娘を満足させる答えには至らない。
望むような返答を父が出来ないと分かったグレタは
お優しくも質問を変えて核心へと父を誘導し始めた。
ただ、いくらマセていてもやはり子供。
彼女の目当てがマル分かりの露骨な質問に有利はヴォルフラムの名と
あの人物の名を叫ぶことになった。

「ムラタはどんな女の子が好きか知ってる?」



「…何故…俺は、俺はまだお父さんと結婚したいとか、そういう…っ。」
「気をしっかり持て!ここはお前と僕でどうにかしなければならんのだ!」
「グレタとムラタは結婚しちゃダメなの?」
「「ダメに決まってるだろ!!」」
黒と金のスピーカーが見事にステレオで発言した。握り拳までお揃い。
「なんでー?ユーリとムラタは友達でしょ?ムラタは悪い人じゃないよ?」
「まずお父さんと同い年の人と結婚しちゃダメなの!!」
「ユーリのお父さんはヴォルフより年下だって…。」
「うっ!!」
それどころか、祖父もヴォルフラムより年下だ。
娘のストレートを喰らいよろめいたへなちょこ捕手に
すかさずわがままピッチャーヴォルフラムが立ち上がった。
「あの男のどこがいいんだ!剣も持てないし一日中眞王廟に引き篭もっているような軟弱者ではないか!」
「優しいし面白いし頭がいいし、ユーリと一緒で凄くカッコイイし、魔力があるからグレタが将来罠女になったときグウェンみたいに協力して貰えるでしょ!」
「優しくて面白くて頭よくて超絶美形で魔力がある…くそ!どこから攻めればいいんだよ!」
優しくないし面白くないし頭悪いしカッコ悪いし魔力がないぞ、という
ダイナミックな切り替えしはいくら娘の心を取り返すためでも無理がある。
有利もほぼ同意見だからだ。
超絶美形というのは眞魔国ならではの評価だが地球に置いても
村田健はそんなに悪い顔ではない。
「お前は大賢者の腹黒さを知らないからそんな風に間違った感情を抱くんだ!男は見目が全てではないぞ!」
最上級の見目で得してきたヤツが言うとまるで説得力がなかった。
ぷーっと頬を膨らませたグレタが未開の腹黒さを追求する。
両親はコレコレこういうことがあって結論として彼は腹黒い、という
分かりやすい事例を持っていなかった為この球はたちまち無効となった。

いっそ言ってしまった方が良いのだろうか?

彼は、マッチョのヨザックとデキている、と。

娘の淡い恋をそんな形で踏み躙れと?
マッチョのヨザックで踏み躙れと?
ヨザックは決して悪い人間ではないが…マッチョで踏み躙れと?
マッチョで傷付けろと?
いや、逆にこれは道徳教育をするよい機会ではなかろうか。
世の中には色んな趣味の人間が居て、例えば男でもマッチョのヨザックに
抱き締められたいと思ったり腹黒大賢者にパシリにされたいと思うのは
個人の自由で誰に責められるものではないと。
君たちはおかしいと頭ごなしに否定したり差別的な発言をしてはならないと。
しかしながら、失恋を突きつけられた少女がそんな話を大人しく聞いて
勉強になったと思うだろうか。
思わない。自分なら絶対に思わない。
娘を傷付けられないという甘っちょろい親心からぐるぐると迷っていると
漫画みたいなどうかと思うタイミングで、噂の彼が現れやがった。

「渋谷ー。」

ナイス&バッドタイミング。

煩くないノックにいつも通りの緩い呼びかけ。
グレタの瞳がぱっと輝き膨らませていた顔はすぐさま元の可愛らしさを取り戻し
特に乱れていない髪の毛をちょいちょいと整えはじめた。
出来ることなら居留守か「帰れ、娘に近付くな。」と雄々しく言い放ってやりたい。
グレタのキラキラオメメに勝てれば。
「…うっ…ああもうっ!!!かかってこいや村田ぁ!!!!!」
「僕の屍を越えていけぇえ!!」
「はぁ?なんで二人して僕と闘う構えなの?やぁ、グレタ。おかえり。」
ヨザックを後ろにくっつけて入室した村田は臨戦態勢の二人に首を傾げた後
グレタに向かって微笑みかけた。
この世で最も美しい漆黒の髪に漆黒の瞳。
有利とはまた違った輝きを放つ瞳が優しく細められると、グレタの胸がきゅんとなる。
睨みをきかせている両親の間をすり抜けてムラタに駆け寄りただいまを言うと
彼は膝を突いておかえり、と言葉を重ね天然を炸裂させた。
「少し見ない間に随分と大人っぽくなったね。あんまり素敵になると渋谷が外に出すのを躊躇うようになってしまうよ。」

これがすんなり言えればユーリと結婚したいは存続していただろうか。
少女の望む賛辞を難なく捧げられる村田に彼が丸焼きになれそうなほど
コノヤローのビームを送った。
ああいう台詞が吐けるようになりたいかと言われれば、NOであるが。

想い人からの賛辞に気恥ずかしそうに頬を染めたグレタへ
村田は更に天然を炸裂させた。
「僕からのプレゼントを受け取ってくれるかな?」
「プレゼント?」
「この前ヨザックと街に出たときに見つけてね、グレタに似合うんじゃないかと思って…。」
そっと取られた小さな手に村田が乗せたのは髪飾りだった。
石の輝きからオモチャでないことは確かだが、値の張り過ぎた物でもない。
装飾も落ち着きのある中にどこか可愛らしさが感じられる
レディーへの背伸びを始める年頃のグレタには嬉しい一品だ。
グレタには。両親的には、お願いだからやめて欲しい。
「ありがとうムラタ!」
「喜んで貰えて良かった。でも、グレタももう子供じゃないから装飾品も自分の好みが決まってるよね?持っている服には合いそう?」
「うん!でもねムラタ、ムラタがくれた物ならグレタ何でも嬉しいよ!」

それは恋のせいデスカ。
村田は普通に話しているのだがグレタの方はジャマなんてしようものなら
目からビームを出してきそうなほど恋する乙女の顔になっていた。
野球部で一番人気だった同級生と女子が話していたときに
うっかり割って入ってしまったときの、あの女子の顔をされたらどうしよう。
「どうしようヴォルフ!突然眞王廟に花嫁修行に行きますとか言われたら俺どうすればいいの!?」
「そんなことは父である僕が許さん!」
流石、男前の婚約者。
二人の横に仁王立ちをするとこめかみに青筋を立てた美少年は
グレタの肩に手を置きキャンキャンと吠え立てた。
「オイ大賢者!僕とユーリの娘を誑かすのもそれぐらいにしろ!!」
「!!!やめてよヴォルフラム!!」
きょとん、と目を丸めた大賢者は男前の父親の後ろで頑張れヴォルフラムと
人任せになっているもう一人の父親の姿を確認し苦笑してから立ち上がった。
「可愛いから心配するのは分かるけど誑かすってのはどうもなー。そんなに簡単に女性を誑かせられたら僕は眞王廟なんかで生活してないよ。ねぇ?」
「俺は誑かされたクチなのでどうとも言えませんけどぉ?」
蔑ろにしていた護衛に助言を求めると意外にも彼は明後日の方向を向いた。
恋人の関係にある人物の言葉として間違ってはいないが
二人の関係を知らない子供を前にしてその言い方はどうなのだろうか。
思わずヨザックの名を呼んで咎めるとお庭番は口笛を吹きながらそっぽを向くという
古典的な誤魔化し方をやってのけた。
ヨザックから発せられるピリピリした空気にヴォルフラムが眉を潜める。
「ヨザックもムラタが好きなの?」
「えぇ好きですヨ。“も”ってことはお姫様も猊下が好きなんで?」
「ヨザック。」
グレタが自分をどう思っているかは把握出来たが、村田は再度ヨザックを咎めた。
返答に困る質問をするなんて子供相手に大人気がない。
先程より棘のある村田の声にヨザックは両手を顔の横で合わせシナを作った。
「いやーん、猊下がこわーい。」
棒読みだ。大人気ないを通り越して情けない。
グレタは可愛い、大人になれば心優しく魅力的な女性にもなるだろう。
が、しかしそのときまでグレタが村田に好意を抱き続けている確率はゼロに等しい。
両親はどんなに好きでも両親なので恋愛対象にはならない。
コンラートとヨザックは魔力がないので対象外。
グウェンダルは年が上過ぎるので対象外。
王佐に至っては論外だ。
無意識に行われた消去法で想いを寄せられたことぐらい村田はお見通しだった。
ただし、この恋が軽い物だとも思わない。
自分が小さい頃にしていた恋も振り返れば浅くはあったけれど
子供なりに精一杯相手を想っていたと思う。

時の流れに任せ、風化させようか。
好きな人が居ると匂わせてみようか。

一過性のものと分かっているなら、今断ち切ることもない。
楽しい恋のままにしておこう。
足長オジサンみたいでなにか楽しい。

「何をへらへらしている!グレタによからぬ思いを抱いているのではなかろうな!」
「よからぬねぇ…天気がいいから一緒に散歩でもって…。」
「「それなら父もついて行くぞ!!」」
「あ、俺も護衛なので付いて行きますよー。」
子供の恋ぐらい笑って付き合ってやればいいのに。
このような過剰反応の者ばかりに囲まれていたのでは消去法でなくても
自分しか選びようがないのかもしれない。
渇いた笑いを飲み込んで比較的大人の村田は小さな姫君にお伺いを立てた。

「姫、僕と城下へ出かけませんか?」

優しい響きのそれを受け取った彼女は少し考えたあと村田の服を引っ張り屈ませると
耳元でそっと囁いた。

「…ムラタはヨザックのどこが好き?」

女の子は生まれたときから女で
男はいつまで経っても男の子。
たった少しの糸口でもそれが恋に関することなら女性は
かくも敏感に察する事が出来るのか。
驚きに何度か瞬きをしてから大賢者が照れ臭そうに笑って耳打ちを仕返す。

「そうだな…何よりも僕を想って優しくしてくれるところかな。」
「マッチョが好きなんじゃないんだね。」
「うん。僕は中身重視だから。」
「そう。じゃあグレタ略奪出来るように頑張る!」

ぎゅっと自分の手を握りグレタはチラッとヨザックを見上げた。
完璧な女の表情に大人気なくしていたヨザックも一瞬目を丸めて
何とも言えない顔で頭の後ろをかいている。

4000年の記憶から三角関係は気持ちのいいものじゃないと思っていたのだが
なんだ、形によっては結構気持ちいいなと
小さな恋のメロディーに乗せて愛の溢れるデートへと繰り出した。

2007.05.13

誰もが一度はやってみたいネタシリーズ(?)。
グレタの恋の相手が村田、もしくはコンラート。
いやこれも一度はね!どんな形でも一度は!!!(笑)