「はじめまして」


 ノックもせずに部屋に入ってきたお庭番を、
その部屋の主は咎めもせずに目を細めて言った。
悪戯に煌く漆黒の瞳に付き合って、はじめましてのメイドは頭を垂れる。

「はじめまして猊下、今日から猊下の専属メイドになりましたグリ江と申します。」
「よろしくね。グリ江ちゃんは使用人のお仕事は初めてなのかな?」

部屋に入るときにノックをしなければならないのは、使用人云々以前のマナーだよ。

村田がゆっくりと椅子から立ち上がり、部屋の中央にあるソファーに座りなおす。
彼−否、今は彼女−の持っているお茶を自分に薦め易い様に仕向けたのだ。
主の優しさに新人のメイドは頬を染め、小さな机にティーセットを置く。

「申し訳ありませんでした、以後気をつけます。」
「可愛いお嬢さんの訪問なら僕はいつでも大歓迎だけどね。」

ふわり、色は黒であるのにその微笑はまるで華が咲いたよう。
カップを持つ指は白く繊細だがどこか少年らしさが残っている。
この国の魔王陛下と一緒に居るときには飄々としていて
どこか掴み所のない不思議な人物に思えたが
直に触れ合ってみれると彼はとても紳士で物腰が柔らかく
同い年だという魔王陛下よりも随分と落ち着いていた。
カップに一口つけたあと、ほう…と零される溜息すら背筋を痺れさせる。

「お茶、淹れるの美味いんだね。」
「お褒めに預かるほどのものでは…。」
「新人さんに気を遣ってるんじゃないよ?本当に美味しい、ありがとう。」
「あ…っありがとう御座います。」

紡がれる声のあまりの甘さに顔が熱くなり、思わず俯いてしまう。
途端サラ…ッと耳の側の髪に触れられグリ江は肩を跳ねさせ慌てて顔を上げた。
真っ直ぐに瞳を覗き込まれ、今度は逸らすことが出来ない。

「…僕の知り合いの髪に似てる。」
「あ…あの…。」
「瞳も、でも…君の方が澄んでいてキレイかな。」

…むに。

寄せた唇を、手で制された村田は複雑な顔のお庭番を見上げて笑った。
先程の完璧なまでの紳士ではなくあどけない子供の顔だ。
言葉にならない唸り声をあげてガシガシと頭をかく相手と対照的に
村田の笑いは収まらない。

「猊下ぁー…まさかこんな風に巫女さん口説いたりしてないですよねぇ。」
「さぁ?乙女のグリ江ちゃんから見て、僕は巫女さんを落とせそう?」
「落とせそうも何も…そのまま抱かれてもいいと思うんじゃないっすか。」
「君みたいな巨体を抱く気はないけどねー、背伸びしないとキスも届かないし。」
「冗談抜きで猊下の口説きモードはヤバかったです、誰でもコロっといきますから。」
「新しいメイド服のグリ江ちゃん、今夜一晩どう?」
「生まれたままの姿でグリエ・ヨザックがお相手しますよ。」

2007.01.02

新しいコスチュームで驚かせようと思ったが、返り討ち。