幽体離脱


 ガツン、という衝撃の原因がどういうものだか一瞬の出来事からでは分からなかった。
気が付くと、足の下の方にウェラー卿と僕が倒れていた。
ウェラー卿と、僕が。
目線が随分と上である…足の裏が地面にくっついていない。
なるほど、これが俗に言う幽体離脱か。
ふわふわと浮かんで自分を見下ろしたまま悠長に考えていたら
横の方から゛猊下!゛と呼ぶ声と僕の身体目掛けて降下していく魂が見えた。

あぁ、ウェラー卿も離脱しちゃったわけね。
凄いな、渋谷以外を心配するときもあんな顔出来るのか。
一応、国の重要人物だから当然っちゃ当然だけど
君の少し向こうに倒れてる自分の姿もちゃんと認識してくれないとさぁ。
待てムラケン!なんだムラケン?
そんな悠長に考えている無駄な時間はないぞ?
あのまま僕の身体に突っ込んでかれたら困るんじゃないのか?
こういうのって、マンガとかでいくと僕の身体に突進していくウェラー卿が
そのまま身体に入っていっちゃうのが王道だよね?

「ッ!!!!ウェラー卿ダメだ!僕に触るな!!」

と、いう僕の叫びを次の瞬間受け取ったのは…僕、の身体だった。
次に自分の手を見つめ、服に目を落とし、髪を触っている。
頭上からそれを見下ろしていた僕の魂は脱力すると渋々空いている身体へと降下した。
そう、空いているウェラー卿の身体に。
横たわっている身体に触れると、ギュンと引き込まれて
目の前が真っ暗になったあと、瞼の隙間から光が差し込む。
上半身を起こすと、同じくまだ上半身を起こしただけのウェラー卿と目が合った。

「ウェラー卿。」
「猊下…なんですよね。」
「あぁそうだよ。身体は君がとってしまったけどね。」
「これは一体…。」
「魂の入れ替わりだよ。渋谷とも一度経験済みだ。でもあのときは幽体離脱なんてしなかったな…。」
「ユウ?」
「あー…死んでないけど魂だけが…面倒、戻ったときに説明する。」

無駄な考えにセルフ突っ込みをしていなければウェラー卿を止められていただろう。
僕を心配しての行動を−結果として裏目に出ているが−責めるつもりなどない。
ただ賢者とはいえ人間なので面倒な出来事に溜息をひとつ落とすことぐらい許されるだろう。
クセで髪に手を差し込むと当たり前だが違う触り心地。あ、直毛。羨ましいなぁ。
なんて無駄なことを考えているとタイムロスが生じると反省したばかりなのに
ヨザックが登場する時間を与えてしまった。

「猊下ー隊長ーなに廊下で座ってんですかー?」
「ヨザック。」
「ヨザ実は……っと。」
「転んだんですか?」

寄ってきてすぐに僕の脇の下に手を入れてひょいっと立ち上がらせる。
僕と言っても、勿論ウェラー卿が入っている身体の方だ。
記憶を掘り返せば幾度となく思い当たる光景。
更にヨザックは倒れたときに乱れてしまった髪を撫ぜて整えはじめた。
それはもう瞳の奥にお庭番とは思えないほどの優しい光を湛えて…。

「ぷ…っ。」
「猊下?」
「…笑うなよ。」
「す、すみません…自分の顔が、ヨザックを見て赤くなってくなんて…。」
「は?赤くなんて…暑いんですか?まさか熱でも…。」

大きな手の平が額にぺたりと当てられる。
くっつきそうなぐらい顔を寄せて、超真剣。マジ真剣。いやマジと真剣は一緒か。
僕は思わず片手でウェラー卿の顔を覆い、未だ床に座り込んだまま
馬鹿らしくて溜息みたいな笑いを零す。

「はは…これ、傍から見るもんじゃないね。」
「ぶ…っくく…。」
「笑うなって言ってるだろ。」
「ちょっと隊長。猊下にその口のききかたはないんじゃないですか?」
「ははははは。」

ウェラー卿の笑いは加速の一途。
おかしいことなんて何もないのに笑い続ける僕を見て
ヨザックは背中を摩ったり変なものを食べたのではないかと大慌て。
僕は人の頭をガシガシかいてから絡みそうに長い脚を駆使して立ち上がり
いつもより近いヨザックの顔に骨っぽい手をあて目を見開いた瞬間に
チュッと奪ってやった。
頬だけど。

分かってはいたけど、再認識。
ウェラー卿に手のひとつも差し出してあげればいいものを
君は本当に僕が大好きなんだね。

「んなぁぁ!!」
「うおっと。すごい、避けれたよ。流石の反射神経だね゛ウェラー卿゛。」
「お褒めに預かり光栄です゛猊下゛。」
「はー…頭突きすれば治りそうだけど一応ウルリーケに診てもらおうかな。」
「確かに、魂に関してはギーゼラよりもいいでしょうね。」
「ヨザック、来たければ君も来れば?」
「な……アンタ今…っ。」
「…愛してるよ。いつもありがとう。」

ひたすら笑っている僕の身体をぎゅっと抱き締めた顔面蒼白の君に
ウェラー卿の顔で愛情たっぷりの微笑みを送った。

2007.01.22

過保護すぎて驚く、でもちょっと愛が嬉しい。
当事者だから気付かない日常の恥ずかしさがあるのです。