手首
知らない感覚を引きずり出すように首筋や胸に這わされた唇が
キスをしようと顔に戻って来た途端、ヨザックは僕が抵抗していないのではなく
思考が停止して動けなくなっているだけ、ということに気が付いた。
我に返ったように慌てて謝り、拘束していた手を解き上半身を起こす。
「すいません、俺勝手に…。」
「大丈夫だよ、ちょっと、ビックリしただけ。」
「…すいません。」
「別にヨザックは悪くないよ。」
男の欲求が分からないわけではないし、気付いて途中でやめたのだから
ヨザックを責めるつもりはない。
少しだけほっとしたように息を吐いて、ヨザックは僕に手を伸ばした。
そのとき、僕はどんな顔をしていたのだろう。
触れられる寸前、身体が勝手にビクッと強張った。
嗚呼、僕は驚きすぎたのではなくて初めての行為の恐怖に竦んで動けなかったのか。
今更そんなことに気付き、今のリアクションはマズったと思いながらも俯く。
するとレンズにぽた…と水滴が落ちた。
「あ…。」
「!!猊下…!」
哀しいなんて思っていないのに涙がボタボタ零れてくるではないか。
そりゃあの瞬間は怖かったんだろうが、今はもう泣くことはないだろう。
僕が怯えていると思っているヨザックは触れようとした手を
宙でおたおたと彷徨わせながら必死で謝ってきた。
「猊下、本当にすみません。もうしません、しませんから。」
そんなに哀しそうにされると困る。
この淀んだ空気を払拭せねば。
とぐるぐる思っていたらノックもなしに渋谷が現れた。
「村田ー居るー?」
といつも通り、何のお変わりもない魔王陛下。
ベッドの端に腰掛けていた僕とヨザックはその声に跳ね上がった。
この泣き顔をあまり重い意味で追求されてはいけない。
そう思った瞬間、僕は悲劇のヒロイン振って友の名を呼んだ。
「渋谷…っ!」
逃げるように渋谷の元へと駆けそのままギュッと抱きつく。
彼は驚いて一歩後退ったが抱きつかれる前に僕の泣き顔はしっかり見ており
慌てて僕を引き剥がして顔を覗きこみ理由を問うた。
抱き返さないのが逆に渋谷っぽくて悲劇のヒロイン中なのに笑いそうになる。
「ヨザックが…急に僕を押し倒して…っ!」
うぅっと今度は抱きつかず、渋谷の胸に手を置いて弱々しく肩に額を当てる。
恋人間の問題に他人が口を出していいのか困る魔王陛下。
僕の過剰な演技を見抜きながらもヨザックに厭味を言うウェラー卿。
そしてその厭味に慌てて弁解するヨザック。
と、いうのが僕の想像したシナリオなのだけれど、台本の一頁目で
一番従順な渋谷が僕を裏切った。
グルン、と視界が回って僕が辿り着いたのはウェラー卿の腕の中。
眼の前には、ヨザックに掴みかかろうとする渋谷の背中。
僕は魔王陛下によってステキな護衛の腕の中へ避難させられたらしい。
が、それでは話が違う。
僕は慌ててその腕を飛び出して目の前の背中に抱きついてそれを止めた。
ヨザックは逃げることも止めることも出来ないまま眼前での僕と魔王の攻防を見ている。
「放せよ村田!!」
「渋谷待ってって!冗談!冗談だよ!!」
「お前が本気で怖がって泣いたことぐらい俺にだって分かる!」
うっかり、渋谷を掴んでいた手を放してしまった。
呆然と渋谷がヨザックに制裁を施すのを見ながら突っ立っていると
ウェラー卿が自分の上着を僕にかけてきた。
「服、上着のホックもシャツのボタンも引き千切られてちゃ、いくら鈍いユーリでも気付くし、貴方の泣き顔なんて見たら怒りもしますよ。」
「え…?」
言われて自分がいかに激しく襲われていたのかを知る。
手首にも押さえつけられた痕がついていた。
頭が真っ白になりすぎて本当に何も分からなかったんだ。
衝撃で止まっていた頭や心が一つ一つ正常に動き出したら、また勝手に涙が出てきた。
ヨザックに対する恐怖でも嫌悪でもない、ただやはり未知の世界は怖かった、という涙だ。
ぽたぽたと落ちる涙にウェラー卿がこれ以上ない苦笑いをしながら
甲斐甲斐しく何度も拭ってくれた。
「すみません…俺の幼馴染が失礼をしまして。」
「…ううん。でも…渋谷に惚れちゃいそう…かも…。」
涙を止めるのが面倒臭い、このまま泣きついてしまえ。
僕がウェラー卿に抱きついたのを見て、渋谷の制裁に無抵抗のヨザックも
悲鳴を上げてようやく動き出した。
2007.01.07
シーツの続き。実際は、力で押さえつけられて強姦まがいだった。頭真っ白猊下でした。
ヨザをけだもの扱いしてみました。いや、愛ゆえの暴走と言って誤魔化したい…orz