水色の風


 そよ風が白いカーテンを揺らし、猊下の髪も少しだけ揺れた。
暖かい太陽の光を受けた中庭からはロイヤルファミリーのはしゃぎ声。
グレタ姫のスカートがきっとひらりひらりと可愛く舞っているに違いない。
プー閣下の金髪は一層輝いて、陛下の瞳もキラキラしていることだろう。
パラ…と古紙のめくられる音で視線を上げると愛しい人の背中。
剣を磨くことにも飽きた俺は気持ちよく読書をお楽しみの猊下を見つめる。
こんなに天気がいいんだから部屋に篭ってないで散歩にでも行きましょう。
と普段は部屋から引きずり出す所だが今日はしない。
今日の猊下の読書は本当に゛読書゛だからだ。
眞魔国の為、ととにかく知識を詰め込んでいくという作業ではない。
天気がよくて気持ちが良いいなぁ、そうだ、好きな本でも読もうかなぁ、なのだ。
背中からは何も張り詰めていない穏やかな空気。
大賢者だけでなく゛ムラタケン゛も本が好きらしい。
心の中で出した猊下のお名前にそういえば坊ちゃん以外誰も呼ばないなと考え
そのお名前を口にしてみた。

「ケン。」
「え?」

手を止めた猊下が振り返る。
名前を呼び捨てたことを特に咎めようとはせず
ただ不思議そうに俺の言葉を待っている。
年相応の表情が可愛くて噴き出すと、わけがわからないながら
猊下が照れ臭そうに頬を染めて聞いた。
「なんだよ、突然名前で呼んだりして。」
「いや、陛下の名前はよく聞きますけど猊下のは聞かないなーって。」
「ユーリはこの国にもある響きだからじゃない?ケンってないだろ?」
「ケン。」
「…なに。」
「呼んだだけです。」
「乙女が過ぎるよグリ江ちゃん。」
「猊下、椅子を変えませんか?」
ココ、と膝を叩くと「えー。」なんて台詞は嫌がっておいて本を持って近付いてくる。
床に座っていた俺をベットに上がらせて頭を太腿に乗せる。
「これじゃ膝枕では?」
「膝に座るのはちょっとねぇ………なんか硬いし高いなぁ。」
「無駄な脂肪はないのよねん。」
「んーこれも疲れるか…。」
太腿の上で仰向けになったりうつ伏せになったり楽な体制を探してコロコロと転がっている。
可愛かったのでくすぐったさに耐えて好きにさせていたら
腰、腕、肩、と猊下の手が俺を掴んで身体がよじ登ってきた。
大好きな本は傍らに栞を挟まれて寝かされている。
「えい。」
声と共に両手で肩を押された。この程度の力で倒されるわけはないが
猊下のお望みなので後ろに倒れる。
ポスっとシーツに身体が沈み、胸の辺りで肘をついている猊下と目が合って笑った。
どうしてこの人はこんな可愛いんでしょうねぇ。
無邪気に押し倒されると俺の中の獣は牙を出すことが出来ないですよ。
せめてもの抵抗に頬に手を添えて再び呼ぶ。
「ケン。」
「それ照れる。」
「ケーン。」
「うるさーい。」
胸に顔を押し当てられたらメガネが当たって痛かったので
そっと手をかけて外させてもらった。それをなんとなく自分でかけてみる。
ぼやけた視界に一瞬目を閉じると猊下の匂いが強くなった。重みが心地良い。
目を閉じたまま手探りに漆黒の髪を撫でて幸せに浸かっていたら
閣下に何かしたのか坊ちゃんの叫び声が庭から城中を劈き、甘ったるい空気は
騒がしき毎日へと引き戻された。
俺の、少しムッとしたのが伝わったのだろうか、猊下がクスクスと笑みを零す。
「ヨザ、僕ら何やってんだろうね。」
「よそはよそですよ猊下、アレは坊ちゃんとプー閣下ならではのイチャつき方です。」
「うちはコレでいい?」
「猊下のベッドになるのがグリ江の夢だったの。」
「うん、僕もヨザに乗るのが夢かなぁ。」
「…どういう意味で?」
「色んな意味で?」
「…。」
「…渋谷の走る音がする、来るね。」
「もう終わりですか?」
「だって相手が渋谷だもん。それにね。」

君のそんなやらかい顔、一瞬だって他の奴には見せてやんない。

そよ風みたく触れるだけのキスをして
メガネをかけなおした猊下は少年らしく爽やかに笑った。

2007.01.14

素直な村田がどっかのサイトに1人ぐらい居てもいいよね?