月になって


満ち欠けするから名前にはつけない方がいいって
日本では言われているんだよ。

夢の中の猊下の声で目が覚めた。
幸せな夢でも悪い夢でもない。
いつだったか、猊下が何気なく月を見上げて俺に教えて下さったときのことだ。
何故そんな夢を見たのだろう。
ぼんやりと月に色を変えられた天井を見つめ、霧のかかった頭を透明にしていく。
風が木々を揺らす音に猊下の寝息が紛れ始めて
認識はしていたのだが、隣の存在をようやく意識した。
寝返りを打ち、手を伸ばして寝ている猊下の髪を無意味に撫ぜる。
横顔でなくてもっとちゃんと見たいと思い顔だけ俺に向くようにした。
俺の手にされるがままに猊下の頭が転がって髪がシーツに擦れる音が静かに届く。
今日は過去の記憶にも侵されていない様で
猊下の寝顔はとても安らかで可愛らしかった。
肩肘をついて上半身を僅かに起こし、瞼に唇を寄せる。
唇から感じ取る人の温もりは手で感じ取るのとは違う。
自分の睫が猊下に触れて突っかかったことが妙に胸に迫って
額を合わせたあと、唇を重ねる。
猊下の吐息がかかるのがいい。
啄ばむようにして可愛い唇を堪能していたら猊下の瞼がぴく、と動いた。
「ん…。」
漏れた声を押さえ込んで舌を差し込むと咥内は思ったより熱く
嘗め回したら甘い気がしたので角度を変えて合わせを深くした。
口で息がしたいのか猊下は顔を背けて口を開いた。
俺は既に片手を猊下の顔の向こう側に付いて上から囲っている状態だ。
猊下は俺にキスをされた顔の違和感をふにふにと掛け布団に埋めることで解消した。
顔の半分までかかった毛布を人差し指でひっかけて下げる。
吐息で温まっていた物が心地よかったのか猊下はそれを追ってずるずると下がった。
「…かーわいい。」
思わず声に出すと、それはやけに甘ったるく背中がぞわぞわとむず痒くなる。
「げーか。」
自分を煽るみたいに舌っ足らずに呼んで外に出ていた猊下の手を握り再び唇を寄せる。
いやいやと無意識下で猊下が緩く顔を振っても、それが可愛くて余計に煽られた。
「ふ…ん……あ。」
「ダメですよー。」
逃げる舌を捕らえて甘噛みすると気持ちよかったのか猊下の舌から力が抜ける。
唾液を送り込むと猊下の瞳がふわりと開いて、ぼんやりと俺を映したあとは
口の中の唾液をこくん、と喉を鳴らして飲んで下さった。
眠気と気持ち良さが相俟って夢見心地。
舌を差し出せばチュ、チュ、と可愛く吸われて手が握り返された。
俺の教育の賜物と喜ぶ反面、眠っている間に手を出されたらこの人は確実に流される
とその危うさが心配になる。
少しだけ猊下の胸に体重をかけると待ってましたと言わんばかりの溜息。
火照った頬がすり寄せられて俺の身体のあったかい所を
握っていなかった自由な手が掴んできた。

「げーか。」
「…うん。」

何に対しての“うん”なんだか。
首筋に落とされる唇に猊下は一度ぎゅっと身体を硬くして震えた。
身体の中で血液が逆流するあの変で気持ちいい高ぶりを
ぎゅっと力を入れることで堪えたんだろう。
ふにふにと猊下が俺の肩口に顔をすり寄せてまた眠ろうとしている。
猊下の吐息が首にかかって、俺もぎゅっと身体を硬くしてぶるっと震えた。

温かい。猊下の温もりは心地良い。

すよすよ。

火照った身体が猊下の寝息せいで重くなっていく。
最後の力を振り絞って猊下の上から身を退かし
満ち足りた気分でもう一度夢の猊下に会いに行った。

2007.12.24

ゆっくりと、満ちて欠けてを繰り返す。
満ちたら満足、少ししたら、また満ちたくなるよ。
そんな緩やかなヨザケンもあればいい。