リアル
「夏っていいねぇー…水に落ちてもまぁいいかって気になって。」
「よくねぇだろ。お前制服だし。」
「まぁいいかって気になって。」
「あ、現実逃避ね。」
大賢者へ手を差し伸べる魔王。
その手を取り、彼が立ち上がる。
神々しいまでの美しさに眞王廟の巫女はほぅ…と溜息を吐いた。
見慣れたとは言え、水を滴らせる双黒の主達の美しさはやはりこの世の物とは思えない。
実際、お二人は“この世”のお方じゃないか。
「猊下ー陛下ーお帰りなさいませー。」
白いタオルを広げて彼等を迎えた独特の口調はグリエ・ヨザック。
女装も嗜むお庭番で、村田健の恋人である。
彼の上腕二頭筋、腹筋…とりあえず筋肉に憧れている有利は
球団を作った際、彼の年俸をいくらにすべきか真剣に村田に相談したことがある。
今日も盛り上がった上腕二頭筋が素晴らしい。
「ただいまヨザック。ヴォルフとギュンターは?」
「お二人とも親分に捕まってましてね。」
そう返しながら、ヨザックは村田の肩にタオルをかけ
額に張り付いていた前髪を自然に分けた。
有利は一瞬ギョッとして目を反らそうと思ったが
放っておけば髪まで拭こうとしたがる魔王の婚約者とは違い
ヨザックはそこで手をひいた。
村田はさして気にする様子もなく彼を見上げ言葉を交わして笑っている。
なんとなく拍子抜けした魔王は二人のやりとりを見ながら呟いた。
「…なんかお前達って、いいよなー。」
「はい?」
まずはヨザックが声だけで怪訝に思う感情を表現する。
特に変わった出迎え方をしたつもりはない。
村田も特に変わった出迎えられ方や会話をしたつもりはない。
となると恋人の不在、という意味でだろうか。
「そんなにフォンビーレフェルト卿に出迎えて欲しかったのかい?」
「違ぇよー…なんつーかさーヴォルフって…。」
「陛下、猊下。」
「ん?」
「まずは着替えましょうや。話はそれからに。」
親指で真後ろの廊下を指しヨザックは中に入るように促した。
何が不満なのか聞く前なので分からないが遠巻きに聞いている巫女から
魔王夫婦不仲説が流れるのはよろしくない。
村田もそれを察したのか友人を上手く誘導し自分の部屋に押し込んだ。
「はい、坊ちゃん。」
「サンキュー。」
いつもの服を手渡され彼がTシャツを脱ぐ間に村田は自らクローゼットを漁っていた。
その後姿を見つめてやっぱり違う、と彼は思う。
ヨザックはお茶を淹れる用意を始めた。
キツすぎない紅茶の香りに誘われて自然と椅子に落ち着くと
ゆっくりとカップが目の前に置かれ、ヨザックが平坦な口調で問うた。
「どれがいいですか?」
「え、あー…じゃあその真ん中のをください。」
「はーい、どうぞ。猊下は?」
「イチゴのがいいかな。」
「かしこまりましたー。」
着替え終わった村田がヨザックの横から勝手に紅茶を淹れている。
2つのカップに紅茶を淹れた村田は片方を手に持ち有利と向かい合うように座った。
村田のケーキを皿に乗せるとヨザックは彼の淹れた紅茶を手にする。
ふーふーとしながらぐるりと机を回り、村田の隣に着席。
もちろん、ケーキもちゃっかりいただいている。
ただ、最初の一口の前に村田がフォークを突き立ててそれは欠けた。
「もー俺の一口目をー。」
「で?渋谷は僕達の何がいいって?」
一言呟くようにしたヨザックが話を始めた村田のケーキにさくっとフォークを立てている。
大賢者のケーキの方が良かったのか、なんとヨザックは皿を交換した。
「そういうとこ。」
「え?」
「村田がヨザックのお茶淹れたりヨザックが勝手にケーキ変えたりするとこ。」
「俺の仕え方のなってなさを突きつけてるんで?」
「そんなんじゃない。なんかさーすっごい自然じゃん?お互い居心地良さそうっていうかさー。」
ぐさ、と刺された魔王のケーキは一口で3分の1なくなった。
これを婚約者の前でやってみようものなら
行儀が悪いだなんだと言われるに決まっている。
そういう居心地の良さを言いたいわけでないのは
大賢者もお庭番も分かっているが、考えてみた。
「居心地いいですか?」
「いいよ?君は?」
もぐもぐとケーキを頬張りながら村田は事も無げに言い、聞き返す。
「そっすねー…俺も居心地いいっすよ。」
「俺とヴォルフって普通のテンションで話せないんだよ。」
「あぁ…いつも情熱的っすよね。」
「ちょっとしたことでこの浮気者!だろ?」
「いいじゃない。愛されてるーって感じで。」
「嬉しいよ?愛は感じるよそりゃもう!」
「分からないでもないけどさぁ…ヨザ。」
「なんすか?」
カップを置いた村田がヨザックの膝に手をかけ腰を上げた。
そのまま膝の間にどっこいせ、と座り直す彼に魔王はおろかヨザックも驚いている。
彼の手を取り自分の腹の上で重ねさせると上半身を後ろに倒し村田は有利に言った。
「例えばさぁ、これってなんかおかしいだろ?」
「俺は嬉しいですけど?」
ヨザックが黒髪に頬を寄せ彼よりも広い身体で包み込むような体勢に変えると
魔王は頬を染めて場繋ぎに紅茶を啜る。
「フォンビーレフェルト卿が浮気者って言わなくなったら君は不安になると思うよ。」
ヨザックの指を撫でたり握ったりしながら村田は続けた。
「君が帰って来たら真っ先に真っ赤な顔してお出迎えして。」
「う。」
「手が触れたら照れ隠しにそっぽ向いて怒って。」
「うう。」
「君が喜ぶと笑って、泣いて、ドキドキして、つい声を張り上げちゃって。」
「ううう。」
「可愛いよねー感情表現が真っ直ぐで、素直で。」
「でっでも!やっぱり二人で歩きながら何気ない会話でちょっと笑い合ったりとかさぁ!」
「ヨザ。」
「はい?」
「好きだって言ってくれない?」
「…好きです猊下。」
「うわぁあ!何だ突然!!」
「渋谷にさ、これ言える?」
「無理無理無理無理!人前でなんて絶っ対に無理!」
「そこだよ渋谷!」
ぶんぶんと両手に加え首まで振る親友に村田は右手でヨザックの手を持ち上げ
左手で指差す形を作らせそのまま突きつけた。
おかしな光景。
「君の言う甘酸っぱい恋人同士になるにはまず夕焼けの差し込む部屋で少女漫画みたいな顔をして雰囲気を作らなければならない!それが出来るのか!」
「うぐっ!」
「更に!恋人にキャッチボールを強要したりしてはならない!」
「えっそれもダメなの!?」
「ダメッ!彼が浮気を疑ったときは抱き締めて甘いキスを送りお前だけだよと余裕と愛たっぷりの微笑みで返したまえ!」
「そ、そんな!」
「君が変わらなければ、フォンビーレフェルト卿も変わらない。そうだろ?」
ぎゅっと、ヨザックの手を握ってから、村田はその手を離し膝の間から抜け出した。
名残惜しそうにヨザックが腰を拘束するのに照れたように笑う。
「なんか勿体無い気がー。」
「やだよ、恥ずかしい。」
ストン、と最初の位置に座っていつもと違う空気が居心地悪そうに
冷めた紅茶の残りを全て飲み干す。
「坊ちゃん。俺もたまーにこういうかっわいい猊下と無意味にイチャイチャしたいなーとか思いますけど。」
「え?君そんなこと思ってんの?」
「思ってますよ?」
「そうだったんだ。」
おかわりをするのは自由だがポットのお湯も既に温めかと思われる。
村田が色も濃くなった紅茶に迷わず口をつけるのを見ながらヨザックは頬杖をついた。
愛しい者を見ると言うより困った子供を見るような顔。
「ほら、この人結構鈍感で無頓着なんですよ。気ぃ遣っても遣わなくてもケーキ変えても無関心。」
「僕は濃くても温くても飲めるタイプなだけだって。」
「俺は頑張るのをやめたんです。猊下にとっては俺が頑張っても頑張らなくても一緒です。」
自然体が可愛いっていうのもあるんですけどね。
付け加えられた言葉は本心からだと分かったが溜息のオプション付きだったことに
ヨザックのちょっとした苦労が見て取れた。
「そこまで無関心じゃないよ。それに頑張ってない君も変わらず好きっていいじゃないか。」
さらっと自分の無頓着さを流す辺りが、無頓着なのだと有利は気が付いた。
ヨザックは貴人の彼を恋人として同等に扱っているのではない。
注意したところで全く意味を成さず右から左へ受け流されるのを悟っているだけらしい。
「猊下はとにかく俺が好きなんですよねー。それは分かるんですけど閣下みたいな大袈裟なアクションにも憧れるわけです。」
「ヴォルフみたいな村田って…。」
「帰ってきたら浮気してなかったか!とか問い詰められたりしてみたいですねー。」
「浮気した?」
「…してないですよ。もう、全然可愛くない。」
「だって君は浮気しないだろ?ねぇヨザ。」
「はぁい?」
「でもこっちのが安心だろ?」
「…猊下が変に甘えてくるときは何かあったんじゃないかって気が気じゃないですよ。甘えて欲しいとは言え俺の為に無理されても心苦しいだけですしね。」
大きな手が村田の頭に乗せられた。
「…俺、血盟城帰るわ。」
背もたれでずり下がっていた身体を引き上げ、有利は膝で反動をつけて立ち上がった。
村田が微笑みヨザックも立ち上がる。
普段話さないことを話して気疲れしたのかヨザックは腕を上げて伸びをした。
「お送りしますよー。」
「いいって、イチャついとけって。」
「僕は魔王陛下の護衛にはヨザックが一番いいと思うんだよねーぶっちゃけ。」
「光栄でーす。やっぱりグリ江の腕が立つからかしら。」
村田は魔王に否と言わせない雰囲気だ。
行ってきまーすと家族のように部屋を出て行くヨザックに
村田がひらひらと手を振る。
羨ましいがもうヴォルフラムにそうして欲しいとは思わない。
「あー…帰ったらヴォルフの耳元で好きだって囁いてみっか。」
急な変化は浮気に決まっていると真っ赤な顔で言われる想像に
魔王陛下は頬を緩めた。
END
2007.08.07
そのままの二人がいいんだよ、とか。
色々諭すように書こうかとも思ったんですがあえて曖昧にしておきました。
猊下とヨザのあり方で陛下になんとなく何かが伝わればいいと思います。
吉田は曖昧な話が大好きなのです(苦笑)