土曜日
昼食後の休憩はもう終わってしまっただろうか。
猊下が来られたというのに、その当日、自分は遠征中。
やっと帰って来られたと思ったら上司への報告が長引き、
猊下はおふざけ厳禁の執務タイムに入ってしまった。
遠征帰りはいつもこちらの疲れを癒すように優しく出迎えてくれて下さる。
今も、顔を出せば執務を中断し、相手をして下さるだろう。
ただ、遊んでいるならまだしも執務中に自分の為に時間を割いていただくのは
恋人と言えど、踏み止まるべき我儘ではなかろうか。
しかし任務で疲れた心と身体はどうしようもなく猊下の愛を求めている。
…顔を出すだけだ。
そしてベッド周辺に溜まっているであろう本を書庫に返して差し上げるだけだ。
「そう、グリ江は物分りがよくて手のかからない女なの。」
執務中には必ずノックをする。
どうぞ、と猊下の声が聞こえてきた。護衛はどうしたのだろうか?
「失礼します。」
静かにドアを開け猊下の匂いにゆっくりと深く浸かっていく。
「お帰りヨザック。」
ふわりと微笑む猊下の手にはティーカップ。
向こうの机の上に既にひとつ置いてあるので俺の声を聴いて煎れて下さろうとしていたのだろう。
ただいま帰りました、と言う合間にそれは注がれ、静かな音をたてて机に降りる。
静かなところより賑やかなところの方が性に合っているのだが
疲れた身体には猊下の柔らかく静かな物腰が心地良い。
「すみません、仕事してましたよね?」
「ううん、今日から日本の教育制度にのっとって土曜日は午前上がりにした。」
「は?」
「今日はもう仕事しないってことだよ。」
紅茶冷めちゃうよ?と言われ気が抜けたまま腰を降ろす。
執務中だと思い構えていたので心が急に手持ち無沙汰だ。
執務に使っている机から自分のカップを持ってきて俺の隣に腰を降ろすと
猊下はニコ、と微笑んだ。妙に照れ臭くなって部屋を見回して指を指す。
「えー…と。あ、あの本、書庫に戻してきましょうか?」
「あとでいいよ。」
「…何か怒ってます?」
「どういう意味だよー僕に毎日ずっと休みなく仕事しろって言うのかキミは!」
「やん、違うの!怒らないでぇ!」
「グリ江ちゃんは物分りがよくて手のかからない女だったんじゃないの?」
優しすぎて気持ち悪いです、とは言わず恐る恐る覗うと
いつも通りのオーバーリアクションで返され、ようやく息を吐き軽口を返す。
ドアの前で気合入れに使った台詞はどうやら大きすぎて猊下の耳に届いていたらしい。
誤魔化し笑いをしたら猊下は包み込むように、笑った。
「僕は、少しぐらい手がかかる方が可愛いと思うけどね。」
強がるなってことですか。
俺、貴方より大分年上なんですけど…情けない、グリ江は情けないわよ猊下。
「ウェラー卿から今日帰るって聞いてたし、甘えさせる準備は万端なんだけど?」
「あら猊下知らないの?これからの時代は強い女がいいのよ。」
それに土曜日はゆっくりお休みになることにしたんでしょう。
ふん、書庫とこの部屋を何度も往復の返却旅行してやるんだから。
強がって席を立った俺に猊下はじゃあお願い、と余裕の笑みを浮かべた。
カッコイイですね…俺は何往復で降参して猊下に抱きつくんだろうか。
2007.01.08
どんだけへタレなのか。猊下は疲れてるときは甘やかしてもくれるいい男。
普段は…こき使うといいよ!