生活 2
後ろ髪ひかれるとは正にこのことだろう。
ギーゼラの処置に不満はない。あるとするなら自分にだ。
このままここに残り、目の覚めたときに側に居て差し上げられたら…という考えも
この恋人の前では愚行とみなされるだけだろう。
そう、そういった彼の思考は分かっているのに、何故。
自分に関わらない”ムラタケン”は知らずにいても問題ないとどこかで思っていたのだろうか。
知っていてもどうせ触れられないのなら、と。
硬い表情で村田の額に手を当て、ヨザックは立ち上がった。
なんだかんだと寝ている村田についてくれるらしい男前のヴォルフラムを振り返る。
「猊下をお願いしますねん。」
「帰ってくる頃にはその情けない面はマシになっているのか。」
美形の仏頂面は人形のようで少し怖い。
見上げられているのに見下ろされている感じがする。
これが元プリンスの威圧感なのか、男としてプーが上だということか。
今は後者の気がした。取り繕うほうが見苦しく思えて素直に溜息を落とす。
「えぇ。まだ切り捨てられたくないですからね。」
「まだだと?一生の間違いだろうが。僕は正直コイツのことなどどうでもいいがユーリは親友だと言っている。ユーリが大事だと言うなら全力で守るのが婚約者の務めだ。」
長い脚を組み直したわがままプーは異世界の婚約者の声を聞こうとした。
こんなときユーリならなんと言うだろう。いや、彼は色事に関しては疎く幼稚である。
ただいくら拙い言葉しか与えられなくてもヨザックを元気付けようとするに違いない。
生まれてこの方、眞魔国と親兄弟以外の為に何かをしようなどと思ったことがなかったフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムにとって一介の兵士を慰めるというのは至難の技だ。
だが、その術を知らなくても魔王は決して諦めたりはしない。
それが彼の困ったところであり自分達の誇りでもある。
「先程は、互いを知ろうとするべきだと言ったが、お前達に必要なければそれでもいいと僕は思う。」
意外だ、という顔をすぐ上の兄がしたのを目の端で捕らえたが
末の弟は兄達が知らぬところで随分成長していた。
「僕は、あちらの世界でユーリが尻軽な行為をしていないかといつも不安だ。ユーリのことは信じてはいるがアイツは鈍感で優しいからうっかり押し切られて既成事実をタテにされるかもしれない。だから帰ってきたときはあちらで何をしていたのか聞くし、ユーリも僕の不安を察して話してくれる。」
まだ見ぬ義父上のことも義母上のことも…一人、頭のよい兄上が居るとも聞いた。
話の中にはユーリに好意を寄せているのではないかという疑いがあるヤキュウの
チームメイトやクラスメートが居るが、話してもらえるだけで随分安心するのだ。
それと同時に、ユーリは自分が共有出来ない時間も共に居る時間と同じように
大事に思っているという事実を受け止めなければならない。
「この国で共に過ごす時間が二人の全てだと言うならそれはそれで幸せだ。大賢者はお前と居るときにチキュウの話を挟まないと、それだけのことかもしれない。
信頼の形はそれぞれ違う。ユーリと僕の形がお前達にもハマるとは思わないしな。
ただ勘違いするなヨザック。信頼しているのと分かっているつもりでいるのは違う。確かにお前は察しがいい。しかし相手に聞いてもいないのに決め付けるな。コイツはお前に側に居るなと言ったのか。
猊下は一生涯不変だと本気で思っているなら諜報員などやめてしまえ。そんな浅い考えの男が兄上の信頼する部下だなんて僕は認めない。」
「随分と大人になったものだなヴォルフラム。」
額に乗せていたタオル取り替えながらを嬉しそうな顔をしているコンラッドに
ヴォルフラムは冷たく一瞥をくれた。
思春期の娘が父親に「もう私そんなくだらないことで笑わないんだけど」、と言うときの目に似ている。
「ウェラー卿、僕をいつまでも子供扱いするな。」
「してないさ、子供ではないけど弟という事実は一生涯不変だ。」
「ふん、ユーリの正式な伴侶となればお前は僕を弟と気安く呼べなくなるぞ。」
「困ったな。名付け子の伴侶ということはヴォルフは俺の子供に?」
「なんでそうなるんだ!お前が父親などと、虫唾が走る!グレタにも悪影響だ!!」
「最後だけ納得出来ないな…俺はグレタに悪い遊びを教えたりはしないよ。」
「その胡散臭い笑顔が遷ったらどうする。」
「心外だ。」
弟の一言に傷付いたらしい彼はそれ以上言葉を返さなかった。
ふいに窓の外に伸ばされた手を弟が目で追ってくれただけで簡単に癒える傷に
彼のブラコン振りが覗える。
「ご苦労、あとは俺が。お前は主人を追ってくれ。」
白い鳩が足に持っていた小さな紙を受け取り、指で少し首を撫ぜてからコンラートは見慣れた鳩を飛び立たせた。
出立してから思い立ったのか、直接自分に託すのがイヤだったのかは知らないが
私用の恋文の為に飛ばされたとは鳩も思うまい。
小さな紙切れに呆れたプーはせめて今夜の鳩の餌が豪華であるように祈ってやった。
「…手紙などに託すなら残ればよいものを。」
「それが二人なのだろう。ヨザも底なしの阿呆ではないさ。それに、アイツが手紙をなんて成長したと思わないか?」
「情緒の欠片もない男だったからな。大賢者が情緒に溢れているかと言われると否定するが。」
「16歳で達観されても困るよ。それに、そこが陛下と猊下の魅力なのでは?」
「ユーリの魅力は言葉では表現しきれない。」
「あぁ…そうだな。ヨザもきっとそう言うに違いない。」
空を見上げると白い雲。
「どこに居ても心はいつも貴方のお側に…。でもマッハで仕事終わらせて帰ってきまーす。グリ江お手製のおかゆをこうご期待!」
「…読んだのか?」
「見えてしまったと言ってくれ。」
「それを貸せ、デリカシーのなさもグレタに悪影響だ。」
いつも自分に伸ばされていた手を一度は失い、ユーリとの出会いで再び取り戻し
今はまた、違って見える。
「お前はずっとココに居たのにな…。」
「何だ?」
「共に過ごしていても、知らず変わっていることがあるんだなとね。」
「……時を同じくしてお前も変わっている、違うか?結局、距離ではない。相手を想い受け入れればいい。それだけだ。」
本当に、随分と男前になったものだ。
親友の想いが変わらずに伝わるよう、大事に弟の手にそれを託した。
2007.03.24
帰ってきたときのもやりたいのでまだ続くよッ!!