我が家はヨザック屋さん 別ver


フォンヴォルテール卿グウェンダルは、部下の面倒見が良かった。
結婚の報告を受ければ忙しい中、祝いの書状を贈り
子供が産まれたと聞けば子供にとあみぐるみを贈り
親が病気になったと聞けば、少ないがと金を贈り
よい医師への紹介状も渡してやった。
その他、部下のかける面倒も基本面倒ではない。
皆、自分の前に立ち危険に身を晒してくれる大切な存在だ。

フォンヴォルテール卿は部下の能力に優劣はつけるが
部下を愛する気持ちに優劣はつけない。
諜報が苦手な者は戦闘に、戦闘が苦手な者は事務に回ることも出来る。
適材適所に配置すればよいまでのことで努力しても及ばない事を
とやかく言うつもりはない。
そんなフォンヴォルテール卿グウェンダルにはとても優秀な部下が居る。
諜報活動・戦闘・家事・裁縫…どの分野においても
彼の部下の中では右に出る物がなく、多少茶目っ気があり過ぎる点を除けば
誰よりも信頼出来る真に有能な部下だ。

ただ、その部下のかける面倒は本当に面倒だ。

「ヨザック屋さん、ヨザ貸して。」

ノックとほぼ同時に開かれた扉と口にフォンヴォルテール卿は
眉の端を僅かに上げた。
「誰がヨザック屋だ。」
重低音で一言だけ返す。
そこに現れたのは眼鏡がトレードマークの双黒の大賢者だ。
己より身分が高い故に出て行けと開口一番には言えないが
彼の発した一言にはその意味がたっぷりと含まれていた。
圧迫感を諸共せずに村田健は執務室にあるソファーに腰掛けた。
「誰も君のこととは言ってないじゃないか。部屋を間違えたのかもしれない。」
「では誰のことだ。私でないなら即刻お引取り願おう。」
「いいや、君のことだよ。」
「…。」

「ヨザックは?」
言い返しても余計に疲れるだけだ。
漏れる程度の息を吐いて、フォンヴォルテール卿は書面に向き直した。
「…次の諜報活動に使うと、衣装を調達に行った。」
「そっか…じゃあ帰ってきたら借りてもいいかな。」
「何に使うつもりだ。個人的なものは定時を過ぎてからにしろ。」
「ウルリーケがねぇ、あの馬鹿の部屋の上の窓をキレイにしたいんだって。」
「…身軽な部下は他にも居る。」
「これ以上眞王廟に出入りする男を増やしたくないんだってさ。」
眞王廟の巫女は雑用係を村田とヨザックに絞る事にしたようだ。
正直、フォンヴォルテール卿には何故あの場所に男性が出入り出来ないのか
理解出来ない。
男が入ったぐらいで汚れる聖地に祭られている眞王陛下は男ではないのだろうか。
魂となった相手はもう男性と見なさないのだろうか。
自分は死んでも男性として認識されていたい。
巫女にそれを言っても興奮した様子で言い返されるか
妙齢の巫女にさめざめと泣かれるかのどちらかなので
フォンヴォルテール卿は再び息を漏らして勝手にしろと零した。

「ゴメンね。」
「…。」
村田のポツリと謝る声に、強面の彼が顔を上げる。
真っ直ぐにこちらを見ている漆黒の双眸に彼は瞬きをした。
「お前もあの巫女の中では形無しか?」
「そうそう、女の子の集団って怖いんだよなぁー。って違うよ。あー、それもあるんだけど。ヨザが雑用係になったのは僕のせいだしさ。」
「それはお前だけのせいではないだろう。」
実際に、どちらから言い寄ったのかは知らないが。
暗に続いた言葉に村田がむず痒い顔をしてみせた。
どうやら彼の部下が双黒の大賢者に言い寄ったようだ。
部下の前で照れ臭そうにはにかんだり、甘え方が分からずに
ただじゃれつくだけになっている大賢者を見れば
一目瞭然ではあったが、やはりそうだったのか。
頭の痛い部下だ。なんという所に手を出してくれるのか。
「ねぇ、フォンヴォルテール卿。」
「なんだ。」
「ヨザの風当たりって、どんな感じ?」
「お前とのことに関してか。」
考えていたことに触れられ、反射的に核心を突く。
何の気なしに聞いたつもりを装っていた村田は
少しだけ笑みを寂しげに歪ませた。
「直球ー。そう、なんかー貴族とかにー厭味言われたりとかー?」
「有難い事に双黒の大賢者様は未だ謎の存在だ。たまに出てくれば突き刺さる発言をしていくお前の私生活に誰が意見出来る。」
「そうか。ならいいや。」
いいや、と言葉では言っているが村田の眼差しは
磨き上げられた年代物の机に落とされた。
子供にそういう表情をされると、厄介な相手でも慰めてやらねばと彼は思う。
「…気に病むな。アレも私も無意味な中傷など気にはしない。」
本心からではあるだろうが気を遣った台詞に村田は肩を竦める。
意地を張って隠すつもりはないが、素直に優しさを受け取るには
まだこっ恥ずかしいお年頃だ。
「僕が心配性だって?」
「2人で居るときもお前が優位に立っているのか?」
「…。」
「年下は年下らしく護られていればいい。」
まるでフォンヴォルテール卿本人にも自分は護る対象に見られたような響きに
村田は一瞬固まってしまった。
彼にとって自分は大賢者であるだけでいい筈だ。
部下の恋人になる以前から彼は自分を大賢者の他に
村田健という子供として見ていたのだろうか。
彼の前では大賢者としてしか振舞っていないつもりだった村田は
その振る舞いの全てが恥ずかしく思えてきた。
「えーあー…うん、そうだね、2人で居ると、ヨザのが圧倒的に大人だ。」
「当たり前だろう。」
「そうなんだけど。」
「なんだ。」
「フォンヴォルテール卿ってさー凄いヨザック好きだよね。お父さんかよって。」
その瞬間、苦虫を噛んだような顔を彼はした。
言い返そうという意志はその顔から感じ取れたが
違う、という単純で全てを一掃してしまう言葉は用いれないようだ。
嫌な顔をしたまま固まった恋人の保護者に村田は
ケタケタと笑い出した。
バツが悪そうな顔が逆転して、フォンヴォルテール卿が大きく咳払いをした。
笑えるようになったなら出て行けということだろう。

「ゴメンゴメン、出てく。ヨザ帰ったらさ、眞王廟に来てって言ってくれるかな。」
「猊下のご命令では、不本意ではあるが。」
「そう言うなよー。あ、最後にいいですかお義父さん。」
「誰がお義父さんだ!!!」



「じゃあヨザック屋さん…僕に、ヨザックを頂戴。」



「朝までに返せ。」



伝わった。明らかに、彼は気付いていた。
憮然とした表情で、重低音はそれだけを了承した。
村田は嬉しそうに笑って膝で反動をつけて立ち上がる。

いつもより勢いのある判を押す音に、戻ったヨザックは
デカイ図体についた頭を可愛らしく傾げた。



2009.01.19

我が家はヨザック屋さん=村田にだけヨザックを提供するお店…そんなお店垣間見たい…v
………あ!経営すればいいんだ!?村田来店の時だけヨザックを提供する……
じゃあ経営者はフォンヴォルテール卿…?

というコメントを小鳩便から頂きました。
ありがとう御座いましたァァ!!!!!
あ、面白いなぁと思って、使ってしまおうと!!!!!
最初はもっと、からかって目の前でイッチャイッチャさせようと思ったんですが
私がグウェンダル好き過ぎてこうなりました(苦笑)
あと、電車の中でふとヨザック屋さんにヨザをもう一生って意味で
「頂戴」って言う猊下が思い浮かんで路線変更しちゃったのな。
凄く楽しく作る事が出来ました。
一味違ったヨザック屋さんを教えて下さったお客様、
本当にありがとう御座いました!