我が家はヨザック屋さん
「なんだよそれ!」
と渋谷に突っ込まれたのはつい先日のことだ。
村田はその歌を意識して歌ったわけではない為、親友の彼に
「なんだろうね、それ。」と笑って返した。
そのやりとりを何故か今思い出した。
それも執務の最中にだ。
彼の手と思考が止まり、前傾姿勢だった身体は
腰から90度を越え、背もたれに背がついた。
「ヨザック屋さんねぇ…。」
肉屋さん、魚屋さん、の体でいくと売られているのはヨザックだ。
だが彼という人間はただのザクのように量産型ではなく
この世でたった一人のオレンジのシャアザクなのである。
現在その専用パイロットは村田本人だ。
彼にジオン軍引退の意志か乗り換えの意志、もしくはヨザックからの
お断り宣言がなければこれからもヨザックは村田のものだ。
もし、何かの奇跡でヨザックのクローンが大量に出来てはどうだろう。
彼は日曜大工から暗殺、お茶汲みに商品開発と何でもこなす有能な人材である。
もっとコアな夜のお友達という使用法も彼なら素晴らしくこなしてくれるだろう。
多少食費はかさむが一家に一台は欲しい一品だ。
ただ、それは自分が許さない。
自分だけのシャアザクを量産してその価値を下げる気も
他の女に買われているクローンを見てヤキモキする気も
逆に大好きなヨザックを5人ほど侍らせてハーレムを楽しむ気も村田にはなかった。
一人と一人が他にない相手を想うから気持ちがよいのだ。
村田はヨザック屋さんは“ヨザック”を販売しているという考えを却下した。
○○屋さんでもうひとつありがちなのは
店主や創立者の名前がついているパターンである。
ヨザック屋という響きに最初は違和感を覚えたが
吉野屋、松屋、ヨザック屋、と並べるとなんとなくアリな気がした。
そしてその思考からヨザックが営む飲食店、を村田は考え始めた。
最初の印象のせいか女装でヤギ乳をついでくれる彼の姿が
真っ先に思い浮かんだ。
それではグリ江屋さんだ。
下町や港の酒場を切り盛りするヨザック。
似合うような、似合わないような。
その酒屋で豪快に飲んで笑って、店の主人と仲良くしている方が似合っている気がする。
接客に向かないわけではない。
性質の悪い酔っ払いを宥めるのも、腕力で店から追い出すのも
容易に想像できるのだ。
「うーん、全然なしってことはないんだけどなぁ。」
「何がっすかぁ?」
「あぁ、ヨザック屋さん。」
声に出した自問自答に、他から答えが返って来た。
ヨザックが神出鬼没なのは今に始まったことではない。
同時に自分が考え事をするとノックなどに気付かないのも
今に始まったことではない。
村田はかけられた声の方へ目をやり、映った姿に向け、片手を挙げて挨拶をした。
ヨザックは説明がない不親切な言葉に首を傾げながら
机の上に紅茶を置く。
それを両手で包み口をつける村田は唸りながら眉間に皺を寄せた。
どうやらその眉間の皺は先程不親切に放たれた
“ヨザック屋さん”に関係するようなのでヨザックは彼の望みどおり
突っ込みを入れる事にした。
「俺ぁそんな店開いてないっすよ。」
「うん。ない君の店について考えてるんだ。」
「俺と愛の逃避行をして誰も知らない街で暮したいんで?」
実際には出来るわけがなくて、ただの子供の空想だとしても
村田にそう言われたら嬉しいし可愛い。
口に出した瞬間は適当な思い付きだったが
自分の台詞が耳に届くと、ヨザックはそれもいいなぁと自ら思った。
「…うんそう、それそれ。」
「違うなら違うでいいっすよ。」
対する村田がおかしな間を空けて肯定したことにヨザックは軽く落胆する。
偽りの優しさはバレてしまうと優しくない。
「違うけど愛はあるよ。キッカケは僕が無意識にヨザックって名前を歌に入れたことだから。」
「歌?」
「美味しい焼肉のタレを宣伝する歌なんだけどね。」
村田はすぐにそれを歌って聴かせたが、日本語の歌詞では
焼肉のタレの素晴らしさは伝わらない。
分かる単語は“ヨザック”という自分の名前の部分だけだった。
「ヨザー、店を出すとしたら何屋さんがいい?」
「店ならもう持ってますよー。逞しい女の子が居る店に可愛い下着の店に。」
「それはそれ、ヨザック屋さんとは別だ。」
「猊下のなしっておっしゃってたのは?」
「さっきのは酒場。似合うんだけどなんか違うってね。」
「酔うと脱ぎますからね俺。」
「あぁ!きっとそれが原因だ。頭の片隅では覚えてたんだな。」
「じゃあ酒場はなしで。食べ物限定っすか?」
「いいや、ヨザがやりたい店があるなら物でも構わない。ただし僕が納得出来る店で。」
納得出来る基準はどこに?と聞きたかったが
村田が紅茶を啜りながら立ち上がり、空いている手で
自分の服の裾を引っ張るのが可愛かったのでつい口を噤んでしまった。
ぽすっと2人並んでソファーに腰掛け長期戦の幕開けだ。
「武器商人とかでもいい気はするんだけどさ、ヨザック屋さんってあからさまな名前の武器屋ってどうかと思うんだ。」
「敵が増える上に親分に副業すんなって怒られちまいます。」
本来好ましくない副業を今は黙認しているが
名前を出してあからさまにすれば彼ももう黙っていてはくれないだろう。
眉間の皺の他に青筋を立て重低音の怒鳴り声がお見舞いされるに違いない。
「ん?ちょっと待ってくれ。フォンヴォルテール卿が関わるとなるとヨザック屋さんをするには兵士を辞めるしかないじゃないか。」
「そっすよ?だから俺とどっかで暮らしたいのかと。」
「そうか…それなら余計に僕の納得いく店でないとな。」
「あ、そこはついて来て下さるんですね。」
「そりゃ行くさ。」
「げーかー。」
真剣にヨザック屋の方向性を考えながら、村田は躊躇うことなく
兵士を辞めた彼についてこの街を飛び出した。
あまりに迷いのない言葉にキュンと胸を掴まれたヨザックは
男前の村田の腰に腕を回し抱き締める形で擦り寄った。
寄りかかってきた男の頭を村田は考え事を続けながら撫でる。
「猊下がやられるなら本屋でいいんじゃないすか?」
「それはダメだ。店にある本を売りたくなくなる可能性がある。」
「手放したくないと。じゃあなんすかねー猊下のお店。」
間延びした彼の言葉が徐々にずれてきている。
適当に撫でてやっていた髪から指を抜き、村田はふにっと頬を抓った。
「いや君の店だから。今考えてんのは僕のお店屋さん妄想じゃないから。」
「猊下が楽しそうだったら俺は何でもいいっす。」
「もしかして僕の働きだけで君を養えと?構わないけど男として情けないと思わないのか。」
空いていたもう片頬にも手を添え、うにうにとおしおきが始まった。
その感触は幸せではあるが男としては聞き捨てならない発言だったので
村田の手首をとり、お膝に戻してから握りなおす。
「そんなわけないでしょうが。猊下のやりたいことを俺はお手伝いしますってだけですよ。」
「えー…それじゃ全然ヨザック屋さんじゃないじゃないかぁー。」
唇を尖らせ、握られたままの手を緩く横に揺する。
可愛い子振っているのではなくこれがイチャイチャしているときの村田なのだ。
ベタな上に男がやると鬱陶しいのだがここは眞魔国、この世のものとは思えない美形は何をやっても許される。
その緩い左右の揺れをうっかり可愛いと思ってしまったヨザックは
それに合わせて自分からも腕を揺らした。
「猊下が楽しくて俺っぽい店ねぇ。何がいいでしょうかねぇ。」
「…僕、今日はこれが決まるまで鬱陶しいままだからな。」
柔らかく小さな子供に言い含めるように変わったヨザックの声に
なんとなく気恥ずかしくなったのか、村田は振り止めソファーにこめかみを当てた。
ちょいちょい、と跳ねた髪を摘まんでもふい、と首を振ってしまう。
耳が少し赤くなっているが、村田がどこを転機に照れ始めるのか
ヨザックには未だに分からない。
言葉を交わさず、髪や手をただ撫でていると
そのうちに若い大賢者はこの恥ずかしい状況に溜息を吐いた。
「君には地に根っこ張って商売ってのがまずムリかもしれないね。」
「そうでもないっすよ。」
キラキラの瞳を取り戻したくて、ヨザックは村田の髪を
ツンツンと引っ張りながら彼が気になるように意地悪く笑ってみせた。
「猊下、宿屋ってのはどっすか?」
「宿屋?」
「普通の宿屋じゃなくって知る人ぞ知る。」
「ん?」
「俺は、寝床のほかに情報も売ってるんす。」
おかみさん、寝る前に蜂蜜たっぷりのヤギ乳を貰えるかな。
そう客が告げると夜も更けた頃、そっと客の部屋にヨザックが現れて
獣の顔でご注文の品ですと口の端を上げるのだ。
男は秘密基地だの組織だの危険だのに憧れる生き物だ。
裏で怪しげな情報屋と通じ合うヨザック。
宿屋の地下には備蓄の食糧以外に武器・弾薬。
村田はその想像に素直に心惹かれた。
「君の前職が生かせるね。」
「表向きは健全。なんで、猊下は経営の方をよろしくお願いしますよ。」
「うん。無難な経営とか仕入れとかは得意分野だ。」
「俺がメシ作るんで猊下は掃除して下さいね。」
「屋根と壁の修繕も任されよ。前職、眞王廟での雑用を僕も生かそうぞ。」
ぐっと握られた拳にヨザックは自分の拳を軽くぶつけた。
村田は一度立ち上がり、書き損じの紙を持って戻ってくる。
「小さな温泉地でもいいですけど、普通の町でもいいっすねー。」
「そうだね。僕も宿屋はRPGの小さなただの町のイメージが強い。」
「あーるぴー?」
「僕の好きな冒険の話ってとこかな?」
「その宿屋はどんな感じなんです?」
「どんなに死にかけの身体でも一泊で完全回復する。」
「そりゃすげぇや。」
村田の頭にはドット絵になったヨザックが居た。
二頭身の彼はオレンジの髪だけが妙に目立つ。
ヨザックの宿屋は、こちらからは見えない面の壁を調べると
隠し扉が出てきて、裏口から宿屋に入ると小さな階段があり
宝箱からよい防具が見つかるに違いない。
自分は2階の一室に居て、何度話し掛けても
よかったら泊まってってくださいな、ぐらいしか言えないのだろう。
それでも村田はヨザックとRPGの世界に入りたいと思った。
1階が食堂と自分達の部屋、2階が宿泊用の部屋。
ホテルなんて大袈裟なものではなく、本当にRPGの中のただの宿屋だ。
せっせと間取りまで書き込んで満足気に頷いた村田にヨザックは笑った。
その笑顔で村田はまたどこか心の柔らかい場所がくすぐったくなってきた。
彼がふと力を抜いて笑う瞬間に村田は弱い。
キッカケはたったワンフレーズ。
我が家はヨザック屋さん。
完全なる無意識だからこそ、自分の中に彼の存在が
深く浸透していることが分かる。
その事実を本人を目の前に思い返すと少しだけ頬が熱くなって
だが口元は素直に幸せを象った。
幸せなのはいいことだ。
彼の入れた紅茶はもう冷めていたが、一滴も残さないように飲み干して
大袈裟な溜息を吐き、村田は歌った。
我が家はヨザック屋さん。
2008.11.09
6月にメモでこう歌う猊下をUPして、コメントすぐに頂いて…。
今何月やねーーーーーーん!!!!!!!!!!
もっと激論に激論を重ねようかと思ったんですがうちの猊下とヨザは
割と気が合ってお互い意地は張らないのですんなり落ち着いてしまいました(笑)
でもきっと、宿屋より面白そうなことが見つかったら相談して
2人でどんどん変えていくと思います。
皆さんのヨザと猊下のヨザック屋さんは何になりますでしょうか?