非効率ラヴァーズ
「キャー!グリエさんがいらしたわよ!」
「少しよろしいかしら?」
「私が先よ!」
シースルーのお衣装で駆け寄ってくる巫女達はその逞しい腕に手こそ添えはしないが
私のところにいらして、と女の上目遣いを炸裂させていた。
ようやく自分の時代が来たのだろうか、と思ったのは男の姿のときの見目に鈍感な
お庭番のグリエ・ヨザック。
どうせなら村田と恋仲になる前に到来して欲しかった。
巫女に囲まれるだけなら問題ないが誰か一人を選んでついて行ってはいけない。
浮気したなコノヤローと怒られるならまだいい、まだ、愛が感じられる。
いいなーねぇ、誰か僕とも逢引してよ。なんて普通に羨ましがってその場の巫女達を
口説き始められたときのあの衝撃を彼は忘れない。
信頼されているのか、恋人を独占しようという気はないのか。
ともかくあっさりとした彼のリアクションに凹んだ日は記憶に新しかった。
しかし彼はメイドさんをキッパリと振り切った次の日の肩身の狭さも忘れていない。
「あーどうもどうもー皆のアイドルのグリ江よーん。」
ヨザックは返事の途中から誰もが傷付かない方法を選んだ。
くねっとシナと作って可愛らしくウィンクを決めればそういう対象からは外れるハズだ。
が、今回は勝手が、というかヨザックは最初の段階で読み違えたようだ。
「ヨザックおかえりー、おっいいねぇ囲まれてるねぇ。君は雪隠の係?高い窓を拭く係?」
「雨漏りの屋根でございます猊下。」
「そっちかー。でもヨザだと重さで逆に踏み抜いたり…。」
「ちょ、ちょっとあんた等、猊下になんてことさせてるんですか!」
自分を迎える村田の微笑みはいつも通りとても爽やかなものであったが
ヨザックは慌ててか弱き手で押さえられている(実質押さえられていない)
脚立の下へ走った。
サンダルは脱ぎ捨てられており見上げると村田の足の裏が見える。
なかなか見れないな等と感慨にふける余裕もないほど村田は高い位置に居た。
「なんてことって、壁の修繕?」
「助かりますわ、ありがとうございます猊下。」
「ありがとうございますじゃないでしょうよ…大賢者様が落ちたらどうするおつもりで?」
「失礼だなぁ。いくら僕でもそんなヘマはしないよ。最近フォンクライスト卿に似てきたんじゃない?危のうございます猊下ーとか言うなら眞王廟にパシリ派遣しろって、ねぇ?」
「パシリ扱いの兵士じゃここにゃあ入れませんよ。そこは俺がやりますから猊下は降りてきて下さい。」
「分かったよー降りればいいんだろー。つってもここはもう終わったから君は上らなくていいけどねー。」
ひょいひょいといいスピードで脚立を降りてきた彼はいつもの詰襟でなく
半袖に半ズボンというラフ過ぎる格好だ。
長い脚が惜しげもなく無防備に美味しそうに晒されている。
ヘマしないとは言っても一応緊張感を持って作業をしていたらしく
寝起きでもないのに彼は腕を上げて伸びをした。
「あとなんだっけ?あ、下の方がまだだったか。そのあとに雪隠ー…。」
指折り数えながら首にかけられたタオルで額の汗を拭うその姿はとてもじゃないが
双黒の大賢者とは言い難い。
「ヨザックが来たから持ち場に戻っていいよ。引き受けたのに結局手伝って貰って悪かったね。」
「いいえ、私達こそ申し訳ありません。あとはお任せします。」
「おう!」
グッと立てられた親指と笑顔で白い歯が光る、なんたる爽やかさ、そして頼もしさ。
女性陣に比べれば村田の手も骨ばってゴツゴツしている頼れる男のものと言えよう。
冷たい石畳の廊下に何を敷く事もなく腰を降ろし胡坐で作業する彼の膝が眩しい。
隣にしゃがみ込んでから思わずその膝を撫でても村田は少し笑うだけで
許容範囲、と示してみせた。
馴れた修繕の手つきに呆れたヨザックは更にその膝を
音が鳴るようにペチペチと叩きながら話し始める。
「ちょっと男前すぎやしませんか?」
「巫女さん達にやらせるわけにはいかないだろ?」
「巫女はともかく女と言えど門番は訓練を受けた兵士です。引き受けるにしても高い所は俺が戻るまで待ってて下さいよ。」
「任務で離れてる間に僕を美化…いや軟化するのはやめてくれないかなぁ。」
「グリ江は心配してるのよぉ。」
暖かな掌がギュッと膝小僧を包む。
諭したいのか触りたいのかハッキリしてはくれまいか。
らしいと言えばらしい相手に村田は苦笑して壁から青い瞳へと顔を向けた。
「ただの膝でもずっと撫で回されると恥ずかしいもんだね。」
「こんな可愛いお膝晒しちゃってもう、気が気じゃないわ。」
「そっちの心配かい?心配しなくてもこの眞王廟に膝フェチは居ないよ。」
「踝が好きな女性は多いと思うわよぉ?」
「妬いてるの?…分かった、今度から下は長いのにする。これでいい?」
「げーいーか。」
敬称の三拍子に合わせてペチペチペチと膝が鳴った。
村田が無言で恋人であるヨザックを瞳を見つめる。分かっているがあえての無視だ。
「ヨザ、僕と一緒に作業したい?手分けして早く終わらせたい?早く終わらせてからだと二人きりでゆっくりイチャイチャ出来るよ。」
「俺は一時も猊下のお側を離れたくありませんよ。どんな状況にあってもご一緒出来るならソッチがいいです。作業的には非効率ですがその間ずーっと一緒ですからねぇ。」
「可愛いこと言うねぇ。折れないわけにはいかないじゃない。」
「可愛い俺に免じて折れて頂けますか?俺も道具とってきます。戻ってきて高い窓と屋根に上っていたときはお部屋に監禁します。」
「思ったより怒ってんだ?君はいよいよフォンクライスト卿に似てきたね。そのようなことをなさるなら私めはーみたいな。」
「いーえ、なんか負かされてる気がして癪なんですよ。」
「負かしてるつもりはないよ。だってホラ君が帰ってくるかも分からないのにこんなとこからジャジャーン。君の分のコテ。」
「…ちょっと胸キュンしましたけどー。」
「僕はいつでも準備万端。ついでに君と同じく非効率でも共同作業推進派さ。」
「不意打ちの可愛さは反則ですって。」
「じゃあいくよー?3,2,1。」
「ヨザが来たら一緒にやって欲しくて隠し持ってたんだ。」
ニカッと笑った村田に膝を叩き返されたヨザックは三秒では足りなかった可愛さに
新しく現れた巫女の危ない雑用を引き受ける彼を止めることが出来なかった。
2007.04.30
なんだかんだと手分けするよりヨザと一緒に作業がしたかったらしい猊下でした。
「居ないから一人でやるんであって、ヨザが居れば二人でやろうってなるよ?」っとな。
結局、眞王廟の雑用をホイホイ引き受けてはいけませんというヨザの注意はうやむや。
「だって君が居なくて暇だったからさー。」という台詞をサラッと言えばいい。3割ぐらいほだされるよ。