僕
は
過
ちを
越
えていく
−深層に
「じゃじゃーん!最高級6本角の牛を塩コショウで焼いただけー!」
女性は料理に色々な工夫を施そうとするが流石、男の嫁。
繊細さは欠片も感じられないがこの調理法が一番美味しいに違いない。
ドーン、と机に降臨させられた肉にヨザックは拍手をしてみせた。
「と、ただの野菜スープ。」
「やだ猊下ったら、思い出の品をそんな風に言うなんて。」
「こっ恥ずかしいからあんまり言わないでくれ。」
「街で言ったときは喜んでたように見えたけどぉ?」
「気のせい気のせい。はいっ。」
パン、と村田が言葉を遮るように両手を合わせる。
チキュウでは食事の前にこうして手を合わせこの命や
農家の者に感謝をしてから食べる習慣があるらしい。
ヨザックも村田に習って手を合わせイタダキマスと命に感謝した。
「うわ、これ凄い…なんもしなくても切れる。」
「んまいっす。」
「良かった。」
ヨザックの短い感想に、村田がにこと笑った。
自分が喜んだ事が嬉しいのだろう。
家を空けている内に肉屋の息子とおかしな進展をしないかと
心配をしていたのだが、彼の心は変わらず自分にあるようだ。
「ロビンちゃん、あーん。」
「僕が食べる方?」
家に帰ってきたのはヨザックなのに。と言いながらも
村田は乞われるままに口を開けて肉を迎え入れた。
わざと大きめに切った肉で村田のほっぺたが膨らんでいる。
可愛い。
「旨いですねー。」
「うん。でもやっぱりたまにしか買わないからな。しっかり味わって食べるんだぞ。」
「そんなに貯めこんでどうする気なんすか?」
「ん?そう言われると特に目的はないんだけどさ。」
「じゃあ今度温泉にでも行きましょうや。」
「休み取れんの?死にかけの上司を置いて?」
フォークを口に入れたまま村田が首を傾げる。
夢がない反応にヨザックはがくっと首を擡げた。
「…ロビンちゃん、死にかけの親分からのお手紙、あとで渡しますね。」
「手紙?フォンヴォルテール卿から?」
「街で喧嘩なさった方についてのお手紙ですよ。」
ヨザックが酒を注ぎ足す音が、やけに大きく響いた気がした。
何度か瞬きをしてから村田は居心地悪そうに苦笑いする。
「やっぱり知ってんだ。」
「何かあったら城に呼んでやって下さいって、頼んだのは俺っすから。」
城から使いが来たのはフォンヴォルテール卿のリスク管理意識からではなかったようだ。
村田が思っているよりもっと、ヨザックにとって
村田を一人残して行くことは不安なのかもしれない。
事実、感情の昂りに勝てず街でチンピラ相手に喧嘩をしているのだから
ヨザックの心配は的中したということになる。
仕事で死にかけ、と分かっていたのに自分は彼の優しい上司の気遣いを
意地だけで断ってしまった。
手紙もお元気ですか?ではなく喧嘩した相手のことについて
忙しいのに調べてくれたのだろう。
「ゴメン…。」
「別に俺は怒っちゃいないっすよ。若いのに喧嘩の1つも出来ねぇ男なんて男じゃないっすから。」
落ち込まないで、と声には出さずヨザックは自分のグラスを
村田のグラスにカチンとぶつけた。
「で?何を守ろうとしたんすか?」
ヨザックはまるで想定の範囲内だ、というように態度を崩さず食事を進めている。
一国民となっても罪を償うと皆に言ったのは自分自身。
この程度のことで動揺しない覚悟は決めてヨザックも
自分と暮らすことにしたのだろう。
構えすぎていた自分に息を吐き、口を開いた。
「…男の子だよ。父親は創主との闘いで死んだ。母親もそのとき崩れてきた壁の下敷きになって脚を怪我して故郷にも帰れない。」
「その家族から金を?」
「あぁ、最初にいくら借りたかは知らないけどあの口振りだと必要以上に巻き上げてるだろうね。」
「お金を返してあげたいんすか?もっと踏み込んで生活をどうにかしたいんすか?」
「…まだ分からない。僕としては、生活自体どうにかしてあげたいと思うけど。」
「哀れみに取られたくない感じっすか?」
その通りなのだけれど、言葉にされると自分がとても気弱で情けない人間の気がした。
自分はどう思われてもいいからやったるぜぐらいの勇気が
今の自分にはまだない。
軽い決意ではなかったハズなのに。
「僕は、尊厳なんてあんまり意識して生きて来なかった。苦労だって生活に関してはしたことがない。」
「それは幸せなことで俺やその子に悪いと思うようなことじゃないっすよ。」
皆までは言わなかったのに、ヨザックは村田が自分に言い淀んでいる言葉を見つけたようだ。
彼の尊厳を傷付けたくないと思うことは、尊厳も何もあったものではなかった
幼少時代を過ごしたヨザックに、甘い、と思われやしまいかと。
またその考え自体が彼に失礼だろうか、と村田は心の中でモヤモヤと悩んでいた。
「…うん。でも、分からないせいで知らないうちに傷付けるのは嫌だなって思うんだ。」
「俺は、例えアンタが少し間違ったとしても一生懸命に考えたことなら傷付いたりはしないですよ。」
「君は僕のことが好きだからだろ?」
「他人でも、自分のこと一生懸命考えてくれた結果のことなら、よっぽどやらかさない限り悪い気はしないんじゃないすかね。」
「でも言われちゃったんだよなーお婆さんに。僕には何も出来ないからあの親子には近付くなって。」
「あれ。俺の知らないお方が。」
「ははー…割と複雑なんだー。」
「じゃあちゃんとご飯食べて頑張らないとですねー。」
ひょい、っとまだ中身が残ってる村田の皿を取りヨザックはスープを注ぎ足した。
考え込んで自分が鬱になっては何も出来ない。
毎日をきちんと生きられない人間に他人の生活をどうこうなんて
出来るわけがない。
ヨザックの包み込むような笑みは、村田の胸のどこかをぎゅっと掴んだ。
日本の諺にもあるだろう。笑う角には福来るだ。
「はい。」
「ありがとう。うん、食べよう。思い詰めた顔で肉食ったらアニキに怒られそうだし。」
へらりと笑って大盛りにされた皿を受け取ろうとしたが
皿は村田の手が触れそうになった所で何故か引かれてしまった。
「ケンちゃん、聞いてもいいすかね。」
先程まではロビンちゃんや猊下と呼んでいたのにヨザックが本当の名で呼んだ。
それだけで聞きたい事が大事な話だと分かる。
喧嘩の件は先程区切りがついたはずだ。
彼の少々ムッとしたような顔に村田は瞬きをした。
「…なに?」
「俺の居ない間ずーっとアニキさんと仲良くなさってたんですか?」
「へ?」
「街でのお話、9割方アニキさんとの思い出なんすけど。」
「え、君もしかして妬いてんの?」
ビックリ、と村田が大きな目を丸める。
村田が肉屋の息子を恋愛の対象に見ていないことは分かる。
分かるが、村田の話を聞いていると肉屋の息子には両手放しで甘えているというのに
自分には気を遣ったり世話を焼いたりでどうも面白くない。
自分も村田からくだらない話を延々聞かされたい。
ふざける彼をメンチカツで黙らせたい。
「大丈夫だよ。アニキ、男に迫られる悪趣味はないってこともあろうか男と結婚してる僕に言ったから。」
「迫ったんすか?」
「メンチカツの作り方覚えたいから今だけ嫁入りさせてって。おぉ、迫ってるね僕。」
村田は自分の言葉にけたけたと笑った。
彼の嫁になってもいいと少しでも思わせる物が肉屋の息子にはある。
それだけでも脅威だ、とヨザックはけたけた笑っている村田とは反対に思った。
「やだっ!グリ江は確かにケンより随分年上だけど若い子にだって負けないんだから!」
「あぁ、女房と畳は若い方がいいってチキュウじゃ言うんだったっけな。」
「タタミは分からないけど酷い言葉ね!アニキさんっておいくつなの?」
「92?3?そんぐらいじゃないの?齢16の僕にとっちゃどっちもかなり年上で大差ないけどね。」
シナを作ってぷーっと膨れているヨザックに村田が苦笑する。
死を覚悟した自分がそれを翻してまでした結婚だ。
一ヶ月やそこら放っておかれたぐらいで揺らぐ気持ちではない。
ヨザックは自分を愛している自覚はあるが、愛されている自覚はあまりないようだ。
「僕ってそんな淡白かなぁ。ちゃんと好きだよー君の事。」
「…!」
「ん?そこ止まるとこかい?」
自分の一言でヨザックが素の表情に戻った。
村田としては今まで愛情表現を疎かにしていたつもりはないのでその反応は少々意外だった。
ヨザックは首を後ろに手を置いて珍しく照れた表情を見せている。
「や、すいません。あんまり普通に言うんでなんかツボに入っちまって。」
「普通じゃない言い方ってどんなものか詳しく教えてくれまいか。」
「アンタはじゃれてるときや俺が迫ったときは言って下さいますけど、普通に話してるときはないじゃないすか。」
「君が女をやってるときは普通じゃないと思うけど。充分じゃれてて好きに辿り着ける会話だったし。」
「いや、そうじゃなくて、あぁなんつーか…。」
好きだ、ということを村田が大袈裟に意識せずに口にするのが
ヨザックには新鮮に感じたのだ。
村田が自分を好きなのは当然じゃないか、と言われた気がして
スープの野菜を掬いながらの気のない声は今まで貰ったどんな好きより
想いが伴っていたと思う。
本当に彼は自分の妻なのだ、ママゴト遊びではなくて現実なのだ。
もしかしたら村田よりも自分の方がこの結婚生活に対して現実感を持ってなかったかもしれない。
この人は、俺のことが好きなんだ。
今更、再認識。
「ヨザック?本当に照れてんの?マジで?僕そんなに言ってなかった?」
「あーいいんす。もう突っ込まないで下せぇ。」
「好きだよ?じゃなきゃ結婚なんてしないだろ?…ごめんね?」
「いや俺の方がすんません。…アンタは偉いっすね。ちゃんと地に足着いてて。」
「さっきまで浮気を疑ってたのに?君大丈夫?色んな意味で地に足着いてる?」
「あーやー…ロビンちゃん。」
「あいよ?」
「俺、今夜はもう一頑張りしちゃおうかと思ってたんすけど。」
「うん。」
「ただ、アンタをぎゅーってしたい気分なんで、それだけでもいいすか?」
「僕が超欲しがってるみたいに言うなよー。どっちでもいいに決まってるだろ。」
村田が迷わずその言葉を笑い飛ばしたことが嬉しい。
何度彼に惚れ直せば、それ以上愛せなくなるのか。
いつまでもそんな日は来なければいい。
風呂に入って、並んで歯を磨いた二人は
静かに鼓動を重ねて二人一緒に夢へと堕ちていった。
2008.09.23
やーべーこの話超無駄だ(笑)
次の日とかにして話を進めればよかったなぁと反省は書き上がったあとに
出て来るものなのですが、これを書かなければその反省に至らなかったので
これこれで、残そうかなと思いました。
次はお話進めるぞー!おー!!
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