一捻り兄捻り−ひとひねりあにひねり |
ユーリの周りはいつも何かと騒がしい。 本人は煩い、落ち着かないとボヤいているが、静かになったらなったで ユーリは何か物足りなそうに辺りをキョロキョロと見回すのだ。 俺はそんな名付け子を素直に可愛いと思うし、弟が愛されていることを確認出来るので 嬉しくも思う。 しかし、いくら暇だからと言ってももっと他の話題はなかったのだろうか? その日、ギュンターやヴォルフラムは仕事で城を空けていた。 ユーリは一人で落ち着いてサインに励んでいる。 俺はときどきされる質問に答え、それ以外は書類の整理やユーリの紅茶を入れたりしていた。 日本人と言うのは、5で割り切れる数に至ると休憩したくなるらしい。 今日もユーリは50枚サインした所で背もたれに背中を預けた。 いつもならそれを見てヴォルフラムが何か言うのだが、今日はそれもない。 それがないのがユーリにあのような質問を思いつかせたのか。 あのとき他愛も無いネタを振らなかったことを俺は未だに後悔している。 「コンラッドさー。」 「なんですか?」 背をつけてはいるが、ユーリはまだ羽ペンを持っていた。 少し息を吐きたかっただけなのだ。 俺は何も音がない状況に飽きたのだろうと他愛も無い話に相槌を打とうと微笑む。 俺と目があったユーリは黒い瞳を瞬かせてこんなことを聞いてきた。 「もし、ヴォルフとヨザックが結婚するって言ったらどうする?」 「……はい?」 キシ、と椅子が軋む音がしてユーリはサインを再開した。 俺は質問を頭の中で反芻するが違和感があり過ぎて想像に至らない。 「あの…それは。」 「マジじゃなくて。そうなったらコンラッドはどうする?弟のヴォルフと親友のヨザックの結婚。」 「ヴォルフラムとヨザックでですか?何故そんなことを?」 「なんとなく。コンラッドって実はブラコンぽいじゃん?弟の結婚とかどうなのかなーって。」 「はぁ。それにしても。」 もっと相手が居ただろう。 と言うのはヨザックに対して悪い気がした。 ヨザック本人になら分かりきった冗談で言える言葉もユーリが相手では言えない。 ユーリは何事にも全力投球なので、この有り得ない質問も答える側は本気の方がいいのだろう。 ヨザックに男として、一魔族、さらには人間としての魅力がないとは言い切れない。 「しかし、ヴォルフラムの好みではないと思います。」 「それは分かんないだろ?好みのタイプじゃなくてもある日突然好きになるかもしんねーし。」 「…。」 残念ながら一理ある。 プライドが高く、男に好かれても何ら嬉しくないと言っていたヴォルフラムが 今ではユーリに熱を上げているのだから、好みの範疇ではないという理由は 可能性を確実に打ち消す事が出来ない。 憧れの兄、グウェンダルの腹心で俺の幼馴染でアルノルド帰りの武人。 ヴォルフラムが興味を抱くタイミングはいくらでもあった。 ヨザックの荒っぽさとヴォルフラムの神経質さでは水と油な気がするが ヴォルフラムはあれで妙な漢らしさを持っている。 一度吹っ切ってしまえば気にしなくなるかもしれない。 もしくは「へなちょこ!」同様に「この野蛮人!」が愛情表現の一種に変わる可能性もある。 「お。想像が深まってきてる感じだねーお兄ちゃん。」 深く考え込んで手が止まっていたのだろう。 声をかけられユーリに目をやると、口の端を少しだけ上げた顔が すぐまた書類に戻される。 ユーリは仕事をしながらも俺の回答を待っているようだ。 俺の中で、ヴォルフラムが僅かながらヨザックに傾いた。 ヨザックの方は…純粋な行為を寄せられると振り切れない傾向にある。 ヴォルフラムのような直情型で面倒なタイプの者を受け止める器もあるだろう。 考えられなくはない。 何か少し、兄としても友としても複雑な気がするが祝福出来ないことはない。 ヴォルフラムの花嫁姿は大層…ヨザックのタキシードはあまり…。 ………………二人が結婚。 ここまで想像して俺は何を躊躇っているのか。 ただ、可愛い弟を気心知れた友に掻っ攫われるという想像は ヨザックに対して「裏切り者」という感情を芽生えさせた。 俺の兄っぷりを前にヴォルフラムをそういう対象に見ていたのか、と。 いつからヴォルフラムをそういう目で見ていたのか。 ヴォルフラムに触れるとき俺やグウェンの顔を思い出さなかったのか。 いや、よそう。 そんなことを言ってはヴォルフラムにとって締め付けにしかならない。 気心知れた相手、となれば俺やグウェンも知っていて当然の環境に居るのだから仕方ない。 やめよう。ヴォルフラムが惚れた相手なら間違いはない。 ヨザックなら俺もグウェンも信頼を置いている。 全く知らない相手よりはよほどいい。そうだろうグウェンダル。 俺は別室の兄にまで同意を求めて祝福しますという言葉を確定させた。 「ユーリ、俺は。」 「そうだコンラッド。1つ忘れてたけど男役はヴォルフラムな。そんで、最初に惚れたのもヴォルフで、押せ押せーってしたのもヴォルフ。僕の嫁になれって言ったのはヴォルフ。」 「!!」 「その方が想像しやすくない?手ぇ出されたーより出したーの方が?男兄弟だし?」 陛下、それは逆効果です。 決まりかけた結婚がガラガラと音を立てて崩れる。 白いドレス姿のヴォルフラムを押しのけて、ヨザックがしゃしゃり出てきた。 「バージンロードのお父様役、引き受けて下さってありがとうございます隊長。」 気が付くと俺は絨毯の上をヨザックと歩いていた。 向こうでヴォルフラムがヨザックを待っている。 誇らしげに、この男を幸せにするのは自分だと胸を張っていた。 我が弟ながら男らしくて惚れ惚れする。 「さぁ、これでお前は僕のものだ。」 こいつはヨザックだぞ、ヴォルフラム。 弟の自信ありげな顔にすんなり結婚を許しそうになったが 俺の眠っていた新たな能力にぐい、と肩を掴まれて我に返る。 ユーリならまだしもヨザックを嫁にとは、ヴォルフラムはどうしたのだろう。 何がヴォルフラムの男の部分を疼かせたのか分からない。 ヨザックの女装姿がおぞましいとまでは言わない。 ヤツは潜入捜査のプロだ。 本気で化粧を施せばそれこそ女性を越える美貌を手に入れることも出来る。 筋肉は毛皮のコートで隠し、身体のラインも服で誤魔化す事は可能。 掠れた声の女性が好きという男性も居るだろう。 しかしながら、ヴォルフラムはヨザックの素の状態を把握している。 むしろ男の状態で飄々と城を歩いている姿の方がよく目にしているだろう。 何のキッカケで愛しいだの、可愛いだのの感情が芽生えるのか。 いくらなんでも無理がある。 「いくらなんでも無理がありませんか?」 「なんで?だってヴォルフは男前じゃん?ヨザックはああ見えてなんつーの?甘え上手っつーの?」 「はぁ…。」 「なんかヴォルフは難しい相手にほど燃えるタイプだと思うんだよね。そんで、好きになったら体格とか全然関係ないっつーかその概念をぶっ壊しそうで。ヨザックもいけるかなと。」 いけるかな、と言われた弟の器の大きさを喜ぶべきなのか俺は迷った。 ユーリがヴォルフラムを強く頼もしい男であると認識している点は喜んで受け入れるべきだろう。 見目や小煩い部分よりももっと内側でヴォルフラムを捉えているのが分かる。 何故だ。 弟はこんなにもユーリに認められているのに何故俺は素直に喜ぶ事が出来ない。 「ヨザックって尽くしそうだし。」 「そうですか?」 「料理とか出来るし?」 「あぁ…。」 「裁縫も出来るし?」 「あぁ…。」 「でもあれだな、一番いいのは親しみやすさ?こう、ヨザックの前で気張っても無駄じゃん?ヴォルフはちょっと気ぃ張りすぎなときあるし?ヨザックはさ、相手を立てながら息を抜かせるって言うの?でも悪いときはちゃんと悪いって言ってくれるし?みたいな?」 ユーリは割と古風で流行等には疎いと思っていたのだが しっかり現代の悪いところの影響を受けている。 疑問系の文章は多用してはいけませんユーリ。 ときに人を不快な気分にさせます。 当初は認められていない等と気まずい感じになっていたヨザックも 今ではこんなにもユーリから謎の信頼を得ている。 幼馴染のあの男の不器用さとちょっとした意地の悪さを心配した日もあったが そうか、アイツはユーリにとって親しみやすいと評価されるようになったのか。 …どうしてだ。 またしても俺は素直に喜ぶ事が出来ない。 ユーリの言うようにヨザックは家事全般が出来、その上気立てが良い。 最後に力持ちだ。 待て、それは嫁の条件ではなかったか? 確かに気を張りすぎる傾向のあるヴォルフラムを上手く包み込む事が出来るかもしれない。 自分を少し下げて、ヴォルフラムに主導権を握らせることも それで円滑に物事が進むなら躊躇わないだろう。 箇条書きにするとヨザックは嫁と分類してもおかしくない人物になってしまうが 絶対的に違う。 考えたくないが、もう二人の結婚を否定するには夜の話に及ぶしかない。 いいややはり考えるのはよそう。 間髪入れずに新しい能力が俺の想像を塞き止めた。 息を荒くしてヨザックの身体をまさぐるヴォルフラムを想像する所だった。 しまった。今の解説の際に少し想像してしまった。 やめろ。これ以上俺の精神を汚染するな。 やめろヴォルフラム。 お前が何に興奮したのか知らないが自分より大きい相手を抱くというのは お前が思っているより大変なことなのだぞ。 だからやめろヴォルフラム。 それ以上はやめろと言っているだろうヴォルフラム。 お前が非常に漢らしいのは分かったよヴォルフラム。 そんな技をどこで覚えたヴォルフラム。 ちょっ待って、待ってくれないかヴォルフラム。 俺に考える時間をくれないかヴォルフラム。 いつの間にそんな大人になったんだヴォルフラム。 俺をもう一度ちっちゃい兄上と呼んでくれヴォルフラム。 「まぁ、全てはもしの話だけどね。」 「そっそうですね…!!」 ユーリの一声で悪夢から開放された。 ありもしない想像をしたぐらいで脂汗をかいていた自分は平和ボケしているのだろうか? サインに集中することにしたらしいユーリはそれ以上追求して来なかった。 ヨザックを薦めたあと、俺の意見を求めていない。 答えは必要なくてただ何気なく思い付きを口にしただけだったのだろうか。 本当に? 俺は、弟の叶わぬ恋が出来れば叶って欲しいと思っている。 ユーリなら認めるとかそういうことではなく あれだけ健気に一途に想い続ける弟を見ていたら応援したくもなる。 最近の二人は一緒に居る事が自然になって、ユーリもヴォルフラムが居ないと 手持ち無沙汰な顔をするので期待していたのだ。 ユーリは弟と結婚してくれると。 徐々にその期待は俺の仲で確信に変わっていた。 そのユーリがここに来て、俺にヴォルフとヨザックの結婚の話を振るなんて。 まさかユーリが疑念を抱くような出来事が二人の間にあったというのか? どこか物陰でそっと触れ合っていただとか。 考えすぎだ。何を馬鹿なことを。 俺は思ったよりブラコンだったんだな。勝利を馬鹿にしてはいけなかった。 勝利、今度酒を酌み交わそう。 弟の成長と結婚の受け止め方について、夜を徹して語り合おう。 グウェンダルも呼んだ方がよいのかもしれない。 二人が結婚するとなれば三人の兄の思いは1つだ。 手を離れていく弟に涙を見せないように、笑顔で送り出すと誓おう。 泣くなグウェンダル。相手はヨザックじゃない。ユーリだ。 悪いようにはならない。浮気なんて絶対しないいい夫になるぞ。 相手はユーリでヨザックじゃない。 本当に? 本当に、ヨザックに疑惑はないのか。 ダメだ。詳細に想像し過ぎてしまったせいか寄り添う二人の姿が頭から離れない。 ヨザックがいいヤツなのは分かっている。 ヴォルフラムが幸せならいいとは思っている。 だがしかし。 やはり俺としては。 「コンラッドどうしたんだよ。すげークマ出来てんじゃん。」 「あ…えぇ…少し眠れなくて。」 「眠れない?お前のような神経の図太い男が眠れないだと?何か悪い病気じゃないのか?ユーリには絶対に遷すなよ。」 「…ヴォルフラム。」 「なんだウェラー卿。僕の治癒魔術はユーリ以外には使わないぞ。」 「俺はお前の幸せをいつも願っているよ。」 「はぁ?」 「お前コンラッドになんかしたのか?」 「していない!」 「ぜってーしたんだろ。あーあー可哀相にお兄ちゃんすっかりやつれてんじゃんか。」 「していないと言っているだろう!ウェラー卿!お前がおかしなことを言うからユーリに誤解されただろう!!」 きゃいん、と吠えて金色の巻き毛の子犬が俺を睨み上げる。 俺の大切な弟。 お前が産まれたときは本当に嬉しかった。 小さな手も、柔らかな髪も、全てが愛しくて。 俺の全てで護っていこうと誓った。 もう怖い夢を見たとお前が俺の部屋に来る事はない。 点の良かった答案用紙を見せに来る事も 剣を教えてやる事もない。 それでも俺は、あの頃と変わらずお前を護っているつもりだよ。 「コンラッド、マジ大丈夫?」 「貴方のせいですよ、陛下。」 「へ?」 可愛すぎる弟よりも 俺の一番の弱点を思い付きで一捻りにした貴方が一番憎い。 |
一捻り兄捻り−ひとひねりあにひねり 一捻り→苦もなく相手を打ち負かすこと。 趣向を少し変えて工夫すること。 |