蠱惑するふたりの奇跡−こわくするふたりのきせき |
この悩みを打ち明けられるのはアミーゴのみだと俺は思う。 婚約者のお兄ちゃん達には絶対に相談出来ないし ギュンターはショック死するかもしれないし 女性陣にはそれの何が悩みなのかと言われそうだ。 ダガスコス…ダガスコス…は、離婚経験があるからよそう。 俺とほぼ同じ価値観で育った村田に相談するのにも多少の抵抗があるが 相手は4000年の記憶を持ったダイケンジャーだ。 同姓間の恋愛を完全否定はするまい。 それ以前に俺達は親友なわけだから、全否定はないだろう。 真剣に話せば茶化さないと思う。 いや、むしろ茶化されてもいいから話を聞いて欲しい。 聞いて下さいアミーゴ!俺、男に惚れちゃったんです! 16歳の繊細な心にはちょっと抱えきれないんです! 渋谷有利は、フォンビーレフェルト卿ヴォルフラムに惚れてしまったんです! 村田が笑って肩をぽんぽんしてくれるのを期待して俺は眞王廟に赴いた。 女ばかりのここで暮せば俺は道を誤らなかったのかもしれない。 つーか冗談抜きでなんだよこの環境。 ハーレムとは正にこのことじゃねぇか。 書庫に向かっていたという証言を頼りに見つけた村田は ほぼ緑だけの窓の外の景色に頬杖をついていた。 机に本はなく、書庫という場所に居ることが無駄に感じる。 耳と頬のラインが少し見えているだけの村田の頭が少し擡げられた。 「…村田。」 「ぅえ?渋谷?いつから居たの?」 「さっき。お前なんかあった?本も読まずに溜息なんか吐いて。」 俺に声をかけられた村田は普通にビックリして振り返った。 悩みを聞いて欲しくて来た筈の俺は、少しだけ雰囲気の違う村田が逆に心配になる。 向かいではなく、隣の椅子を引くとアミーゴは何かを察したようだった。 「渋谷こそ何かあった?護衛もなく僕に会いに来るなんて。」 「何かないとお前に会いに来ちゃいけないのかよ。」 「いいや。でも、渋谷は人気者だから。皆を振り切って来るには理由が要るだろう?」 今日は村田の言う通り、何かあって来た訳だが、使いたいときだけ会いに来る友達は 微妙だと思ったので必要はないけど否定しておく。 分かってるよ、と村田が次の言葉の後ろで笑った。 そのまま甘えて先に聞いて貰おうかとも思ったけど村田が落ち込んでいるのは珍しいので やっぱりそっちから聞く事にした。 「なぁ…お前のは俺が聞いていい話?」 「うん?あぁ…うん…そうだなぁ。」 僅かに目を伏せて村田は考えた。 意味もなく椅子を引いて、机の端っこに人差し指を引っ掛ける。 手の重さで指が離れて、また引っ掛ける。 三回ほどそれを繰り返した村田が、諦めたように溜息を吐いた。 ガタッと椅子が大きくなり、身体ごと俺に向き直す。 「渋谷、僕達何があっても友達だよな。」 「…おう。」 それは俺の方がよっぽど問いたい事だ。 この後にする相談の後も俺と変わらず友達で居てくれると誓って欲しい。 「絶対?」 「絶対。何があっても。つーかお前も誓えよ。」 「僕は何があっても渋谷の友達だ。」 「…親友よ、何があった。」 誓い合ってからもう一度訪ねると、合わせていた目が外されて 村田は俯き、額を手で覆った。 もう片方の膝の上で握られていた手が震えている。 「僕さ…ヨザックのこと、好きみたいなんだよね。」 耳まで真っ赤にして苦しげに打ち明けた村田に 俺はなんだか泣きそうになった。 自分はおかしいんじゃないかとか、気持ち悪いとか でもこの国では当たり前だからこの感覚を相談出来ないとか 好きだけど、その先をどうしたらいいか分からないとか もがいてももがいても、結局変わらない気持ちとか。 今日まで一人で悩んで来た事が、目の前の相手の中にもあって その切なさが痛いほど伝わったから、俺は村田の手を掴んだ。 上手く言葉が出てこなかったので、村田には俺の行動が 慰めてるみたいに思えたんだろう。 俯いたまま、笑って、震える声で続ける。 大賢者で過去に例があったって、村田健では初めてだから その言葉は物凄く単純で、上手く言い表せてない分、よっぽど俺の胸に響いた。 「最初は、嘘だろって思ったんだけどさ、なんかどうにもこうにも、こりゃあ絶対好きだよなって。」 「うん。」 「ヨザックとさ、どうこうなろうとかじゃなくてさ。」 「うん。」 「なんかもう、とにかく好きなんだ。相手、あんなごっつい男なのに、僕どうしたらいいんだろうね。」 まさにその通りだぜ、アミーゴ。 なんかもう、とにかく好きなんだよな。 そんでもって、どうしたらいいか全然分かんねぇの。 「村田…。」 「…うん?」 想いの断片だけだったが、吐き出して落ち着きを取り戻した村田に 今度は俺が深呼吸する。 目の前に居るのは村田であって、ヴォルフではない。 けれども誰にも言ったことのない想いを口に出すのは物凄く恥ずかしい。 さっきの村田みたく、俺は俯いて顔に血が昇ってくのを感じながらやっとのことで口にした。 「お、俺もヴォルフラムが好きらしい!」 らしいって言うか、絶対好き。 口に出したら余計に胸に迫ってきて、恋なんて甘酸っぱいものに慣れてない野球少年の俺は 村田の手を握り締めて、もう片方を頭や首の後ろに当てて変な声を出した。 アミーゴはたどたどしくも自分の言葉で現状を伝えてくれた。 だから俺も頑張ろうとは思うのだが、俺より圧倒的にボキャブラリーが豊富だと思っていた村田でさえとにかく好きで終わった状況を俺が上手く説明出来るわけもない。 「なんつーか、気付いたら好きで、好きって一度思っちまったからにはどうしようもなくて…。」 「渋谷。」 「あぁーっどうすんだ俺達!」 恥ずかしくて、でも心は確かに軽くなって、色々な感情を渦巻かせたまま 村田を見上げたら同じ顔してた。 目が合った俺達は、情けない顔のまま何度か瞬きをして、あまりの空気に思わず笑う。 どうしようもないお互いの存在に安堵して、救われた苦笑い。 お互い様だけどやっぱり俺より大人なのか いつもの調子を取り戻したのは村田の方だった。 繋いでいた手を緩く振って、ちょっと鬱陶しい村田くんだ。 「渋谷はいいじゃんかー。絶対両想いだよ。結婚が前提じゃビビるのも分かるけどさ、僕なんて変わった弟、もしくは気さくな偉い人ぐらいにしか思われてないんだよ?」 「そうか?ヨザックはお前がお気に入りなんだと思ってた。」 「お気に入り?」 「なんか、わかんないけど、俺より絶対お前の方がヨザックに好かれてる。俺には普段からくっついてたりしねぇもん。」 「護衛だからだろ。あー…苦しいフォローはもうやめろ渋谷、僕は自分で言ってて凹んできた。」 お互いに握り合っていた汗ばむ手を離して、村田は前のめりになっていた体勢を戻し 重心を右に傾けて机に少しだけ身体を預けた。 苦笑いが本当に村田を凹ませていることが分かる。 確かに。毎日夜這いと称して部屋で寝ている相手に恋する俺より前途は多難そうだ。 「でも俺には怖いお兄ちゃんが居る…。」 「うわぁ…まったりした朝とかウェラー卿が爽やかに阻止してきそう。」 「そうそう、どっちかってーとグウェンよりコンラッドのが怖そうなんだよな。」 「渋谷とフォンビーレフェルト卿じゃ上手くいって結婚しても二人きりって難しいんだね。」 「部屋と風呂ぐらいじゃね…?」 「え、風呂も二人で入ってんの?」 「いや…まだ友達だと思ってた頃によく付き合って貰っててそのまま…。」 「そんで二人で寝てんの?渋谷凄くない?」 凄くない?の理由はなんとなく分かる。 健康な男子高校生が好きな子と風呂入って一緒に寝たら ムラムラくるだろってことだ。 こういった話を男を対象にするのは嫌悪感があるものだと思ってたけど 村田があんまり普通に聞いてくるので俺も普通に返していい気がした。 と言っても、俺にはまだヴォルフをちょっと抱き締めたいなーだとか 髪を撫でたいなーとかキスしてみたいなーぐらいの欲求しか沸いていない。 トイレに駆け込んでおかずにしましたという生々しい話はない。 「横で寝てたって何をどうしていいか分かんねぇよ。」 「…確かに。僕もヨザックが横で寝ててもせいぜいチューする程度だと思う。でもヨザックは隙がないので例え寝ててもチューすら出来ない…。」 「俺、してないからな。」 「分かってるよ。渋谷は相手の同意もなしに唇奪ったりしないって。」 「でもよ!天使みたいな美少年が横で無防備に寝てたらさ!」 「つまりは理性の限界が近いと。」 「しちまったら次に進みたくなるかもしれねぇじゃん?寝てる相手襲うなんて最低じゃん?」 「キスの次も寝ている設定なのはおかしいぞ、僕の魔王陛下。」 「う。でも、告白したら男前のヴォルフに逆に襲われそうなんですけど、俺の大賢者。」 頭を抱え、そのまま机に突っ伏すと村田の唸り声が聞こえた。 そうか。村田の好きな人はヨザックなので村田には逆になる覚悟はもうあるのかもしれない。 俺が嫌がってることをヴォルフに強いるのはフェアじゃないか。 だよな。顔は天使のアイツにだって男の沽券と尊厳は確かにあるわけだ。 「…交代制ならフェアか?あぁでも…俺が痛いと思ったら次回ヴォルフに出来ない気が…」 「待て僕の魔王陛下。まだ告白もしてない。エッチどころかチューすらまだだ。」 「そうでした、俺の大賢者。」 俺は再び机に突っ伏した。 告白を考えると、ムラムラより純粋なドキドキが戻ってきて、胸の辺りを掴む。 同じ恋のドキドキなのに、眞王廟に来る前とは違っていた。 男同士で、自分の許容範囲を越えている怖さばかりのドキドキではない。 さっきまでは相手のことより自分のことばかりが気になってた。 俺は男同士なんて、本当は悩んでなかったのかもしれない。 さっきまでの苦しみが嘘みたいに、ヴォルフラムとその先に進みたいと思っている。 好きなんだ。 ヴォルフラムが。 あぁでもやっぱ、怖いか。どっちだよ俺。 「渋谷、僕達友達だって誓ったよな。」 「おう。」 「…もし、一ヵ月後に違う奴を好きになっててもだぞ。」 気が多いとか、軽いとか、思わねぇよ。 真剣な顔の村田の後ろで揺れる、緑がキレイだと思った。 「…そうだなー、俺達ってそういうお年頃だよなー。」 「うん、僕達はきっとそういう年頃だ。なのであまりにも堅く誓い過ぎると困る。」 「お前と気まずくなったら次がないもんな、次が。」 「後がないとも言うね。ジョゼや勝利さんに相談するわけにはいかないし。」 「俺、逆にヨザックかも。」 「何の逆だよ、何の。」 「ヨザック相談しやすい。」 「待たれい、今はまだ僕ヨザックのこと好きなんだぞ。」 さっきまでは言うのがあんなに恥ずかしかった“好き”という言葉が もう俺達の手に馴染んでいた。 俺達は恋をしている。 |
蠱惑するふたりの奇跡−こわくするふたりのきせき 蠱惑→人の心を、あやしい魅力でまどわすこと。たぶらかすこと。「男を―するまなざし」 |