胸疼痛−むねとうつう



この顔は何かを思いついたときの顔だな。
部屋に一歩踏み入れる俺を見守っている表情を見て感じる。
ほんの少しだけ口角を上げてから、猊下は少しだけ首を傾けた。

「今日は君の言う事をなんでも1つ聞いてあげるよ。」
今日は、と限定されたからには理由はそこにあるわけで。
猊下のお言葉を無条件で喜びたい所だが、きっと猊下はそれをお望みではないだろう。
悪戯のタネは聞いて差し上げないと花が咲かないのだ。
「何でですかぁ?」
「今日が4月3日だからさ。」
「それと俺がいい思い出来るのとなんの関係があるんで?」
「語呂合わせ。」
「は?」
一気に説明すればいいものを、わざわざ分からない部分で止めるなんて
猊下は案外子供だ。
左手で頬杖をついて、先が聞きたいだろう?と目が促している。
「なんすかー?そのゴロアワセーってのは。」
「日本語で4はね、ヨンって読むんだ。3はサン、掛け算のときなんかは濁ったりもする。」
「あぁ、組み合わせると俺っぽくなるわけですね。」
「そう、4と3でヨザ。だから君の日。」
その笑みは愛する俺の日が出来たのが嬉しいのか
これから俺が何を言うのかを楽しみにしているのか、きっとどっちもですね。

「望みは何?」

「じゃあ、一日猊下のお側に居させてください。」

ぱち、と猊下の大きな瞳が瞬く。
次に顔を支えていた左手が猊下のほっぺたを掴んで、可愛い顔が台無しになる。
「君がそんなに枯れていたなんて…僕は悲しいよヨザック。裸エプロンを覚悟していたこの勇気をどう慰めればいいんだい?男だったら裸エプロンかご奉仕じゃないか、普通。」
「どこの世界の普通なんすか。」
「僕と君の世界のに決まってるだろ。」
引き出しからエプロンやメイド服を引っ張り出される。
ネコ耳のカチューシャを装着して猊下は机に頬杖をつき直した。
言うわりに猊下はぶりっ子してくれなくていつもの通り。
俺に興味をなくして書類の端っこを弄ぶ。
折らない方がいい書類だったので、2人の間にあった距離を埋めて
そっと手に手を重ねる。

「猊下、俺結構いい事言ったつもりなんですけど?」
「分かってるよ。だから照れてるんじゃないか。」
重ねた手に、左手が乗ってぎゅーっと押してくる。
俺もそれに習って空いている手を上に重ね、押す。
猊下が素の状態の笑みを零して、俺も笑う。
あんまり可愛いので目線の下にある真っ黒のネコ耳を弄りたいなぁと思ったけれど
触れるより先に猊下が取ってしまわれたので叶わなかった。
「照れてたんですか?」
「うん。でも本当にいいのかい?勿体無いなぁ、瑞々しい16歳の肢体が食べ放題なのに。」
「グリ江の望みはいつだって猊下のお側に居ることですもの。それだけでもうグリ江は世界の全てを手に入れた気分よ。」
顎を上向かせると、猊下はすぐに目を瞑る。
俺のこと大好きな猊下はいつだって食べ放題じゃないですか。
唇を避けてほっぺたを食むとくすぐったそうに猊下が首を竦めた。

「何やってんだよ。」
「食べていいって言うからですよ。」

発酵してる途中のパンみたいに、猊下のほっぺたは冷たくて温かくて良く伸びます。
俺の両手の中でされるがまま気持ち良さそうに、猊下が微笑む。

「側に居るんだろ。」
「はい、今日も猊下のお側に居させてください。」
「…それはそれで、嬉しいんだけどなぁ。」
「あらー?猊下はそれだけじゃ物足りないって言うのー?」
「なんて言うのかなぁ。もう枯れて悟ってしまっている君には分からないだろうけどさ。」
「ひどぉーいーグリ江まだピチピチだもぉん。」



「僕はいつも、君と居られる口実を探してるんだ。」



貴方の自信のなさは、いつも俺の胸をチクチクと刺激して
決して治らない病をさらに悪化させる。





胸疼痛−むねとうつう





疼痛→ずきずき痛むこと。うずき。